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変わるか、滅びるか

 ハネムーンは豪華客船による大陸一周旅行だった。長旅を終えたカルノとミシャナはブルーランドの新居を拠点とし、新婚生活をスタートさせた。

 カルノが撮影や笛の制作のため外出すると、ミシャナは一人さびしく留守番をした。彼女にはまだ友達どころか知り合いさえいなかった。聞くところによると、ブルーランドには彼女のようなマコパン人が相当数いて、定期的に郷友会を開いているそうだが、彼女に参加するつもりはなかった。それでは国を飛び出しブルーランドに来た意味がない。自分は先進国の一員になりたかったのではないか。

 ただ、世の中もいつまでも彼女を放っておくことはなかった。彼女はやはり有名人の妻で、しかもこの国ではまだ珍しいマコパン人の女性とあって、交流を望む人が少なくなかった。まずは同じマンションの女性、次にその人の友人と、交際範囲が徐々に広がっていった。彼女は彼女たちと外出し、食事し、話をすることで、徐々にその立ち居振る舞い、メイク、ファッションなどを学んでいった。彼女の世界共通語もぐんぐん上達していった。

 ある日、ミシャナが一人で駅前を歩いていると、同じ年頃の若い男性から声をかけられた。

「あ、外国人だったんですか。ぜんぜん気づきませんでした」

 彼女はナンパされたことよりも、ブルーランド人だと勘違いされたことが嬉しかった。彼女は大きな自信を手にした。

 ミシャナは家事があまり得意ではなかった。あのような環境で育てば仕方がない。それに自宅にはプロのお手伝いさんが来て、掃除をし、夕食を作ってくれる。それでいいではないか。

「樹脂製ポカティをそろそろ発売できそうなんだけど、いやぁ楽しみだね」

 カルノが目を輝かせた。彼の長い話がようやく終わると、彼女はこう聞いた。

「それで、いくら儲かりそうなの?」

「え……」カルノはしゅんとし、つまらなそうな顔になった。今度目を輝かせたのはミシャナの方だった。

「一つ売れると私たちの取り分はいくらになるの?」

「ぼくの分の儲けは度外視で売るつもりだ。そもそも目的はポカティの普及だからね」

「マスコミ向けにはそう言っても、本音と建前は別でしょ?」

「いや、ぼくは本音しか言わないよ」

 ミシャナは唖然とした。が、ひとまず何も言わずに食事を続けた。やや気まずくなったので、カルノは話題を変えようとマコパン料理について話した。

「もうマコパンの生活が恋しくなってきたよ。きみは?」

「ええ、私もよ」

 食事を終え、シャワーを浴びると、夫婦はクイーンサイズのベッドに入った。夫はマコパン語の本を読み、妻はスマホでSNSをチェックする。先に妻がスマホを手放し、夫の方に顔を向け、「今夜、いい?」と聞く。夫も本を手放し、「うん、いいよ」と答える。

 新婚旅行後はすっかりご無沙汰していた。妻がしばらく子供を作るつもりはないと言うと、夫が急にやる気を失ったからだ。だからこの日も相当無理があった。どちらも満足できなかった。義務感が生じ、その後はますます気が重くなった。

 ついに樹脂製ポカティが発売された。一部の人が予想したような大反響とはならなかった。新しい文化というものは徐々に浸透するものだから仕方がない。しかしこれで、ブルーランドにおけるポカティ普及の基礎ができたわけだった。

 カルノの動画チャンネルやSNSのフォロワーの一部が新製品を購入した。吹き方が分からず、ポカティ教室などもないので、彼の動画を見て学ぶしかなかった。幸いにもまだ実用性を求める人がいなかったので、趣味として楽しんでもらうことができた。ポカティという楽器は最初はとっつきにくいが、音が出るようになると毎日自分の向上を確認できるので、みな意欲的に取り組んでくれた。カルノは彼らから質問をもらうと熱心に回答した。そんなやり取りでポカティの教え方が上手になり、自分の演奏にも還元されるので、純粋に楽しかった。

 彼らがポカティに熱中しているころ、ブルーランドとマコパンの関係に異変があった。共和国大統領が国際人権連盟の調査団の受け入れを拒否し、国内の人権問題を否定し諸外国の内政干渉を批判し、その報復として鉱物資源の輸出を停止したからだった。ブルーランドは「民主主義陣営」、マコパンは「そうでない陣営」として位置づけられた。

