第28話 ユリエラ、イレーネを救出する
ユリエラ、イカになりきる。
ぬめりを帯びた巨大な触手×3は、わたしの意識下にあった。
わたしがイカであって、イカがわたしだった。
わたしは倉庫街の屋根上を移動しながら、全身を波打つようにくねらせて、触手の創作ダンスを行う。
くねくねくねくねくねくねくねくねくねくね。
これが「魔属性」の魔法により、召喚した獣を操る方法だった。
荷役の人たちが屋根を見上げれば、漆黒のドレスを纏った仮面巫女が素敵なダンスを踊ってるんだけど、どうだろうか?
みんなそんな余裕はないか。
わたしは巨大触手をクネクネさせて、港の人にこれでもかと見せつけた。
荷役の人たちは、転がしているタルを放り出して、街へとちりぢりに逃げた。
みんな、いい感じに怖がってくれる。
けれどもっといこう。
巨大な触手が霞むほどのスピードで、わたしは海面を思い切り叩く。
パーンって綺麗な破裂音が響いた。
多分、音速を超えていた。
叩いた瞬間、海面にでっかいクレーターができるほど凹んで、凹んだ部分の海水が全て飛び散る。
倉庫街の岸のへりに、波がぶち当たって、おっきな白波が立ち上がった。
停泊中の船も、木の葉のように揺れている。
飛び散った海水が、逃げる荷役たちの上から雨みたいに降り注いだ。
屈強な男たちが、乙女のような悲鳴を上げてる。
「きいやああああああっ」
「ひゃああああああっ」
恐怖の伝達は充分。
けれどもっといきたくなった。
3本の触手で、折れた船のマストをそれぞれ持って、野球のバットみたいに振り回す。
逃げる人たちの真上で、マストのバットが風を切り、ぶんぶん唸った。
逃げる人たちの足元に、マストを握った巨大な影が、何度も横切る。
悲鳴のボルテージがまた一段上がった。
恐怖は最高潮だった。
けれどもっといけるはず。
わたしが「次は何をしようかな」とクネクネしていると、わたしの自動人形たちが、ずぶ濡れになって戻ってくる。
「我が君、例のグッドニュースです!」
「我が君、漏れ出すタルを確認いたしました!」
「我が君、さあ私がエスコートいたしましょう!」
「イレーネを、見つけたのね!」
喜ぶわたしも、海水の雨でずぶ濡れ。
わたしはちょっと、恐怖の大海獣ごっこをやり過ぎていた。
*
無人となった港の倉庫街。
その「19番」倉庫内に、わたしたちはいる。
眼の前には、倉庫に持ち込んだ大きなタルが一つ。
表面から、微かに魔力が漏れ出している。
自動人形のアグリが、ククリナイフで慎重にタルの蓋をこじ開けた。
中にはぐったりとしたイレーネが、緩衝材の藁まみれになって詰まっていた。
「イレーネさん!」
タルから出して、彼女を横たわらせる。
わたしはイレーネを拘束する魔法具を破壊して、彼女の顔についた藁くずを払いながら、オートマタに指示を出す。
「プレートルお願い、回復魔法をっ」
「我が君の、言伝のままに」
プレートルは、回復魔法専門のオートマタだった。
彼の信じる神は魔神だけど、回復魔法は善悪関係なく効いてくれる。
プレートルの施す紫色の光を浴びて、イレーネが閉じていた眼を薄っすらと開けた。
乾いた唇が開き、イレーネの肺が新鮮な空気を求める。
「すううう……はあ……
あれ~ユリエラさん。どうしてここに~?」
「もうっ、イレーネさんたらっ」
わたしは、藁くずだらけのイレーネを抱きしめる。
イレーネは意識がはっきりしてきたのか、わたしの背に手を回して、抱きしめ返してくれた。
「ああ……そっか、ユリエラさんが助け出してくれたんですね……
ありがとうございます。
今日のは、ちょっとヤバかったです。
全然タルが、爆発してくれないんですよ……」
「うん分かってる」
「もう喉のとこまで、辞世の句が出かかりました……」
「出しちゃだめでしょ」
「このイベント、ちょっと起きるの早くないですか……」
「うん、そうだよ」
「はあ~、疲れた~」
「うん、ゆっくり寝ていて。イレーネさんはわたしたちが運ぶから」
「わたしたち?」
イレーネが、わたしの肩にうずめていた顔を上げる。
すると疲れているはずなのに、わたしの腕の中で背筋をピンと伸ばした。
声に張りが出まくる。
「わあっ、ユリエラさんっ、この素敵な方たち誰ですか!」
「え? ああ、ほらイレーネさんも知っているでしょ?
わたしが使う自動人形たち」
イレーネは片膝を付いて傅く、人形のように美しい男たちを見て、眼をキラキラとさせた。
「あっ、ほんとだオートマタの子たちだ!」
子たちと言われて、オートマタたちが露骨に嫌な顔をした。
モデルのような顔立ちで、むっとする。
「我が君、なぜこのような不埒者をっ」
「我が君、光の者など放棄しましょうっ」
「我が君のホールド……うらやましい」
わたしはオートマタの口の悪さに吃驚して、必死に取り繕った。
「ああ、ごめんなさいイレーネさん。
オートマタたちに、悪気はあるけど無いのっ。
ほらこの子たち、魔族だから。
光属性のイレーネさんと、ちょっと相性が……」
酷いことを言われて傷ついたかなと思ったら、イレーネはペカリと笑顔になった。
「凄い……男の人に、ゴミみたいに見られるの新鮮っ」
「えー」
わたしは、イレーネを落ち着かせて尋ねる。
「オートマタたちが、イレーネさんの入ったタルを見つけたとき、タルを運ぶ者の姿は無かったそうなの。
わたしはイレーネさんを、攫った者を突き止めたい。
何か手掛かりになるような事は、無いかしら?」
「う~ん……そうですねえ……」
イレーネはころんと横になり、わたしの膝を枕にして考え始めた。




