第17話 ユリエラは、医務室で眠りたい
夜通しの夏祭りの後、わたしは学園寮の自室で少し眠った。
1時間くらい。
頑張って登校して、今は教室にいる。
階段状になっている教室の、一番後ろに座っていた。
自分で言うのもあれだけど、わたしは偉いと思う。
朝の1限目から、授業をしっかりと聞いているんだもの。
ウソ、聞いてない。
頭に入ってこない。
寝不足の頭に、地味な薬草学の話はつら過ぎた。
早く授業が終わらないかなと、2~3分ごとに、左手に握りしめた懐中時計を凝視する。
ぜんぜん時間が進んでくれない。
きっとわたしを中心に、この教室の時空が歪んでいるんだわ。
そんな妄想をしながら、2~3分ごとに時計とにらめっこした。
そのルーティンを十数回繰り返して、やっと授業終了の鐘がわたしを開放してくれた。
「やっぱり無理……眠い。
昼まで、医務室のベッドで寝よう……」
解放されたわたしは席を立ち、鞄を持って教室をでる。
ふらふら歩いていると、同じ授業を受けていた、ウルとナターシャが付いてきた。
彼女たちは取り巻きグループ「最古参の2人」で、わたしには勿体ない2人だった。
ウルとナターシャは「お顔の色が優れないですわ」と、わたしを気遣ってくれる。
ユリエラ自体は、ウルとナターシャを道具のように扱っていた。
ほんと酷い話だった。
そして「今のわたし」はそれが凄く申し訳なくて、胃がきゅっと縮む。
この子たちの学園生活を、もう2年半もユリエラが玩具にして来たのだから。
ウルとナターシャの為にも、グループは解散できないよ。
わたしはそう、寝不足の頭で誓った。
気遣ってくれる2人に、わたしは微笑む。
「ちょっと気分が優れなくて……医務室へ行ってくるわ」
「それは大変です、私もご一緒にっ」
「あっ、私もっ」
「ううん大丈夫、そんなに酷くはないから一人で平気。
心配してくれてありがとう。
ウルさん、ナターシャさん」
「えっ」
「えっ」
2人がわたしに、ありがとうと言われて困惑していた。
まだまだわたしが、他人に感謝するのが信じられないって顔をしてる。
そのリアクションに、わたしはもう慣れた。
だからそっちも、ユリエラの「ありがとう」に慣れてねと、心の中でお願いしてみる。
2人と分かれてわたしは階段を降り、1階の医務室のドアをノックした。
鍵は掛かっていないので、失礼しますと断りを入れてドアを開ける。
すると中に、魔法医と仲良く紅茶を飲んでいる、主人公のイレーネがいた。
お互いこんな所で?といった顔で、ぽかんとしてしまう。
「え」
「あ」
イレーネが一瞬早くフリーズから立ち戻り、元気に挨拶してくれた。
「お早うございます、ユリエラさんっ」
「お早う、イレーネさん」
2人で微笑み、じゃれ合うように言葉を交わしていると、魔法医が驚いた顔をしている。
わたしは彼の心を読み取り、ちょっとからかいたくなった。
「あら先生、わたしとイレーネさんが仲良くしているのが、そんなに珍しいのかしら?」
「あ……いや、そんな事は……」
公爵令嬢のユリエラが、許婚をイレーネに取られて激怒している。
そう言った噂は、学園の者なら誰もが知っていた。
当然、この魔法医も知っているのだろう。
だから驚き、口ごもってしまう。
わたしは魔法医の戸惑いを面白がりながら、ヨヨヨとよろめく。
「すみません体調がすぐれなくて。ベッドをお借りしても宜しいでしょうか?」
「ああ、勿論ですとも。ポーションはいりますか?」
「いえお構いなく」
わたしはイレーネに手を振り、ベッドに腰掛けて、仕切りの白いカーテンを閉じた。
ぽすんと横になれば、足の方からジワリと眠気が上がってくる。
身体がすっかりベッドに沈み込んで、あとは意識がふっと消えて寝オチするだけ。
それなのに、なかなか寝付けない。
昨晩の夏祭り熱がまだ体の奥にくすぶってて、神経が興奮してる。
まだ耳に夏祭りの陽気な曲が残っていて、チルダさんとのダンスと、カイルさんのリュートを思い出す。
「ふふふ……」
「なーに笑ってんですか、ユリエラさん」
重くなりかけた瞼を開けると、カーテンの隙間から首だけだして、イレーネがわたしを覗いていた。
わたしと眼が合うとにっこりして、するりと仕切りの中に入ってくる。
そしてシーツをめくって、ベッドの中にまで入ってきた。
なぜ入ってくるのか?
「へへへ、ユリエラさんと一緒にねちゃった」
うわっ、眩しいっ。
さすが主人公!――と言った、輝くスマイルだった。
イレーネには実際の乙女ゲーム「ダークバラード」同様の、主人公補正が掛かっているみたい。
同性のわたしですら眩しいと思うんだから、これを直接向けられた男子生徒は、どれだけ心のHPを鷲掴みにされるんだろう。
実際、イレーネは「光属性」持ちとして、物理的にも微弱発光していた。
昼間の光源では分かりづらいけれど、夜などには神秘的な輝きを、その身からたたえている。
カーテンで仕切られたベッド周りは、若干薄暗くなっていて、イレーネの光がわたしを仄かに照らしている。
同性のわたしから見ても、ドキドキするほど魅力的だった。
さすが主人公!(2回目)
「イレーネさん、魔法医の先生はいいの?」
「薬草を育てている、温室を見てくると言ってました」
「わたし邪魔しちゃったかしら?」
「良いんです、私にはユリエラさんの方が大切です」
「イレーネさん、わたしまで攻略対象にするつもり?」
「あ、それも良いですね。良いんですか?」
「イレーネさんが言うと、冗談に聞こえないわ」
「あはは、それでどうでした?
カイルさんからは、アドバイスもらえましたか?」
「一応ね」
わたしはカイルさんに言われた事を、掻いつまんで話した。
「へえ、そのままで良いですか。大人な感じのアドバイスですね。
確かになあ、学園卒業しちゃったらバラバラですもんね」
「わたし罪悪感が強すぎて、視野が狭くなっていたのかな?」
「ユリエラさん。
何度も言いますけど、今のユリエラさんは悪くないです。
ユリエラさんはもっと、自分を許して良いと思います。
大事なのはこれからです。
私そのために、全力で応援しますから」
「うううっ……ありがと……」
「ユリエラさん、頑張ってっ」
「カイルさんの言った事に動揺したけど、わたしも納得したわ。
皆とお友達にはなれないけれど、今のグループを卒業まで守ろうって思う」
「偉いです、ユリエラさんっ」
「うう、ありがと……
普段のわたしは、このままで行く。
そう決めたんだけど、でも2日後に開く、お茶会はどうしようかなって思ってる」
「ああ……お茶会かあ」
イレーネがお茶会と聞いて、ベッドの中でもぞりと動いて嫌な顔をした。
あまりお茶会に、良い思い出がないみたい。
「ユリエラさんは、お茶会結構やるんですか?」
「うん、週1でやってる」
「多くないですか!?」
「それぐらいの頻度でやらないと、グループ洗脳できないんだもの。
あ、わたしじゃないからねっ、ゲームのユリエラがっ」
「分かってますよ、ユリエラさん頑張って」
「お茶会は、頑張りたくないなあ……」
霧島ゆり視点で見ると、悪役令嬢ユリエラのお茶会は、控えめに言って地獄だった。




