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第32話 ユリエラ、新しい隠れ家が欲しくなる


ユリエラ、夜のベンチでそわそわする。


「カイルさん、さっきの曲って……」


「そうです、ユリエラさまの鼻歌です。

ようやく形になったようで……

そうなると弾きたくなってしまい、ここで弾いておりました」


「わあ凄いですっ、聞かせてもらっても良いですか」

「もちろん。今は皆が寝静まっておりますので、抑えたものになりますが(よろ)しいですか?」


「はい、お願いします」

「では……」


カイルは膝上(ひざうえ)のリュートを構え直し、ピックを使わず、指先でつま弾き始める。

15本の弦から、静かなメロディが(つむ)がれていった。


始まりは穏やかな波のよう。

わたしの体が、波に合わせて小さく揺れる。

ここからどう変化していくのか、期待が膨れ上がってしまう。


そこからメロディが、優しく2回跳ねた。

草むらから(うさぎ)が、ひょっこりと顔をだす感じ。

その後に(わず)かなタメが入ったのち、テンポが上がって、メロディが高音へとシフトした。


跳ねるように音色が、3段階に分けて上昇していく。

それに合わせて、わたしの体がはっきりと揺れ始めた。


カイルは揺れるわたしを見つめながら、そこから更に(きら)めくようなフレーズを飛び出させる。

それは天に手を伸ばすような、高みを求める高音で、危うく曲のバランスを崩しそうになる。


けれど曲は、ここからが本番だった。

その危うさをも吞み込み、メロディは荒々しく前進していった。

バランスを崩しそうになりながらも、メロディは転がるように前へ前へと進んでいく。


カイルは最後の一音をつま弾き終えて、余韻を夜に放つ。

曲が終わって、わたしは自然と拍手をしていた。


「素敵ですカイルさんっ、すっごい元気をもらえた気がしますっ。

後半のぐいぐい前へ行く感じが、気持ちいいです」


「そう言って頂けて幸いです。

あの……ユリエラさま」


「はい、何でしょうか?」

「この曲はひょっとして、歌詞があるのではないですか?

この曲はもともと、人が唄うためのものなのでは?」


「うわ、良く分かりましたねっ」

「何となくですが」


そうなのでした。

わたしがした鼻歌には、もともとの曲があって、それをカイルに伝えたのでした。

けれどうろ覚えなので、所々しか分からないやつです。


それを聞かせたら、カイルがちゃんとした曲にしてくれたのでした。

これ凄いことだと思う。

元の曲はあるけれど、曲の構成とかメロディの繋げ方とかは、全てカイルのオリジナルだ。


「このような作りで、良かったのでしょうか?」

「ぜんぜんすっごく良かったですっ」


「どのような歌詞なのですか?」

「歌詞ですか、う~ん……」


メロディがぼんやり覚えなので、歌詞とかもぜんぜん覚えてない。

そう伝えると、カイルがくすりと笑った。


「良いではないですか、歌ってみて頂けますか?」

「でも、歌詞が」


「ラララ~(スキャット)で良いと思いますよ、元は鼻歌なのですから」

「ええ~」


カイルも、随分な無茶ぶりをすると思った。

でもこんな感じで接してくれるの、初めてかもっ。


なんだか主従関係じゃなくて、友達っぽい!

友達っぽいぞー!


これは断れない、断りたくないっ。

せっかく縮んだ距離感を、元に戻したくないっ。


「えっとカイルさん……笑わないでくれますか?」

「もちろんです」


真面目に(うなず)くカイルを見て、わたしはやると決めた。

カイルはわたしの表情を見て、新曲を奏で始める。


わたしはそれに合わせて、ラララ~と歌った。

元の曲とは構成が違うので、そこはわたしがラララ~ですり寄せていった。


こうしていると、わたしまで楽器を弾いているみたいで楽しかった。

声を使った演奏と、リュートのメロディが重なり合う。


楽しいっ、すっごく楽しいっ。

調子が乗ってくると声が大きくなっちゃうので、息成分多めで(ささや)くように。


寝静まる皆に迷惑をかけないよう、こっそりやっていると、自然と2人で身を寄せ合ってしまう。

うわー、ちかいちかいちかいっ。


いつものテーブルが無い。

2人の間に、赤えび亭の木の丸テーブルがないよー!


何度か合わせて行くうちに、カイルが主軸のメロディをわたしに任せて、わたしのラララ~をバックからカバーするように演奏を調整していく。

凄いと思った、まるで曲が生きているみたい。


2人で奏でているうちに曲が変容して、2人がしっくり来るようなポイントに収まっていく。

それはもうカイルが作った曲を越えて、わたしとカイルの共同製作のようになっていた。


2人で作る初めての曲。

わたしとカイルを繋げる曲。


わたしはこの夜が、何処までも続けばいいのにって思った。

もうここに住みたいっ。

そうだここに、新しい「隠れ家(セーフティハウス)」を作ろうっ。


それしかないっ。

そう思うほどわたしは幸せで、体の芯が溶けていた。


でも楽しい時間はもうおしまい。

カイルがリュートを膝に寝かせて、わたしに微笑む。


「ユリエラさま。とても楽しい時間ですが、そろそろお休みにならないと」

「うー、眠くないもの」


「明日も寝不足で、地獄を見ますよ」

「ううー、地獄なんて無いもの」


「1限目を、また寝て過ごすおつもりですか?」

「何でそれ、知ってるんですか!?」


「勘です」

「ええ~」


大人は直ぐに、夢から現実へ引き戻す。

わたしはそれ、いけないなあーと思います、ほんとに。


「うー」




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