表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

だってきみは外国人だから

 ンバルは久しぶりにブルーランドを訪れた。先進国の風景は、もはや彼には珍しくもなかった。

 彼は公演で海外を訪れるようになり初めて、自分も愛国心を持っていることに気づいた。外国で珍しい物事を目にし耳にするたび感心させられるが、やはり自分の基礎はマコパンであり、その基礎をもっと固める必要があると感じた。実際に最近の彼は祖国の文化や歴史の勉強を開始していた。学校から教わった時はつまらなかったが、いま自らそれを学ぼうとすると興味深く、知識を積み重ねることで祖国のことや外国との関係を多角的に考えられるようになるのが面白かった。彼は海外に出たことで自分と祖国を外からの目線で見つめ直そうとしていた。

 ブルーランドでのコンサートも連日大盛況だった。滞在中はメディアの取材を受け、テレビ番組に出演しPRし、休む時間もないほどだった。ブルーランド二大都市でのコンサートが終了すると、彼らは息抜きのため現地を観光した。他のメンバーがお土産を購入し、有名スポットで自撮りを楽しむ間、ンバルはカルノとミシャナが暮らす首都のマンションを訪れた。

 玄関のドアを開いたのはミシャナで、大喜びで彼を中に招き入れてくれた。カルノはリビングの椅子に重々しい表情で座ったままだった。ンバルは努めて明るく、「ブルーランドできみに会えてうれしいよ」と声をかけた。

「有名人になって、ぼくのことなんか忘れたかと思ってたよ」

 談笑する雰囲気ではまったくなかった。ンバルが口ごもっているので、カルノが続ける。

「あんなに樹脂製ポカティを馬鹿にしていたくせに。よくもぼくのアイデアを盗んだな」

「最初は確かにそうだった。だが心の中では徐々にきみの考えに同意していったんだ。なりふり構わず延命させないと、何も始まらないってな」

「じゃあどうしてぼくに黙っていた? どうしてぼくと協力しようとしなかった?」

「それは……きみが外国人だからだ」

「外国人がどうした? マコパンを、ポカティを誰よりも愛しているのはこのぼくだ。一番熱心で、最初に行動したぼくがのけものにされるのは納得できない。ぼくはポカティという文化を伝承する権利を誰よりも持っているはずだ」

「ところが違うんだ。少なくとも周りはそう見ない。愛なんて一時的な感情よりも、もっと純正なるものを人々は信じようとする」

「そもそも純正って何だ?」

「マコパン人としての血筋、伝統や格式による権威、それらによって形を変えつつも正しく継承される文化だ」

「何が純正だ、そんなものぜんぶくだらない飾りじゃないか」

「その通りさ。人々はそれを求めるんだ」

「馬鹿らしい。ぼくはそんな人々を相手にするつもりはない」

「だがきみのように一途な人はほんの一握りだ。だからきみの笛はあまり普及しなかった。ぼくは例え飾りや格好をつけてでも、もっと多くの人に広めるべきだと思うんだ」

「ファッションにしてまで広める必要はないさ」

「きみも頑固だな。密林の職人みたいだぞ」

 カルノは驚いた。確かにその通りだった。彼は今まで真の一般大衆に目を向けたことが一度もなかった。

 ミシャナがこのタイミングでお茶を出した。

「そうなのよこの人ったら本当に頑固で。笛を売って儲かるつもりはない、だなんて」

「好きなことを金稼ぎの手段にするつもりはない」

「いや、それでも稼げるようにしていかないと。この産業に携わる人全員を貧乏にするわけにもいかないだろう」

「そうよそうよ、あなたは自分のことしか考えてないんだから。ちょっとはお金の心配をしてちょうだい」

 カルノが言い返そうとしたが、それより先にミシャナがンバルに話しかけた。彼女は彼の仕事について熱心に質問し、彼も熱心に答えた。同じポカティ作りであっても、それが利益を生むとなるとミシャナは俄然興味が湧くようだった。

