第31話 ユリエラ、こっそり部屋をでる
「どうしようかな」
わたしは門番をワイロ漬けにして、門限をスルーしているけれど、学園は繫華街みたいに乱れていない。
規則正しく朝と夜が早かった。
その学園時間に合わせて、学園に住む従者も朝と夜が早い。
それを考えると、夜の9時すぎはちょっと遅い時間。
御者のカイルは、もう寝ているかもしれない。
今日は「赤い海老の切り身亭」に行きたいって、お昼に伝えていないから。
カイルはわたしが行きたいと言えば、馬車を出してくれるだろうけれど……
「だめっ、だめよユリエラっ。
睡眠を邪魔されるって、殺意が湧くんだからっ。
明日で良いでしょ、明日いこ、明日っ」
わたしはそう自分に言い聞かせて、毛布を頭から被った。
そしてもぞもぞしながら、眠りの中へ落ち――
「はっ!」
気付いたら、わたしは野原を歩いていた。
赤い煉瓦の歩道を無視して、従者たちの住む棟へ最短で行くため、道なき草原を直進していた。
「信じられないっ。
わたし毛布にくるまって、寝ていたはずなのに!?
なにこれっ!?
わたしの周りの時間と空間がっ、ゆがん――」
そんなことは無かった。
ちゃんと、ここまでの道のりを覚えてる。
控えの間で就寝しているアイナに気付かれないよう、4階の窓からこっそり飛び降りた。
自分の魔属性を隠すため、カモフラージュで習得した「風魔法」でふんわりと降りる。
うん、風属性を強化しといて良かったと思った。
そうして今、わたしはここにいる。
「はあ~駄目なんだって。
あんまり、わがまま過ぎると嫌がれるんだってっ」
わたしはぶつぶつ言いながら、1歩進んで2歩下がるみたいな事をしてた。
何をいまさら?
悪役令嬢が、嫌われる事を気にするなんて滑稽だわ。
悶々としていると、わたしの中のユリエラな「私」が立ち現れて、わたしを笑う。
わたしは「駄目だ駄目だ」と思いながら、道なき草原を歩いた。
いいの、ちょっとだけだから。
ちょっとだけでいいの。
ちょっとだけ、ホットワインを一杯。
いえ一杯とかも、いいから。
ホットワインとかも、いらないから。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、カイルと――
「え」
わたしは、思わず立ち止まる。
自分の思考がおかしいと思った。
わたし、いまなんて思った?
お酒いらないなら、行くことないよね?
赤えび亭に行くことないんじゃない?
あれ? わたしお酒のために、行ってたんじゃないの?
違う、そうだ。
わたしはあの、赤えび亭のアットホームな感じが好きなんだ。
癒されるから行くんだ。
そうそう、そうだよっ。
そこでユリエラな「私」が、横やりを入れる。
うそつき、と――
何が?
なにが噓つきなの?
ふふふ。
言葉は人を騙すためにあるのよ?
自分を騙してどうするの?
「うっ」
わたしは1歩進んで2歩下がり、さらにぐにゃぐにゃ蛇行して歩く。
思考の迷いが、思い切り歩行に現れていた。
「赤い海老の切り身亭」に行くのは、お酒のためでも、アットホームな感じのためでもない?
いいえ、アットホームな感じに、癒されているのは本当だからっ。
だけど向かいにカイルが座って居なかったら、こんなにちょくちょく行くのかな?
わたしの話を聞いてくれる、カイルが居なかったら……
「うわ、うわっ、どうしよっ、うわ~」
なんだか顔が熱い。
心臓がばくばくしてきた。
どうしよう、部屋に戻りたいっ。
違うっ、やっぱ戻りたくないっ。
わたしは頭の中をグルグルさせながら歩いて、気が付いたら従者の棟の前に立っていた。
「真っ暗だ……」
従者棟は、どこにも灯りが付いていなかった。
みんなぐっすり、眠っているのだろう。
たぶん凄く蛇行して歩いてたから、もう10時は軽く超えていると思う。
灯りの無い、真っ黒な棟のシルエットを見ていると、拒絶されている気がする。
いったい今、何時だと思っているのですか?
あなたに常識はあるのですか?
大きなシルエットに、そう言われてる気がした。
「帰ろう……」
わたしは肩を落として、足元のつゆ草を見る。
別にがっくりなんかしてない。
どうせ明日会えるんだし。
けど――
「明日会ったら、どんな顔をしたら良いんだろ?」
それはそれで問題だった。
「う~ん……」
引き返そうとして重い足を引きずったとき、夜気の中に微かな調べが聞こえる。
「ん?」
建物からじゃない。
少し離れた所から聞こえてくる。
わたしはその音色に惹かれて、煉瓦の歩道を歩いた。
暗くて良く見えないけれど、歩道脇のベンチに誰かが座っている。
「え、カイルさん!?」
カイルが、月明かりの下で座っていた。
足を組んで、その上にリュートが乗せられている。
夜気の音色は、そのリュートから静かに奏でられていた。
「……どうしたのです、ユリエラさま?
赤えび亭に、行きたくなりましたか?」
「うっ」
図星っ、だけど図星じゃない。
わたしがもごもごしていると、カイルが指先を止めて、リュートを膝に寝かせる。
「今、馬車を用意してきましょう」
「ちがう、いいの。あのえっと……
一緒に、座ってもいいかしら?」
「どうそ、ユリエラさま」
わたしは、今が夜で良かったと思った。
多分、顔が真っ赤だから。




