第34話 悪役令嬢ユリエラと、主人公のイレーネはコインの裏と表
わたしは前向きなイレーネを、眩しく感じた。
つい先日、攫われたばかりなのに、やる気一杯じゃないか。
悪口を言われただけで凹む、わたしとは正反対。
何でそんなに前向きになれるの?
「どうして……」
「ん、なんですか?」
「どうしてイレーネさんは、そんなに頑張れるの?
誘拐されたのに、怖くはないの?」
わたしの問いに、イレーネは少し遠い眼をした。
「ユリエラさんも、知っているでしょう?
私は男子が大好きなんです。
皆と仲良くして、ハーレムを作りたいんです。
カッコいい男の子たちと、イチャイチャしたいんですよ。
身も蓋もない言い方で、呆れちゃうかもしれませんが」
「ううん、呆れてないわ」(ちょっと呆れてる)
「それが一番の頑張る理由です。
それを実現するためにはレベルを上げて、“聖女”にクラスチェンジしないといけません。
それと――」
「それと?」
「大好きな男の子たちが住む、この国を守りたいんです。
ユリエラさんの断罪イベント。
それが起きる卒業パーティーの直ぐあとに、この国へ“魔王軍”が攻めてきます。
その時、主人公のイレーネが聖女になっていなければ、魔王は倒せません。
私はまだ2年半以上も先だと思って、のんびりしていました。
けれど今回の件で思ったんです。
それほどの時間が、本当にあるのかなって。
イベント発生が早まったのは、今回だけで済むのかなって……」
「まさかイレーネさんは、今回の誘拐イベントが5ヶ月早まったように、
魔王軍が攻めてくるのも、早まると考えているの!?」
「分かりません。
そういう可能性が、あると言うだけです。
けれどもし魔王軍イベントが早まったとき、現状の聖女様では魔王に勝てません。
そういう設定になっているからです。
今の聖女様の代わりに、私が魔王を倒さないと駄目なんです。
でないと、私の大好きな人たちが皆死んじゃう」
「ああっ」
「魔王軍来襲イベントに比べたら、学園で受ける嫉妬イベントや、誘拐イベントなんて子供だましみたいなものなんです。
だから私はめげません。
早くレベルを上げて、起こるかもしれない、魔王軍早期アクセスに備えたいんです」
「イレーネさん!」
わたしは悪口を言われた位でしょげてるのに、イレーネさんときたらっ。
どんなに周りの女子から嫌われても、構わないわと言ってる。
嫉妬から起こるイベントが、自分を強くするから。
その成長によって、この国に住む素敵男子たちを守れるから。
それは結果的に、イレーネを貶めようとする者たちも、助ける行為だった。
イレーネはやっぱり、この世界の主人公なんだっ。
わたしは心の底からそう思った。
悪役令嬢ユリエラと、主人公のイレーネ。
2人は共に、悪意の中心にいて息づいている。
まるでコインの裏と表だな。
わたしは漠然とだけどそう思った。
「分かったわイレーネさん。
わたし何でも協力する。
一緒に、ダンジョンへ潜りましょう!」
「ありがとうございます、ユリエラさん!」
イレーネはわたしに抱きついて、頬っぺたを擦りつけてきた。
やっぱりイレーネって、猫みたいと思った。
*
レクトニクス魔法学園の広大な敷地内には、巨大な地下迷宮がある。
これは学園内に、後からダンジョンを造ったのではなくて、ダンジョンのある土地に後から学園を建てたから。
ダンジョンは完全に学園の管理下にあって、地下2階までは、学生の課外授業に使われたりしてる。
迷宮だけど迷わないように地図や番地があって、案内人も常勤して、親切設計に魔改造されていた。
管理事務所に実習スケジュールを届け出れば、ガイド付きで、誰でもダンジョンに潜ることができる。
だけど案内人が付くと今回は都合が悪いので、そこはわたしの実家パワー(公爵家)とワイロで、ルールをねじ伏せた。
と言うことでわたしは今、イレーネと2人きりでダンジョンの地下1階にいる。
「ユリエラさん、ありがとうございます。
私1人じゃ、案内人抜きとかできませんでした」
「こう言うのは任せて。
悪役令嬢のスキルみたいなものだから」
「ふふふ」
わたしは色々と装備を詰めたリュックサックを、背負いなおしてイレーネに尋ねる。
「イレーネさん、もう地下2階にいきなり行っちゃう?」
「いえ、ショートカットを使って、一気に地下10階まで降りようと思います」
「ええっ、学生が立ち入れるのは、地下2階までじゃ!?
と言うか、ショートカットって何!?」
「あれ? ユリエラさんは迷宮のサブクエストは、やっていないんですか?」
「ごめんなさい、あんまり興味がなくて」
サブクエストとは、乙女ゲーム「ダークバラード」のやり込み要素の一つだった。
深く迷宮へ潜ればもぐるほど、そこに隠されたレアアイテムが手に入る。
アイテムは「魅惑の香水」とか、「魅了の髪飾り」とか、「誘惑のネックレス」とか、
男子キャラを落とすための、バフが付くものが多かった。
別にやらなくてもクリアできるので、わたしはやってなかったんだけど――
ゲーム4周目の「廃人」、イレーネは当然のようにやり込んでいた。
「ユリエラさんが居てくれて、本当に良かったです。
入学して6ヶ月しか経ってない1年生の私が、ダンジョンのこと詳しかったら、絶対に怪しまれますもん。
でもユリエラさんなら平気♪」
「あ、うん」
「ユリエラさんの、ファーストダンジョンをご案内しますねっ」
イレーネはそう言って、地下1階入り口の脇にある小道へ入る。
そこはちょっと歩くだけで、行き止まりの袋小路なんだけど……
イレーネが手に持つ樫の木の長杖で、壁の一部を強く押すと、どこからともなく悲しげな女性の声が聞こえてきた。
汝に問う。我が悲しみを癒すのは、次のうちど――
「3人目の美容師の男と、5人目のバーテンダー」
多分なにか問いかけの途中だったけど、選択肢を言う前にイレーネは答えていた。
悲しげな声は「ど」で言葉が止まって、ちょっと間が空いてから、壁に木の扉が出現する。
「さあさあ、行きましょうユリエラさんっ」
「うわ~」




