裏切り者
夫の不在中、ミシャナのSNSが炎上した。マコパンの市街地に住む、インターネットに接続できる人々が、彼女の大成功に嫉妬したからだ。
彼女は毎日、何枚も写真を投稿した。それはまさにセレブな日々だった。常に高級なアクセサリーを身に着け、おしゃれな店で食事をし、ブルーランドの良い所ばかりに目をつけ、口をきわめて褒めちぎる。学生時代の友人は、ただの学生だった彼女の変貌ぶりに驚かされた。スラム街の知人は、彼女が豊かになったのに家族に送金しないことに義憤を抱いた。彼女を知らない人は、彼女のどぎつい眩しさに目を細めた。
「ブルーランドに身も心も売り渡しやがって。愛国心はないのか?」
彼女はそんな最初のコメントに対して、愛国心では腹は満ちないといった主旨の返事をした。それから彼女への批判が殺到した。彼女は精神的にすっかり参ってしまった。
情緒不安定になった彼女は救いを求めた。マコパン人に認められなくても、ブルーランド人に認められれば良いではないか。彼女は一日のほとんどの時間を外で過ごし、友人に会い、炎上の件について長々とグチった。友人たちは彼女の訴えを全肯定し、「大変だね」といたわりを示した。やはりブルーランド人の方が話せると思った彼女は、ネット上でも彼らからの支持を集めようとした。
「私だって愛国心ぐらい持ってるわ。それを与えてくれたのがマコパンじゃなく、ブルーランドだっただけよ」
マコパン人からの誹謗中傷は想定内だったが、ブルーランド人からの痛烈な皮肉は想定外だった。旧敵国に媚びへつらう彼女は、どちら側からもグロテスクに見えた。彼女はSNSの更新を停止した。精神的な支えの一つが失われた。
忘れていたころに夫が帰ってきた。彼は珍しく不機嫌で、辛うじて妻に笑みを向け、「ただいま」と言った。
「ねぇ知ってるでしょう? 私がネットで大変なことになっているのを」
カルノはきょとんとした。近ごろは妻のネット上での活動にまったく目を向けていなかったのだ。
仕方なくミシャナは一から説明する。カルノは上の空で話を聞いた。
「あなたはどう思う?」
「それはきみが悪いさ。あんないい国に生まれたのに誇りを持てないんだから」
「それはあなただってそうよ。ブルーランドに誇りを持ったことがある?」
「どうやらないみたいだ」
「ほらね。私たちは似た者同士なのよ」
カルノはマコパンであったことを報告しようと思っていたが、やめた。彼女だって自分の仕事に関心があるはずがない。夫婦は初めて相互の共通点による隔たりをはっきり意識した。
彼は防音室に入り、自作のポカティを演奏した。本当に救われるのは一人でカメラを前にせず笛を吹いている時だけだ。吹いているうちに密林での不快な印象が徐々に薄れていった。彼はやはり若く、次を見ていた。自分がポカティの代表者になり、この文化をけん引していけばいいと思った。
そこでカルノは新製品開発に着手した。子供でも持てる小さいバージョンと、ポカティに慣れてきた中級者向けの、低く深い音が出る大きいバージョンの二種を考えた。さらに小さい方には誰でも簡単に音が出る特殊な吹口をつけ、学校教育で使ってもらう。彼はこんな構想を練っている時が最も楽しかった。
いよいよやる気が出てきた彼は、今回のマコパン訪問を報告する動画を撮影した。
彼はその中で現地のポカティ産業の現状を紹介した。婉曲的にではあるが、技術や文化を次の世代に伝える努力もせず、変わるぐらいならば滅びてしまえと言う彼らを批判し、そんな既得権益にしがみつく彼らよりも外国人とはいえ自分の方が真の伝承者になる権利があると主張した。
「なぜならぼくはマコパンを、ポカティを誰よりも純粋に愛しているからです」
彼の正直過ぎる感情の発露は、常識人から受け入れられなかった。
両国のネットユーザーは各自の立場から彼を批判した。それはミシャナに対する批判の内容と酷似していた。彼はブルーランド側から売国奴、非国民と言われても動じなかったが、マコパン側から文化の盗用と指摘されるとさすがに悩んだ。
外国人というものは、まだ成り立ての方が可愛げがあるものだ。言葉遣いはたどたどしく、食事のマナーなどに上手く馴染めず肩に力が入るが、できるだけ相手に合わせようと懸命に努力する。そんな愛すべき人物が数年その国に滞在しただけで口達者になり、流暢な言語で相手をやり込め、さらには行儀作法を逆に指導したらどうか。カルノはお株を奪ったのだった。
彼は徐々に、悪い意味でおかしな人物とみなされるようになった。そんな人にわざわざ目を向けようとするいかもの食いは少なく、テレビ局側は彼を番組に採用しなくなった。「マコパン観光親善大使」の肩書も自然消滅した。これはポカティを広めるという目標からの大きな後退だった。彼本人は気にしなかったが、収入も激減した。
残されたのは動画チャンネルのコアなファン、ポカティの学習者と、それを圧倒的に上回る数の匿名の批判者だった。そのコメントの半数弱がマコパン語だった。彼らはカルノを罵りながらも、わが国には伝統文化の若い担い手がいないのかと悔しがった。
カルノはついに新作の構想を実行に移せなかった。コストカットばかりを求める彼に、工場側が難色を示したからだ。
「大量に売れる見込みがないのに、それでは私たちが赤字になってしまいますよ」
