第25話 悪魔令嬢ユリエラ、久しぶりに鍵を開けてみる
王子たちの訪問を受けて、わたしはぐったりしてベッドに横たわる。
アイナとカイルは、わたしに色々と聞きたい事があるだろうな。
けれどわたしの酷い憔悴ぶりを見て、わたしを気遣いながら、部屋の灯りを落として退出していった。
わたしは扉が閉じられたと同時に、瞼を開き、聞き耳を立てる。
充分に2人が離れたのを確認して、わたしは上体を起こした。
闇の中で一人考える。
「ダークバラード」のイベントで攫われたイレーネは、操作するプレイヤーの選択によって結果が変わった。
「自力で脱出」「王子たちの救助」「外国に売られる」の3通り。
ただしこれは、実際のゲーム内でのこと。
わたしが転生してきたこの世界は、ダークバラードであって、ダークバラードとは違うストーリー進行をしてる。
イベントの結果が、通常の3通りとは限らない気がする。
もっと最悪な選択肢が、イレーネに降りかかるかもしれない。
「そんな時に、わたし……じっとしているわけ?」
闇の中の問いかけに、答える者はいない。
居ないはずなのに、わたしの中にゆらりと、悪役令嬢ユリエラとしての「私」が立ち上がる。
そうね……このまま、待ちたくはないのでしょう?
ならどうするべきか、あなたは知っているはずだわ。
あなたの考える最悪の選択肢、それは「死」なのでしょう?
ゲーム内では「辞世の句」を読んで、ちょっと苦笑いをしながら、セーブポイントからリスタートすれば良いわ。
けれどこの世界に、セーブポイントはあるのかしら?
リスタートはできるのかしら?
あなたはそこを強く疑っている。
そして恐らく無いと、あなたは考えている。
「どうすれば……」
いまカイルを頭に浮かべたわね。
けれど、どう説明するつもり?
この世界はゲームだと説明して、助けを求めるつもりなの?
「くうっ」
あなたは、知っているでしょう?
どうすれば良いか。
抵抗せずに使いなさい。
恐れることはないわ、「私」の力を――
その言葉を最後に、わたしの中の「私」がすっと胸に溶けて消えていった。
わたしは暫く動けない。
置き時計の針の音が、やたら大きく聞こえた。
窓が風に吹かれて軋んでいる。
本格的に春の訪れを知らせる、春風だ。
わたしはもっともっと、イレーネと巡りたい聖地があった。
それなのに、イレーネが隣に居ないなんて嫌だ。
わたしはベッドから立ち上がり、壁に掛けられたリース、サイドテーブルのランプや置時計、更に細々とした小物の配置を変えていく。
小物一つ一つが魔道具だった。
配置を変える事により、それぞれの小物が呼応して、部屋全体が巨大な魔法陣となっていく。
これは誰にも教えていない、わたしだけの秘密。
最後の小物を置き終えて、特殊な空間へと繋げる鍵が出来上がった。
「煉獄」
わたしが短い呪を唱えると、わたしの部屋が真ん中から、ゆっくりと縦に裂けていった。
音もなく左右に広がっていく部屋の向こうに、枝がねじくれた歪な森が見える。
わたしはそこに足を踏み入れた。
森は魔族の支配する領地の一角にあり、そこにわたしの持つ「隠れ家」の一つがある。
わたし=「悪役令嬢ユリエラ」は、すでに裏で魔族と繋がっていた。
卒業パーティーでの「ユリエラ断罪イベント」。
そのときユリエラは断罪から逃れるため、魔族を呼び寄せている。
ここで一つ、疑問が持ち上がると思う。
なぜユリエラは、魔族を呼ぶことができたのか?
一体いつから、魔族と繋がりを持っていたのか?
その答えは簡単で、「初めから」だった。
ユリエラは生まれた時から、「魔」属性の保持者だった。
イレーネが光に親和性のある「光属性保持者」であるように、
ユリエラもまた、魔に親和性のある「魔属性」を保持する子供だった。
何もせずとも、ユリエラの傍に魔物が寄ってくる。
彼女は物心ついた時から魔と戯れ、魔を身近なものとして育っていった。
野生の獣が本能で何をすべきか知っているように、ユリエラは自分の魔属性を、誰にも悟られないよう隠匿していた。
カモフラージュとして風属性を強化し、普段は風属性保持者として振る舞っている。
その過程でユリエラの属性に疑念を抱いた者は、ことごとく謎の死を遂げていた。
その犠牲者の中には、実の母親や姉も含まれている。
――と言うのが乙女ゲーム「ダークバラード」での、ユリエラの設定だった。
わたしは森の奥にひっそりと建つ、古い館を見つめる。
その館の中には、自動人形が幾つも吊り下げられているはずだった。
「ゲームだと確か、ここのオートマタを私設の犯罪組織として使って、イレーネさんを誘拐するんだけど……
まさかイレーネさんを助ける為に、使うなんて思わなかった」
わたしは奇妙な運命のねじれを感じながら、館へと足を踏み入れた。