 果たしてマコパンに人権問題などあるのだろうか。カルノはないと思い、ミシャナはそう言えばあるかもと思った。

 的はずれな批判に耐えられなかったカルノは、SNSに長文を投稿し、自分の考えを示した。

 マコパンは平和で文化的な美しい国だ。人々は過去の戦争にも関わらず外国人を差別せず、礼儀正しく友好的だ。貧富の差が問題視されているようだが、密林に住む人々は自由意志でそこに住み、自分たちの慣れ親しんだ尊い生活を守り続けているだけだ。そもそも民主主義陣営の価値観に基づき他国の人々を不幸せだと決めつけるのは傲慢だ。わが国だってさまざまな問題を抱えているではないか。他国を批判する前にまず自身を顧みてはどうか。

 彼のこの投稿はブルーランドの一部の人から失笑を買った。グローバル化の時代、海外での生活や仕事の経験が豊富な人が多く、そんな人たちから見れば彼は子供っぽく見えた。逆に今まで一度も海外に出たことのない人は、単純な彼に単純に腹を立てた。ブルーランドには非人道的な国を支持する人間などいらない、母国にだって素晴らしい民族楽器があるのにわざわざ旧敵国の笛などを吹く人間はさっさと国を出て移住すればいいじゃないか。

 しかし彼を支持し、励ます人も多かった。カルノは心が乱れたが、助言通りSNSから離れ、実生活を充実させようとした。

 カルノは久しぶりに私用でマコパンを訪れることになった。ミシャナも誘ったのだが、断られた。

「お金を払ってまで自分の実家に滞在したくないわ。ここで何不自由なく便利で快適な生活を送れているというのに」

 カルノはなるほどその通りだと思った。もし夫婦生活の拠点をマコパンに置いていたならば、自分もわざわざブルーランドに遊びに行くことはなかっただろう。

「もしかすると滞在が長引くかもしれない。いろいろやりたいことがあるから」

 彼はブルーランドからの普通の観光客を装い、マコパンに入った。空港で買った椰子の葉の帽子をかぶり、サングラスをかけていたので、この島の「観光親善大使」とは誰にも気づかれなかった。

 彼は留学後に建設が始まった西海岸沿いの観光街を訪れた。真新しい建物が並び、いくつかの店がすでに開業しているが、観光客はさほど多くなかった。この島はまだまだリゾート地としては寂れている方だが、カルノにはそれが好ましかった。カジノや免税店などができ、海外から人が殺到すれば、ここの魅力は台無しになるだろう。鳴かず飛ばずが丁度いい。

 土産屋は意外と楽しめた。まだ観光産業が発展していないので、観光客を騙すため工場で大量生産された商品がなく、職人による手作りの工芸品ばかりだった。カルノが今まで見たこともない品物も多かった。彼は気になる商品を手に取り、カゴに入れたが、ふとポカティがないことに気づいた。店員にたずねると、店の奥から彼の樹脂製ポカティを持ってきてくれた。値段はブルーランドより三割弱高かった。

「よく売れるんですか?」

「いいえ、あまり。観光客よりは現地の若いお客さんがたまに購入するぐらいですね」

 どうやら外国人が作った笛により、自国の文化の魅力を再発見する若者がいるようだ。カルノは確かな達成感を噛み締めた。

 カルノはやはり大学の留学生寮に荷物を置いた。懐かしい大学周辺を散策しながら夜を待ち、屋台街の串焼き屋で懐かしい人と再会した。

「エイレン!」

「お久しぶり!」

 彼らはマコパンビールで乾杯した。エイレンはインターネットを使い、カルノの活躍ぶりをチェックしていたようで、「夢を一つ叶えることができて、おめでとう」と言ってくれた。

「まだまだこれからだよ。もっとアピールして、もっと普及させないと」

 エイレンもこの島で充実した暮らしを送っていた。編集部の仕事は忙しく、島中のあちこちに飛び回る必要があり、なかなか自分の時間を持てないという。

「でも外国からのお客さんが空港でフリーペーパーを手にとって、それに書いてある情報や地図を頼りにこの国を散策してくれるんだもん、やりがいがあるわ」

 カルノも高校時代にマコパンの旅行本を読み、さまざまな想像を膨らませたことがあるので、エイレンは有意義な仕事をしていると思った。

 彼らは話が実によく合った。どちらもブルーランド人としてマコパンに興味を持っているからだ。カルノはふと、妻のミシャナに物足りなさを覚えた。

「奥さんとは上手くいってる?」

「うん、まあね」

「今回は一緒に来なかったの?」

「わざわざお金を払って里帰りしたくないってさ」

「それもそうね。私だって自腹を切ってブルーランドに帰るつもりはないわ」

 カルノは胸がじんと熱くなった。エイレンのような友を持つことができてよかった。

「あっ、結婚披露宴に行けなくてごめんなさい。ちょうど観光庁の高官にインタビューする予定があって、都合がつかなかったの」

「それはいいんだけど、エイレンはもうマコパンに定住してるんだから、ここで現地人の彼氏を作るつもりはないの?」

「実は今、付き合っている男性がいるの。ただ同じ編集部で働くブルーランド人だけど」

「それなのにぼくとお酒なんか飲んでいてもいいのかい?」

「あなたこそ」

 翌日、カルノはもう一人の友、ンバルに会いに行った。彼は去年できたばかりのリゾートホテルで働いていた。日中はホテルの仕事を手伝い、夜は宿泊客にポカティを演奏した。給料はさほどでもないが、ホテルの裏にある社員寮で暮らすため、お金は貯まるばかりだという。

