第36話 ユリエラはそれだけで充分
わたしは、イレーネの言った意味が分からない。
「おっかけ!? 何を言っているの!?」
「追っかけ、知りませんか? えっと、バンギャって言った方が良いのかな?」
「そんなの、どっちでも良いから!」
「とにかく、そう言う設定なんです。
ちょっと世界観がおかしいですけど、ゲームの制作チームが悪ノリしたらしいです」
「わるのり!?」
「中ボスに直接攻撃すると、
貴様にくれてやる、俺様のダークバラードって言って、中ボスが歌います」
「そんな豆知識いいから、前みて、前ー!」
話している間に、黒いドレスを着た子分が1体、何か叫んで通路へ入ってきた。
――キョウハ、クロフク、オンリーッテ、イッタダロ!
確かに子分には通路が狭いようで、はいはいしている。
目も鼻もなく、真っ黒に塗られた唇だけが、顔の中で表情豊かに動いていた。
舌なめずりしながら、わたしたちに手を伸ばしてくる。
掌を広げると、タラバガニみたいにおっきくて、わたしの頭なんか卵みたいに砕きそうっ。
「うわうわうわっ」
後ずさりするわたしとは逆に、イレーネが一歩前へでた。
「ユリエラさんっ、子分は私が全部倒しますっ。
ユリエラさんは、サポートをお願いします!」
「イレーネさん!」
「樽の中じゃ無力でしたけど、魔法の拘束具を解かれた私は、けっこうイケてますから!
子分たちは物理攻撃だけで、魔法は飛ばしてきません。
ユリエラさんは、私の後ろにいて下さい。
ユリエラさんには、指一本触れさせませんよ!」
「イレーネさん、カッコイイ!」
「私、主人公ですからっ」
さすが主人公だと、わたしは手を叩く。
イレーネはわたしより背がちっちゃいのに、その背中がすっごく大きく見えた。
わたしは頼もしい背中に、声援を送る。
「魔力切れかけたら言ってね!
わたし魔力ポーション、いっぱい持ってきたからっ」
わたしの背負っているリュックの中身は、ほとんどが魔力回復ポーションだった。
「ありがとうございますっ。大好きユリエラさん!」
イレーネは自分の光属性をフルに使って、魔法を放つ。
「光子魔法、空間浄化の香り!」
イレーネは呪詠唱と共に、子分へ向けて強烈な光を放った。
それと同時に、爽やかな針葉樹系の香りが通路いっぱいに広がった。
ハイハイで迫る子分が、光と香りに包まれて、頭を抱えてイヤイヤする。
「イレーネさん凄いっ、効いてる効いてる!」
「子分たちは闇属性なんですよっ。
光属性の私とは、相性が完璧です。
この調子で、どんどんいっちゃいます!」
イレーネはわたしが声援を送る中、あっという間に5体連続で撃破した。
「イレーネさん、こんなに強かったの!」
HPがゼロになり、空気中へ溶けるように消えていく子分たち。
消え方が「召喚獣と似ているな」と思って見つめていたら、イレーネが「地下1階へ戻りましょう」と言ってきた。
「なんで? もう戻っちゃうの!?」
「違います。一回出て、ドロップ率をリセットするんです」
「りせっと?」
「子分のアイテムドロップ率は、初めの5体が“16分の1”で、
次の5体からは、“60分の1”になってしまいます。
でも一回地下10階からでると、ドロップ率がリセットされるんですよ。
これ私のオススメですっ」
「イレーネさん、さすが効率厨っ」
「さあさあ、地下1階へ戻りましょうっ」
イレーネは長杖の石突きで、壁の凹みを押した。
ガチャコン
またどこからともなく、悲しげな声が聞こえてくる。
汝に問う。我が悲しみ――
「3人目の美容師の男と、5人目のバーテンダー」
イレーネは5体倒しては地下1階へ戻り、倒しては戻りを、何度も繰り返した。
ガチャコン
汝に問う。我がっ
「美容師とバーテンダー」
汝にとっ
「美容とバーテン」
なんっ!
「美 バー」
「……あの、イレーネさん。
何だか汝にって言う声が、怒ってないかしら?」
「気のせいですよ、ユリエラさん」
授業を病欠して、朝から始めた経験値稼ぎ。
それを終えて今、わたしとイレーネはダンジョンから出て、夕暮れの帰り道をてくてく歩いていた。
「ユリエラさん、ありがとうございました。
お陰でかなり、レベルが上がったと思います」
「本当? 良かったわ。
付き添いのわたしまで、レベルが上がったみたいだけれど、良いのかしら?」
「良いじゃないですか、貰えるものは貰っておきましょうよ」
「実際のゲームだと、ステータス画面で数値の確認ができるけど、この世界ではできないのね」
「大丈夫です。
実感として、この胸の内にありますから」
そう言ってこちらを向くイレーネの胸の上で、50本のネックレスがジャラジャラと音を立てる。
全て子分がドロップした、「誘惑のネックレス」だった。
イレーネ式、効率厨のたまものだと思う。
ちょっとイレーネが、ラッパーみたいになってた。
「イレーネさんがそれだけネックレス付けてたら、無敵なんじゃないかしら?」
「だと良いんですけど、これって重ねて装備しても、効果が上がらないんですよね。
それよりユリエラさんは、本当にそれ一つで良いんですか?」
イレーネは首をかしげて、わたしが背負ってるリュックへ視線を移す。
「うん、これだけでいい。これで充分……」
「あれ? ユリエラさん、何か顔が赤くなっていませんか?」
「なってないわ、夕焼けのせいよ」
「いえいえ赤いですよっ。
ひょっとしてそれを装備して、誰か見せたい人がいるんじゃないですか?
くううっ、私という彼女がありながらっ」
「イレーネさんが好きなのは、男の子でしょ」
「ユリエラさんは特別ですよ、くうう……羨ましい」
「そんなんじゃ、ないってば」
「くうううっ」
わたしは何度も、「そんなんじゃない」って言ったけど……
その日の夜。
わたしはそれを装備して、「赤えび亭」のステージに立っていた。




