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第16話 悪魔の心変わりに戸惑う従者たち


御者(ぎょしゃ)のカイルは、ユリエラ様を学園寮まで送ったあと、相棒である馬車を清掃していた。


公爵家の令嬢が乗る馬車なのだ。

常に汚れなく、綺麗にしておかなければならない。


さすがに一晩中、リュートを奏でてクタクタだったが、馬車のメンテナンスだけは手を抜けない。

そんなカイルの背中に、非難めいた声がかけられた。


「カイル、また朝帰りなの?」


振り向かなくても分かる。

非難の声は、ユリエラ様の専属メイドのアイナだ。


「アイナ、それはユリエラさまに言ってくれ。

私がどうこうできる事柄じゃない」

「またそう言って逃げる」


カイルは車輪の汚れを落としながら、言葉を返す。


「逃げている訳じゃない。

ユリエラさまの行動に、制限はかけない方がいい。

それは分かるだろう?」


言葉の裏に、自分たちの任務はお嬢様の監視、そして本国への報告だということが含まれていた。

カイルの言葉にアイナが押し黙る。


監視役が対象者の行動に口を出し、制限をかけるなど本末転倒だ。

アイナとカイルは、ユリエラの父が送り込んだ監視役だった。

父は娘を信じていない。


アイナは頬を膨らませて、カイルの背中を(にら)む。


「あなたは良いわよね、監視役がバレてなくて。

メイドなんてとっくにバレて、地獄だわ。

私が引継ぎ、18人目なのよ」

「私もバレてるさ、昨晩それを確信した」

「えっ」


「久しぶりに、ユリエラさまの眼をしておられた。

最近やけに子供っぽい所があるが、やはりあの方はユリエラさまだと思い知らされた。

あの硬質な紫色の瞳で射すくめられて、背筋が冷えたよ。

声を震わせずに、どうしたのかととぼけるだけで、精一杯だった」


そこで言葉を止め、カイルはアイナに振り返る。


「だがあの方は、やはり変わられた。

それもまた事実だ」

「……別人のように?」

「そう、別人のようにだ」


それはカイルとアイナの共通認識だった。

あの階段から転げ落ちた日を境にして、まるで人が変わったように、ユリエラは人を思いやり寄り添おうとしている。


「ただ完全に別人というわけじゃない。

階段から転げ落ちる前のユリエラさまも、そこにしっかりと居る。

まるで魂を、2つ持っているかのようだ。

それが昨晩、ユリエラさまから受けた印象。かな?」


「2つの魂?

そんなの報告書に書いて、信じてくれるかしら?」

「まず信じないだろうな。

私たちを攪乱(かくらん)するための、演技だと判断するだろう」


「演技なの?」

「さあ、演技なのかそうでないのか、もう少し観察するしかない」

「はあ……じゃあその件は、まだ書かずに経過観察ということね」

「それでいいと思う」


カイルは、話は終わったとばかりに馬車の清掃に戻った。

その背中に、アイナが小さく(つぶや)く。


「あなたいつからお嬢様を、ユリエラ様と呼ぶようになったの?」

「ん、なんだ?」


カイルはよく聞き取れず、手を止めて振り返る。

すると返事を待たずに去っていく、アイナの後ろ姿が見えた――





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