第37話 ユリエラ、ドロップアイテム「魅了のドレス」を着る
ユリエラ、赤い海老の切り身亭のステージに立つ。
ステージと言ってもテーブルを片方へ寄せて、スペースを空けただけの舞台だった。
わたしはその中央に、なぜか立っていた。
あれ? 何でわたし、こんな場所に立ってんの!?
何でだっけ!?
わたし普通に、ホットワインを飲みに来ただけだよね!?
あれー!?!?
*
そう……あれは、90分くらい前のこと――
わたしは自室の鏡の前に立って、装備したばかりの「魅了のドレス」を見つめていた。
鏡に映る黒いドレス姿の自分を、まじまじと見る。
魅了のドレスは、地下10階の子分が「ドロップ」したアイテム。
ネックレスをドロップするばかりだった中で、ただ1着だけドロップした「魔法のドレス」だった。
ふぁさぁ~っと、ダンジョンの通路に落ちたドレスを見たとき、わたしは一瞬で気に入ってしまう。
だってゴシックで、ロリータなドレスだったんだものっ。
わたしは「霧島ゆり」時代に、ちょっとゴシックに走っていたので、そのドレスはわたしの感性を震わせた。
子分がドロップしたとき、思わず「きゃあカワイイ」と言って駆け寄り、拾い上げていた。
そんなわたしの隣に、イレーネがニコニコしてやって来たのを覚えてる。
「あれ? 今ユリエラさん、凄くカワイイ声を出しませんでしたか?
普段シックな感じなのに……
良いですね、そのギャップが尊いですっ」
「もうっ、イレーネさんからかわないで」
「その魅了のドレス、気に入ったんですか?」
「えっ、あのその……うん……」
「じゃあそれ、ユリエラさんが持って帰って下さい」
「そんな駄目よ、これすっごいレアじゃないの!?
だって他は、ネックレスばかりなのに」
「確かにレアですけど、効果はネックレスとそんなに変わりません。
それに私の好みじゃないので、私が持っていてもしょうがないです」
「本当にいいの?」
「どうぞどうぞ。ああ……良いですねえ。
ユリエラさんの綺麗な銀髪に、黒いドレスは良く合うだろうなあ」うっとり
「イレーネさん、前みて前っ、次きてるっ」
「おっといけない」
そんなやり取りがあって、わたしは「魅了のドレス」を着て姿見の前に立っていた。
体をねじって、色んな角度から眺めてみる。
ゴシックロリータだけど、それほどフリルやレースが盛られてなくて、程よい感じだった。
あんまりシンプル過ぎると、中世モデルの世界では「普通の服」になってしまうけど、
魅了のドレスはしっかりと、普段着とは違う「孤高なオーラ」を放っていた。
「どうしよ、髪はアップにした方が大人っぽい?
でもそれじゃ気合が入り過ぎてて、変に思われないかな?
普段着でっ。
普段づかいのゴシックって、感じにしたい。
髪飾りくらいは、付けていく?
唇は紫――だめだめ、紫はたぶん普段づかいじゃないっ」
そんな事をぐるぐる悩んでいると、予定の時刻があっと言う間にやってきて、わたしは急いで階下へと降りた。
玄関先で馬の首を撫でている、カイルの背中があった。
「すみません、お待たせしましたカイルさんっ」
「いえ、待ってなど――」
振り返った、カイルの言葉が止まった。
カイルの時が止まってる。
完全にまじまじと、わたしを見つめてる。
わたしは心で念じた。
どうだー!
髪は結局アップにもしなかったし、ヘッドドレスも付けなかった。
イレーネが言ったように、わたしの銀髪は、かなり綺麗だと自分でも思うから。
だから、素の銀髪の美しさで勝負する。
あれですよ。
美しい白馬のたてがみに、リボンなんか付けたら余計なわけですよ。
口紅は紫にしなかったけれど、ちょっと赤みのあるモノにした。
というわけで、どうだー!(この間0.2秒)
「いえ、待ってなど………………いません。
さあ、どうぞユリエラさま」
あれれーっ!?!?
カイルはいつものように、折り畳み式のステップを降ろして、馬車のドアを開けてくれた。
そう、いつものように!
わたしは促されるまま馬車に乗って、ゆっくりと閉じられていく扉を、信じられないって感じで見つめていた。
ちょっと間があって、馬車が動き出す。
わたしは揺られながら、今の「0.2秒」を反芻した。
わたし何か間違ったかな?
やっぱり髪は高く結い上げて、大人っぽくして、髪飾りもてんこ盛りにっ。
わたしはそこで、ぺちんと太ももを叩いた。
いいえ違うわ。
落ち着いてユリエラ。
わたしは何も間違ってない、自分を信じてっ。
多分きっとあれだわ、ドレスの効果が発動するのに、少し時間がかかるんだわ。
きっとそう。
だからまだ、何も始まっていないっ。
わたしは深呼吸する。
「これは、いつもの赤えび亭なの……
いつもと変わらない、赤えび亭でのひと時なの。
ただちょっと今夜着ている服が、“魅了のドレス”なだけ。
それ以外は、何も変わらないの」
ぎしぎしと馬車が揺れる。
今夜はやけに、軋みが大きく聞こえた。
わたしはデコに拳を当てて、眼を瞑る。
「もしもだけれど……
たまたま着てきた魅了のドレスの効果で、たまたま向かいの席に座っていた人の様子が、おかしくなってもそれは事故。
そういう不意の事故というのは、世の中に良くあると聞くわ。
そう……それは仕方のない事よね」
わたしは馬車に揺られて、到着するのをじっと待つ。
何だかお腹の辺りで、低い緊張感がずっと続いている。
馬車の中だけど、まるで試合前の控え室にいる気分だった。
試合ってなにさと、自分に問いかける。
そもそもわたしの試合は、始まってくれるのかしら?
わたしは一人、物思いに耽る。
この時はまだ、赤えび亭で自分が唄うなんて、ちっとも思ってない。