「音楽は国境を越えるっていうけど、ブルーランドでもポカティを習う人がもっと増えて、両国の友好を促進してくれればうれしいわ」

「そんなカネにまみれた友好なんて!」とカルノが怒号した。

「それも偽物だっていうの?」とミシャナが聞いた。

「双方に実益をもたらさない友好なんて空論だ。マコパンが笛で儲かり、ブルーランドが金で楽しみを買う。友好というのは現実的で打算的な取引なんだよ」と、ンバルが重々しく言った。

 カルノは信じられない顔で二人に目を向けた。彼は二人からだけではなく、世間からも孤立したように感じた。

「ほ、本当にみんなそんな了見なのか?」

「気づいていなかったり、口に出さなかったりするだけで、そんなものさ」

 カルノは呆然とし、このかつての友との日々を振り返った。あの殉死崖で一緒にマコパンの国歌を演奏し、死者に黙祷を捧げたとき、彼らは心を一つにしたのではなかったか。

「正直に言わせてもらえば、きみのやり方は卑屈じゃないかと感じていた。何もきみがあそこまでする必要はなかった。祖国がかつて犯した罪を恥じる気持ちは分かる。でもきみは当事者じゃないんだから、あんな儀式的で感傷的なやり方で、きみの反省や友好をぼくらに押し売りしなくてもいいんだ」

「きみはぼくを馬鹿にしているのか?」

「友人として率直に言わせてもらっているだけだ。きみはもう子供じゃない。一家の主なんだから、家庭や配偶者のことも考えないと」

「ぼくが勘違いしている、自己中心的な人間だと?」

「……」

「帰ってくれ。もう二度とぼくに連絡しないでくれ」

 ンバルが出ていくと、ミシャナは夫を慰めようともせず、ティーセットの片付けを始めた。どちらも無理に口を閉じ、言葉を飲み込んでいた。それを口から出してしまえば大変なことになるが、まだ心の備えができていなかったからだ。

 何も手につかなくなったカルノは、自室のパソコンでネットサーフィンをした。どんなニュースや楽しい話題に目を向けても上の空だった。彼は立ち上がり、部屋の中をうろうろしたが、ふと思い立った様子でまたパソコンの前に座った。耐えきれず、エゴサーチを開始したのだった。

 彼はブルーランドとマコパンで開発された樹脂製ポカティの優劣を論じ合う掲示板を覗いた。彼の製品を擁護する人はかなりの少数派で、特にマコパン人を名乗る者はほぼ全員が自国の製品を支持した。中には偽物を制作したカルノに対する人身攻撃もあった。彼は愛するマコパンから裏切られたと感じ、彼らを憎んだ。彼はうつ状態のままSNSを更新し、動画を投稿し、ネットユーザーに気味悪がられた。彼はその後しばらくポカティを手に取ることができなくなった。

 ミシャナはそんな夫を支えようとせず、ンバルに心を惹かれていた。いつの間にあんな頼れる男性になったのだろうか。きっと仕事が彼を大きくしたのだろう。こんなことになるならば、かつて恋仲になったとき、思い切って彼に身を任せてしまえばよかったのに。そんな後悔は今の夫への嫌悪を倍増させた。彼女は、そもそも夫は自分を愛していたのではなくマコパンに憧れていただけと見抜いていた。彼女もそうだったからだ。

 ある日の夜、夫婦は珍しく、自宅で夕食を共にした。もちろん二人とも用事があったのだ。

 ンバルが去ってからしばらくたち、彼らはやや冷静になっていた。最初は自分たちの今の生活を根底から覆すことがためらわれたが、今や勘違いや間違いの上に成り立っていたそれを覆すのは、ごく自然な成り行きのようだった。後はほんの一押しでよかった。

「子供を作らなかったことだけは正解だったわね」と、ミシャナがさり気なく言った。カルノはこの唐突な言葉に大きくうなずき、「そうだとも」と答えた。

 財産は元夫婦に半分ずつ分与された。早めに離婚したおかげで、ミシャナの手元にはまとまったお金が残された。ブルーランドでは数年で底をつくが、物価の安いマコパンでならば一生をかけても使い切れないぐらいの額だ。彼女は急に視界が開けたように感じた。第二の人生を好発進できそうだった。

