第30話 ユリエラ、暗い喜びが胸にくすぶる
さっきまで怒鳴っていたお頭が、「なにい!」と驚いた後、すっと冷静になる。
「てめえ……」
わたしはそれを見て、感心した。
「へー」
うん……暴力の中で生きている、ベテランって感じ。
さっきまで殴られていた部下たちが、口から血を流しながら、わたしに吠える。
「オイコラ、なんだテメエらあ!」
「ここをどこだと思ってんだ、コラァ!」
部下たちはまだ分かってない。
もう「脅し」で、この場がコントロールできないって事を。
わたしは、イカを操っていた犯人は「自分」だと告げた。
そんな根っこの部分を晒したという事は、眼の前の女が、自分たちを生かしておく気がないという事。
お頭はそう判断した。
怒鳴り合いの「駆け引き」が通用しないと分かったなら、この狭い室内で殺し合うため、冷静にならないといけない。
熱くなりすぎると、判断が鈍るから。
わたしは部下たちを無視して、お頭だけを見つめる。
そんなわたしの背後から、シャサール、ペシャール、ジャルディがやって来た。
シャサールがわたしに囁く。
「我が君、事務所内の者は私とペシャールのスキルで、全て捕獲いたしました」
「ありがとう、ここにいる方たちも捕まえてくれる?」
「「 言伝のままに 」」
わたしの命を受けて、シャサールとペシャールが一歩前へ出る。
2人は吠えるだけの部下たちへ、スキル「捕獲網」を発動させた。
空間に赤い投網が現れ、男たちを包んで絡め取っていく。
けれど一瞬早くお頭だけが、後方の窓枠に足をかけて飛び降りた。
ここは3階だけれど、やっぱり判断が早い。
お頭の逃亡は上手くいくかと思ったけど、いつの間にかアグリが回り込んで、窓枠から手を伸ばし、お頭の襟首を掴んでいた。
100キロ以上はありそうな大男を、アグリは子猫のように引き上げて、赤い投網の方へ軽々と投げる。
お頭は部下と仲良く、網に絡め取られて動けなくなった。
「てめえ、一体誰なんだ!?」
床から睨み付けてくるお頭に、わたしは小首を傾げる。
「わたしが誰かって? そうね……この世界の悪役かしら?」
「は?」
わたしは自動人形へ指示を出す。
「ジャルディ。あなたのスキル“箱庭”に、捉えた者を入れて持ち帰ってくれる?」
「畏まりました、我が君」
「アグリ。ここじゃゆっくり聞けないから、森の館へ連れていって。
ウラで誰が糸を引いているかを、聞き出して頂戴。
尋問はファナティにやらせて」
「我が君の、言伝のままに」
「さあ戻りましょう。イレーネさんが待っているわ」
19番倉庫に戻ると、イレーネがポークビーンズをもぐもぐさせながら、出迎えてくれた。
「あっ、ユリエラさん、おかえりなさいっ」
「ただいまイレーネさん」
「どうでした? 何か手掛かりはありましたか?」
「う~ん……何もなかったわ。
倉庫街には誰もいないし、聞きようがなかった」
「誰もいない?」
イレーネはポークビーンズの器を持ちながら、勝手口から外を覗く。
し~んと静まり返る倉庫街に、イレーネは戸惑っていた。
「なんで?」
イレーネはタルに入っていたせいで、イカが大暴れしたことを知らないみたい。
*
その日の夜――
わたしは寮の自室で灯りも付けず、ベッドに寝転んでいた。
「事務所で、捕まえた人数は17人。
ぴったりだな、わたしたちと……」
わたしと自動人形も、合わせて17人。
これは偶然の一致なのかな?
実際のゲームでは、私がオートマタたちを使って、イレーネを誘拐する。
そして外国へ売り飛ばす。
「その役を、あの男たちが代わりにやったの?
いえ、実際にやってた……」
わたしが悪役令嬢としての役を降りた分、誰かが代わりに役を引き継いでいる。
そんな気がする。
さっき、アグリから連絡があった。
デニスン港福祉協会の者たちは、自分の雇い主の姿を、一度も見ていないと言っているらしい。
いつも闇の中で顔を見せない者から、指示を受けていたという。
金払いが非常に良いので、優先的に仕事を引き受けていたみたい。
これは正直言うと、ある程度の予想はしていた。
なぜかって言うと、ゲームだと誘拐事件の黒幕は分からず仕舞いで、次のイベントへ進んでいったから。
その時点では分からないけれど、後々あの時の誘拐犯は「ユリエラ」だって王子たちにバレて、卒業パーティーでの「ユリエラ断罪」の一因となるから。
「この時点じゃ、誰が誘拐させたか分からない。
そこら辺も、実際のゲームと一緒か……
これ最後に、誰かが断罪されるのかな?」
わたしではない――と思う。
だってわたしは全力で、悪役令嬢の役を降りているから。
イレーネと仲良くなっているから。
そう思って、安心していれば良いのかな?
わたしはその自問に、すっごいモヤモヤした。
アグリから捉えた者の処分を聞かれて、わたしは「森に放してあげて」と言った。
魔族の領域の森に、人間を放したらどうなるか、分かっているのに……
たちまち魔獣たちに襲われて、明日の朝を迎えられる者はいないだろう。
それを知ってて、平気で言った。
放してあげてと。
悪役令嬢ユリエラなら、そんなの平気で言うだろうな。
けれどわたしは「霧島ゆり」なのにっ。
「放してあげて」と言った時の暗い喜びが、今もこの胸に燻っている。
イカで港の人たちを、脅したときもそうだった。
今思えば、あんなに脅す必要があったのかな?
途中から「もっともっと」と欲が出た。
作戦とかそんなの関係なく、怖がらせるのに夢中になっていた。
わたしは自分が怖くなった。
このままいつかタガが外れて、本当に悪役令嬢になりそうで怖い。
自分が、遠くに行っちゃいそうで怖い……
わたしは強く眼をつぶる。
毛布を頭から被って丸くなる。
暫くそうしていて、わたしは頭を出した。
サイドテーブルの置時計を見る。
時間は9時すぎ。
「カイルさん、もう寝ちゃったかな?」
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