「それならばまず子供向けの笛だけでも作りましょう。赤字になるならば、ぼくが自腹を切ります」
「なに馬鹿なこと言ってるの!? 無職なんだから少しはお金になることを考えなさいよ」
ミシャナから止められるのは当然だった。貯金はまだあるが、今の暮らしを維持するためには稼がなければ。しかしポカティを利用し、子供を相手に金稼ぎをするのは、自分の純粋な理想を汚すように感じられた。
カルノが戸惑っている間に、マコパン人の若者がようやく立ち上がった。それは彼の友人のンバルだった。
ンバルはカルノが帰国した後、ホテルの仕事にすぐ戻らず、しばらく密林の実家に滞在した。彼は笛の演奏家や職人たちを相手に、ポカティを持続可能な産業にする計画を話した。年寄りたちは最初反対したが、ンバルの幼馴染や若い世代が彼を支持していると知ると、とりあえず任せてみようと思い直した。
彼は密林での根回しを終えると、職場の同僚や大学時代の友人を集め、自分の計画を打ち明けた。将来性を感じた数人と共同出資し、「純正ポカティ工房」を立ち上げた。国内の工場と提携し、樹脂製ポカティの量産を依頼した。新製品の監修にマルゴというクボッテと並ぶ笛作りの権威を招聘し、人間国宝の孫であるンバルが自らPR動画を撮影することで、工房の名称にもある純正を強調した。
カルノはいち早くこの情報をキャッチし、動画も視聴した。彼は何かの間違いだろうと思いンバルにSNSやメールで連絡したが、どちらも返事がなかった。憤った彼は動画を撮影し、ンバルを手厳しく批判し、彼が作ろうとしているものは二番煎じの偽物と主張した。この挑発的な動画は広く拡散され、両国のネット上を賑わせた。逆に新製品の宣伝効果を発揮する始末だった。
試作品が完成し、ンバルが試奏動画を公開した。彼は「マコパンのへそ」へのロケを敢行した。原始的な村に住む人々、笛作りの職人たちが見守るなか、彼は湖畔に静かに佇み、本物そっくりの奥深い音を湖面に響かせた。性能自体はカルノの物と大差ないはずだが、霊木ポカトゥフがバックにあると、ありがたみが格段に違った。カルノの近代的なスタジオで撮影した動画よりも音が本格的に聞こえた。すでにカルノの製品を持っている人でさえ購入を検討するほどだった。
マコパンのメディアもンバルを放っておかなかった。彼の工房には連日、記者が取材に訪れた。ほとんどが好意的に取り上げたが、ある女性記者からは、「すでにブルーランドの熱心な若者が同じ製品を作っているようですが」という意地悪な質問が飛び出した。他の記者たちは彼女をぎろりと睨めつけた。
「はい。愛好家が趣味で作ったことは知っています。でもそれは職人のお墨付きではありません。私たちの新製品は……」とンバルは丁寧に説明し、さらに今後の産業発展を展望した。頼もしい若き創業者は自国の視聴者と読者から好感を持たれ、一躍時の人になった。
真のポカティ演奏家の登場は、ブルーランドなどの外国の愛好家からも歓迎された。これはある国の言語を非ネイティブではなくネイティブから学ぼうとするのと同じだった。「カルノの鳴るほどポカティ教室」の登録者が続々と「純正ポカティ工房」のチャンネルに移っていった。
メディアの宣伝の甲斐あり、新製品の販売は幸先のよいスタートを切り、初週で早くも追加生産が決まった。カルノが作った物と異なり、新製品はマコパンの若い世代からもよく買われた。これはンバルのアスリートのような容姿、優れたファッションセンス、明るい雰囲気のおかげだ。ポカティは彼の手によって樹脂製にされたことで、むしろスタイリッシュで親しみやすいイメージを持った。
ンバルは若い仲間たちとマコパンの民族楽器バンドを結成した。彼がポカティを、一人の男性が打楽器を、二人の女性が弦楽器とボーカルを担当した。彼らの新曲や楽譜がよくダウンロードされた。国内各地のツアーも大反響を呼んだ。
バンドの注目度の高まりはポカティの売上と正比例した。すでにカルノの笛で上達していた愛好家や、何でも形から入ろうとする初心者は、神聖な木の実で作られる本物のポカティを求めた。これはンバルの計算通りだった。彼は待ってましたとばかりにマルゴを工房の顧問という名誉職につけ、密林の職人の大半を工房で雇い、ポカティの手作りを始めた。前述したように、この笛を作るには複雑な工程と長い時間を要するが、乾燥を終えたポカタルの在庫があったため、短期間内に高い値段で多く売ることができた。工房も職人も潤った。
マコパン民族楽器のバブルが膨らんでいった。ンバルのバンドの珍しい演奏は世界の音楽界に衝撃を与えた。各国の人々は聞いたこともない南の島国が生む楽器の音色に魅了された。彼らは珍しい舶来品を取り寄せるかのように、彼らを自国のコンサートに招いた。彼らは公演先のバンドやミュージシャンとコラボし、その国の有名な曲をポカティなどで演奏した。お馴染みの曲が違ったテイストになり、新しい魅力を持って生まれ変わり、広く受け入れられた。
ブルーランドからも声がかかった。ンバルはついに、来るべき時が来たと思い、自分からSNSでカルノに連絡した。
「ぼくに合わせる顔があると思っているのか?」
「おれたちは同じ志を持っているはずだ。説明させてくれ」




