表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

燃え尽きた情熱

 ンバルのビジネスは順調だった。

 彼はすでにポカティ学習者から「先生」と崇められる立場になっていた。とある出版社は彼に教則本を出すよう提案した。出さない理由もないので、彼は初心者向けに写真やイラストの多い、フルカラーで動画QRコードとCD付きの本を出版した。今までポカティの世界共通語の教則本というものが存在しなかったので、彼はこれにより自分を権威づけることに成功した。彼は工房の樹脂製ポカティと本をセットにして販売し、巨額の利益を創出した。

 先生なのだから教室を持って然るべきだ。ンバルは「純正の調べ」という教室をプロデュースし、マコパン国内に展開し、さらにはブルーランドを含む数カ国に進出した。独学で四苦八苦しながら練習していた人たちは、ンバルの直弟子から教えてもらえるとあり、喜び勇み教室を訪れた。各国でポカティブームが巻き起こった。

 笛の開発は今も続いていた。ンバルは樹脂製の上級版である金属製ポカティを作った。メタリックなボディは月や宇宙船のようで美しかった。楽器としての性能も樹脂製どころかポカタルで作った本物をも凌駕した。価格は樹脂製の十数倍もしたが、最高の性能、最良のデザインに憧れる人から注文が殺到し、即座に売り切れ御免となった。

 ポカティはカルノが危惧したようにファッション化していった。動画で自分の演奏を披露する愛好家が増え、「映え」が重視されるようになった。ンバルはメタルポカティの量産化体制を整えると、カラーバリエーションを豊富にした。ベーシックシルバー、ローズゴールド、プラチナベージュ、ミッドナイトブラック、シャンパンレッド、マコパンブルーと、スマホメーカーも顔負けするほどだった。「映え」はまた原点回帰を促した。メタルもかっこいいが、やはり貴重な木の実で作られた本物に憧れるものだ。ポカティ産業はこうして理想的な好循環を形成した。

 裾野が広がれば文化交流も盛んになる。

 民間では、マコパンを訪れる観光客がさらに増えた。彼らはポカティの聖地である「純正ポカティ工房」とその提携先の工場、笛作り職人の住む密林の村、霊木ポカトゥフに臨む湖畔を訪れた。彼らは他にも観光スポットをめぐり、現地に金を落とした。西海岸沿いの観光街を中心に、現地の観光業が繁栄していった。

 政府レベルでもさまざまなイベントが催された。ンバルはかつてのカルノのように観光大使として各国に飛び、これらのイベントに参加した。彼はあいさつで、マコパンの観光部門が作った原稿を読み上げた。

「音楽に国境はなく、万国共通です。ポカティを学び、共に美しい音色を奏でることで、国際友好を促進しようではありませんか」

 たまたまニュースでその様子を目にしてしまったカルノは吐き気を催した。殉死崖でマコパンの国歌を吹いた自分を馬鹿にしたお前が、よりによってぼくの理想を唱えるとは。お前が言っているのは音楽ではなくカネの力のことではないのか。カネがなければ友好はありえない、それは正しいと誰もが認めるだろうが、ぼくだけは絶対に認めないからな。

 カルノは人間不信に陥り、孤立を深めた。周りには彼を支えてくれる人が一人もいなかった。仕事もなく、貯金が減る一方だった。彼はさすがに心配になり、ネット上で試しに職探しをしたが、自分に何らセールスポイントがないことに気づいた。新卒でなければ、スキルのあるベテランでもない。持たざる者どころか、フリーランスとしてぶらぶらしたという、就活では荷物になる経験ばかりを持っている。彼にできることと言えばせいぜいマコパン語とポカティぐらいだが、それで仕事を検索すると皮肉なことに、一番上に「語学力不問、ポカティ工場現地採用」という情報が表示された。他を見ても観光ガイドや通訳などの現地採用の仕事しかなかった。以前の彼にとっては魅力的な仕事かもしれないが、今の彼にとっては違った。

 彼はポカティどころかマコパンという国に対する興味や執着心を失っていることに気づいた。マコパンに関するあらゆる情報から意図的に目を背け、心を閉ざした。若い頃の情熱の反作用が今になり出てきたようだった。

 三十代になってしまったカルノは、これまでの半生を振り返った。

 ぼくはマコパンに惹かれたのではなく、ブルーランドでの受験や就職といった現実からの逃げ道をそこに求めたのだった。祖国や身近で起きていることへの無関心、日常に根ざさない者の非日常への飛躍が、両国の人々から軽蔑されたのだった。それに気づいてしまったぼくはもう、昔の自分には戻れない。これからどうして、何を楽しみに生きていくべきだろうか。

 カルノは内心の変化を打ち明ける、人生相談の相手が欲しかった。親にそんな深刻な話はできないし、かつて動画などでコラボした仕事仲間とも連絡が途絶えている。ミシャナは彼のもとを去り、ンバルとは絶交した。残ったのはただ一人。今もあの国で働いているエイレンだ。

「じゃあ島に遊びにおいでよ。気持ちの整理をつけたかったら、やっぱりマコパンともう一度しっかり向き合い、別れを告げないと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