第24話 土曜の夜のユリエラ
土曜の夜のユリエラ。
わたしは自室のベッドで、お腹を下にして寝転んでいた。
目の前に学園城下町の地図を広げて、両手にあごを乗せて眺めてる。
「いったん海の方まで出ようかな。
そこから寮へ戻るように、聖地を巡れば帰りは楽かなあ。
場所の特定に時間が掛かるから、全部の聖地を回るのは無理だよね。
どこかエリアを絞って……
あっ、明日のお昼どこで食べようかな?
それも大事っ」
ああ……楽しい。
明日の聖地巡礼を考えているだけで、とっても楽しい。
こうやって愉しい事ばかり、続けばいいのに。
けれどそういう時間って、なかなか続かないよね。
わたしの耳が、部屋の外の騒ぎを捉える。
お待ちくださいっ。
勝手な事をされては、困りますっ、こんな急にっ。
どいてくれ、事態は一刻を争うんだっ!
おやめ下さい、ああっ。
止めようとする声は、メイドのアイナの声。
もう一人は――
わたしが見ている前で、扉がノックも無しに荒々しく開けられた。
わたしは思い切り顔をしかめて、夜の来訪者を睨み付ける。
「アルヴィン様、こんな夜更けに何事ですか?
それと――」
わたしは黙って、視線を横にスライドさせる。
扉が開く前に、声で第一王子のアルヴィンだと分かっていたけど、
その後ろに、第二王子のカイギス。
そして、宰相の息子ジェイルまでいた。
なになに、どういう事!?
3人揃って、何しにきたのー!?
なんかただ事じゃなくて、変な汗が出てくるけど、動揺は見せない。
見せたくない。
わたしはベッドに腰掛け直し、きりりと部屋の主然とした態度をとる。
3人の後ろから、アイナが顔を出してわたしに謝った。
「申し訳ございません、お嬢様っ。急にいらして強引にっ」
「アイナさんが、謝ることはありません。
アイナさん、お茶を出す必要なんてないわよ。
こんな礼節を欠いた方々に出すなんて、茶葉がもったいないもの」
わたしはアイナにニッコリして、控えの間へと促す。
アイナはぺこりと頭を下げて、退出した。
わたしは改めて、3人を冷えた眼で見つめる。
怒気を込めて問いかけた。
「あなた方はここが女子寮だと、分かって大騒ぎしているの?
男子生徒が、許可なく入れる所じゃないわっ」
わたしの刺すような声で、第二王子のカイギスが少し怯んだ。
けれど第一王子のアルヴィンは、更に一歩前へ出る。
「イレーネ・フェルルが、行方不明となった」
「え?」
「金曜の夜から、その姿を見た者がいない。
今朝、3号棟を清掃する者が、非常階段に落ちているイレーネの鞄を見つけた。
イレーネは自室におらず、学校にも来ていない」
「何ですって!?」
わたしはそこで、僅かな違和感を覚えた。
それが何なのか、わたしの意識が必死に探り始める。
硬直するわたしに、アルヴィンが低い声を出す。
「ユリエラ、君は何か知っているのではないか?」
「わたしが?」
「木曜日の夕方。
君とイレーネは、学園寮をウロウロしていたそうじゃないか。
君たちを見た者が、大勢いるんだぞ」
「それはっ」
それは、聖地巡礼の旅だからっ。
なんて言えなかった。
言ったって分かるはずない。
「アルヴィン様には、関係のないことです」
「ないかどうかは、私が決める。
一体、2人で何をしていた?」
完全にわたしを疑っている。
アルヴィンの緑色の瞳が、敵意剝き出しだった。
わたしは、あなたの婚約者なのにっ。
わたしが押し黙っていると、宰相の息子ジェイルが慇懃に話しかけてくる。
「イレーネさんが何者かに攫われたとしたら、一刻を争う事態です。
光属性を持つ彼女は、この国にとって至宝。
次期、聖女候補の一人です。
もしこの国に何か災いがあれば、何よりも代えがたい存在となります。
それはもちろん私よりも。
そしてユリエラさん、あなたよりもです。
ユリエラさん、何か知っている事があれば何でも構いません。
教えて貰えませんか?」
言葉は丁寧だけれど、暗にわたしを脅していた。
イレーネは、お前よりも大切な人なんだ。
助けるためだったら、私は何でもするぞと言っていた。
「……わたしは、何も知りません」
わたしの言葉に、アルヴィンの顔が険しくなる。
「本当か? 本当に知らないのか?
