第22話 悪魔の心変わりに戸惑う従者たち
広大な学園の敷地内に、6棟に分かれた学園寮がある。
その7つ目の棟として、寮の裏に御者やメイドたち専用の棟があった。
そこの食堂で、ユリエラ専属メイドの「アイナ」が昼食をとっている。
ササッと食べ終わって、また学園寮に戻り掃除をしなければならない。
アイナはプレートにこんもり盛られたマッシュポテトを、機械的にスプーンで口に押し込んでいた。
そんなアイナの向かいに、メイド仲間のスモモとアルミンが座る。
「スモモ」は、ユリエラの御学友ウルの専属メイドで、
「アルミン」は同じく、御学友ナターシャの専属メイドだった。
昨日のお茶会演習で、アイナと共に従事していたメイドたちだ。
「こんにちわアイナさん」
「お昼ご一緒に、よろしいかしらアイナさん」
「こんにちわスモモさん、アルミンさん。
昨日はお疲れ様でした」
「アイナさんこそ、お疲れ様でした」
「アイナさん最近食欲が戻ってきたようね。良いことだわ」
「ええ、お陰様で、最近はご飯が美味しく感じられるの」
「それにしても、昨日は初めての野外お茶会で吃驚したわ。
ねっ、アルミンさん」
「そうそう、何もかも初めての事で吃驚したわ。
ねっ、スモモさん」
スモモとアルミンは頷き合い、アイナを見つめる。
「ねえ、アイナさんも吃驚したのかしら?」
「あの、お茶会の変化とか~」
「そうですね、私も驚いています」
「あ、やっぱりそうなのね、良かったわあ。
ところで何でかなあって、あの変化……
あっ、誤解しないでね。
あのお茶会の変わりようは、私すごく良いと思うの。
ねっアルミンさん」
「そうそう、お茶会の変わりようは、とても良かったわあ~。
でどうなのかしら?
お茶会はどの程度まで変化して、そしてこれからも変化するのかしら?
なんだか私とスモモさんは、そこに興味が湧いちゃって……」
アイナは聞いていて、まだるっこしいなあと思った。
スモモとアルミンの興味が湧いたところは、多分そこじゃない。
お茶会の変化じゃない。
野外でのお茶会は確かに初めてだったけど、貴族の娘の気まぐれなんてしょっちゅうだ。
2人は急遽野外でお茶会になった経緯なんて、別に気にしてない。
2人が気にしているのは、ユリエラ本人の変化の方だ。
本当はこう聞きたいはず。
あんたのとこの主、何だか性格が変わってない?
一体どうなってんの!?
そう聞きたいはずだ。
けれど他人の主の性格が、どうのこうのなんて聞けない。
ましてやユリエラ専属のアイナには、ストレートに聞けない。
最近あんたのところの、主の性格が良い気がする。
そんな事を聞いたら、「なんだそれじゃあ、前は性格が悪かったって事か」と取られかねない。
それがアイナを通して本人に伝わったら、それこそ自分たちの命が危ない。
ユリエラの何をするか分からない怖さは、メイドたちの間にも広まっている。
聞くに聞けない。
けれどすっごい興味がある。
だからスモモとアルミンは、「お茶会」というワードを間に噛ませて、それとなく聞こうとしているのだろう。
アイナはマッシュポテトをパクつく手を止め、ふと天井を見上げる。
アイナは思う。
これは本格的に、主の性格変化の噂が広まるなと――
昨日のお茶会での主は、本当に皆を気遣っていた。
皆の中心にいながら、引き立て役に徹していた。
主があんなに人の気持ちを考えるとは、アイナは思ってもみなかった。
まだ信じられない所がある。
だってアイナは「17人目」から専属メイドを引き継いで、ここ2ヶ月、相当いびられて来たからだ。
その体験と恐怖がある限り、アイナは決して主に心を許すことはないだろう。
アイナはそう考えている。
それでも――
アイナはスモモとアルミンの意を汲んで、お茶会というワードを噛ませて、ちょこっと自分の心境を話す。
「お茶会の変化は、ある日突然だったの。
私はその変化に、未だに戸惑っているわ。
そうそうお茶会が変化できるなんて、思っていないから。
でも今は、正直ほっとしてる。
お茶会の変化と共に、私は悩まされる事もなく、こうして食欲も戻ってきたもの。
お茶会は最近、ずっとあんな感じよ。
この変化がいつまで続くのかは分からないけれど、お茶会は確かに変化したと思う」
「へ……へえ、そうなのですね……」
「……何だか凄いですわ」
アイナは昼食をさっさと終え、2人と別れて学園寮へと戻る。
スモモとアルミンも寮へ帰るはずだけど、まだ食堂で話したいのだろう。
戻る途中、リュートの音がどこからか聞こえてきた。
見れば木陰のベンチにカイルが座り、ぽろろんと弦を鳴らしている。
アイナは音色に耳を傾け、小首を傾げた。
カイルに近づき尋ねる。
「カイル、聞きなれない曲ね」
「ユリエラさまに、作曲しろと言われた」
「あなたに、作曲なんて出来るの?」
「基本のメロディは、ユリエラさまの鼻歌だ」
「鼻歌?」
「昨晩延々と鼻歌を聞かされたんだ。それで作れと言われた」
「なにやってんだか……」
アイナは思う。
自分とカイルの違い。
それはカイルが、ユリエラから強力な精神圧迫を、直接受けていないということ。
カイルはいびり倒されていない。
メイドが17人精神崩壊した横で、カイルは御者になりきり黙って馬車を走らせていた。
カイルはユリエラの怖さを、身をもって体験していない。
だから直ぐに、ユリエラを信じようとする。
むすっとしながらも、どこか楽しそうに練習するカイル。
そんな彼を冷ややかに見つめて、アイナは学園寮へ戻っていった。