 彼女は炎上後、久しぶりにSNSを更新した。ブルーランドを愛しているだけなのに、ブルーランド人からも攻撃された彼女は元夫と同じように、憧れの国に幻滅していた。そんな自分の気持ちを率直に表明し、離婚を報告し、これからはマコパン人として生きていくと宣言した。

 彼女への攻撃は徐々に収まっていった。人々はすでにカルノを変質者として認めており、その影響で彼女までおかしくなってしまったのだろうと推測し、反省の色を示す彼女に同情したのだった。

 ミシャナはついに帰国した。彼女は真っ直ぐスラム街の実家に向かった。

 数日後、一家は沿岸部に開発された団地に引っ越した。彼らはマコパン風と先進国風を混ぜた豪華な一戸建てで新生活を開始した。

 こうして金で手っ取り早く親孝行し評判を回復すると、彼女はンバルに会いに行った。彼はちょうど国内の巡業を終え、工房に戻っているところだった。

 工房は彼女が想像したよりも立派で大きかった。ンバルは会議室で来客と何か話し合っている最中だった。彼女はその間、工房のホールで展示品を眺めた。歴史ある高級ポカティが置かれているケースの上には、世界ツアーの華やかな舞台で観客から大歓声を浴びるンバルたちの写真が飾られていた。彼女はンバルのポカティの音色に耳を傾けながら、端正な顔を前傾させ笛を吹く彼の写真にうっとりした。

 ホールが急にどやどやし、来客が帰っていった。

「やぁ、待たせてしまってごめん。ところで話って?」

「こんな所で立ち話させるつもり? ずいぶん冷たくなったのね」

 ミシャナは学生時代の親しみを取り戻そうと、ンバルに視線を送った。彼は気づかないふりをして、「じゃあ外で昼食を取りながら話そう」と言った。

 ンバルは海外から輸入したオープンカーを運転し、海岸沿いの道路を走った。汗をかきながら歩道を歩く大学生たちが羨望の眼差しを向けた。

「昔はよく自転車の後ろに乗せてくれたわね」

「そうだったな」

 車はある高級レストランの裏に停まった。ミシャナが初めてカルノと食事した店だった。ンバルがテラス席に座ろうとしたが、ミシャナは「店の奥の席がいいわ」と言った。

 着席し、ランチを注文すると、ンバルの方から「離婚したんだってな」と話しかけた。

「ええ。あの人にはもう我慢できなくなって」

 ミシャナはンバルに長々と不平を漏らした。彼は適当に相槌を打ち、電話を取るため何度か外に出ていった。彼女はもどかしく、腹が立った。

 料理が届いた。忙しい生活に慣れているせいか、ンバルはかなり早食いになっていた。ミシャナに残された時間はわずかだった。彼女はもう回りくどい言い方をしなかった。

「ねぇ、私たち、よりを戻すことはできないの?」

 ンバルは目をぱちくりさせ、鼻で笑った。

「おれはもう婚約してて、来週にも挙式するんだ」

「結婚!? 誰と」

 それは彼の実家の女性で、工房の顧問になっているマルゴの孫娘だった。

「なるほど、それであなたはますます純正になるのね」

「感情に任せて結婚し、離婚したきみたちとは違うんだ」

 ンバルは車で彼女を団地まで送り、工房に戻っていった。

 当てが外れ悔しかったが、彼女はいつまでもくよくよしていなかった。彼女はまだ若く、美しく、金もあった。島の男性はブルーランドでセレブな生活を送ってきた彼女に魅力を感じ、次々と求愛した。彼女は彼らを公平に扱いながら、誰が最も有望か、誰が自分の富をさらに膨らませてくれるかを慎重に見極めようとした。同じ失敗は許されなかった。

「私だって成功してみせるんだから。見てなさいよ」と、彼女は誰にともなく独りごちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