木曜日の夕刻、君たちが3号棟の非常階段を上っていく姿を、見ている者もいるんだぞ。
君は何を隠している、ユリエラっ」
「わたしは何も、隠してなんかいないわっ」
わたしが否定すればするほど、3人の疑念が深まって行くのを感じた。
もう完全に犯人扱いだ。
それでもわたしが知らないと突っぱねると、アルヴィンがわたしの手首を掴む。
「くるんだユリエラ」
「離してっ」
わたしは眼を瞑り、身構える。
強引にベッドから、引きずられると思ったから。
けれど次の瞬間、わたしの手首を掴むアルヴィンの手が離れた。
顔を上げて見れば、大きな背中がわたしの眼の前にあった。
「カイルさんっ」
カイルは、わたしを掴んでいたアルヴィンの手首を、ねじり上げている。
多分、退出したアイナが、その足でカイルを呼びに行ったのだろう。
「ぐう、放せっ」
アルヴィンが叫ぶと、カイルは素直に手を放した。
カイルがアルヴィンへ、深々と頭を下げる。
「恐れ入りますが、ユリエラさまは大変に混乱しております。
今日の所は、お引き取り願えますか?」
「何を言うっ、今は一刻も早く――」
アルヴィンが、何故かその先を言えない。
じっとカイルを凝視している。
わたしは急に辺りが、暗くなったような気がした。
部屋の温度も、下がったような気がする。
それは魔法のランプが光量を落としたのでもなく、窓が開き風が吹き込んだ訳でもない。
部屋の中央に立つカイルから、何かが滲み出ていた。
一言で表せば、それは殺気。
まるで焼けた岩から放射されるように、不可視の覇気が立ち昇っていた。
アルヴィンはそれを敏感に感じ取り、言葉を失っていた。
わたしにも分かる。
もし王子たちが、わたしを強引に連れて行こうとしたら、3人は無事に帰れないだろう。
その先に死の匂いがする。
いまこの場を支配するものは、貴族の権威ではなく、純粋な暴力の兆しだった。
アルヴィンとジェイルはゆっくりと下がり、捨てセリフを吐く。
第二王子は、結局一言も発さなかった。
「私は必ず、イレーネを助け出す」
「今は一旦下がりましょう。
ですがイレーネさんを探すためなら、私は何でもいたします。その事をお忘れ無きよう」
3人が帰ったあと、わたしは荒い息を吐いた。
「はーっ、はーっ、はーっ」
「大丈夫ですか、ユリエラさま」
「ありがとうございます、カイルさん。
それにアイナさんも」
わたしはドアに立つアイナにも、感謝を述べて項垂れる。
犯人扱いされてショックなのもあるけれど、わたしは別の事で頭がいっぱいだった。
わたしが問い詰められている間中、ずっと持っていた違和感。
その正体に、途中で気づいたから。
わたしはこの場面を知っていた。
3人でユリエラに詰め寄るシーン。
細部のセリフとかディテールが変わっていたけれど、まず間違いない。
これはイレーネの「正規イベント」だった。
正規のもので、野良じゃないやつ。
アルヴィンとジェイルのセリフに、すっごいデジャヴを感じた。
それはゲーム画面越しに、聞いていたから。
非常階段に落ちていた鞄も、同じシーンがあった。
でも――
今は春だよ?
このイベントは秋にあるはずっ。
イレーネ1年生編のクライマックスとして、2年生にあがる直前に起きるはずっ。
なのに何で今起きてんの!?
早いっ、早すぎだよ!
確かイレーネ言ってなかったっけ?
正規イベントも、発生パターンが変化してるって?
そんなっ、時期まで変化するの!?
それともう一つ。
わたしが混乱する事があった。
アルヴィンたち3人の、わたしへの疑念はある意味正しかった。
だってゲームでは「ユリエラ・ソルナイン」が、私設の犯罪組織を使って、イレーネを誘拐させるんだから。
けど今回は、わたしじゃない。
わたしは、そんな事をさせてない。
「……いったい誰が?」