 彼の部屋は殺風景だった。ブルーランドのアパートのような先進国基準の建物だが、まだ現地の人々はこういった舶来品の使用に慣れず、自分たちの文化でどう飾り付けるべきか分からないのだろう。

「仕事はどう?」とカルノが聞いた。

「きみみたいに本当にポカティを愛する人の周りには熱心な人が集まるから張り合いがあるだろうが、おれみたいに中途半端な熱意しか持っていない人間の周りには、一晩寝ただけですぐに昨夜の演奏の印象など忘れてしまう観光客しか集まらない。虚しい仕事さ」

 カルノは歯がゆかった。自分に初めて本物の演奏を披露し、大きな影響を与えてくれたンバルが、社会人になったばかりなのにもうこれほどうらぶれてしまうとは。

「ところでまた密林に行くつもりなんだって? やめといたほうがいいと思うぜ」

「どうして?」

「きみがプラスチックのポカティなんか作るから、村の人たちが怒っているんだ」

「だからこそ話し合わないと」

「どうしても行くっていうなら、心配だからおれもついていこう。ちょうど明日は非番だから」

 村に入ると、カルノは人々からの冷たい視線を感じた。彼が来ていることをみんな分かっているのに、わざと家の中に閉じこもり、無視を決め込んだ。

 三十分ほどすると、カルノの初めての師、ブウロが仲間を率いて広場にやってきた。それは村に残されている数少ない演奏家と笛作りの職人たちだった。ブウロは探りを入れるようにカルノとンバルにあいさつしてから、本題に入った。

「あれはいったいどういうつもりだ?」

 彼らの反応は、初めて樹脂製ポカティを見た時のンバルと同じで、歳を取っている分いっそう激しかった。カルノはンバルにしたのと同じ説明をし、特にポカティという文化を広め存続させる意義について強調した。

「時代に合わせて変化しなければ、生き残ることができません」

「そんな偽物を残すぐらいならばわしらの代で滅びたほうがマシだ」と、職人の一人が言った。「そうだそうだ」と何人も同調した。彼らは自分たちが守り続けてきたものを、誰かに変えられることを最も恐れていた。

 変化を強いる若者、それに反発する年寄り。水掛け論に陥りそうになったとき、職人の最長老、クボッテが杖を突きながら現れた。

「若者にわしらと一緒に死ねとは言えんだろう」

「そうじゃなくて、よそ者が偽物を本物と主張するのが許せないんです」と、演奏家の一人が言った。

「マコパン人に他に主張する者がいなければ、よそ者に主張してもらうしかあるまい」

 ンバルは、その言葉は自分に向けられていると感じた。ポカティを吹き人間国宝にまで登り詰めた祖父の血を引いているのに、この貴重な文化を広めようと積極的に努力するのではなく、惰性でただなんとなく吹き小銭を稼いでいる。挙句の果てに独学で始めた外国人にその発展を委ねようとしているとは。

 ならば、もし自分がカルノと同じようなことをやろうとすればどうか。きっと老人たちは、よそ者に対するほど強くは反発しまい。樹脂製などの新たな材質のポカティを「入門版」であると強調し、密林の職人の手作りポカティこそが本物だと言えば、彼らも悪い気はしないだろう。それに安っぽいポカティを買った初心者が上達し、満足できなくなれば、自ずと高級ポカティを買おうとするはずだ。入門版で産業の裾野を広げ、職人たちにも利益をもたらす。これはウィンウィンの一大事業ではないか。

 ンバルはカルノと老人たちの論争を見守った。心の中でカルノの説明にいちいちうなずいたが、彼を痛烈に批判する老人たちの気持ちも理解できた。

 主張は平行線をたどり、彼らの話し合いは物別れに終わった。カルノは村人の誰の家にも招かれず、その日のうちに街に戻った。

 ンバルはカルノから離れず、久しぶりに大学の食堂で夕飯を共にした。カルノはビールを一気飲みし、目を真っ赤にしてこう言った。

「正直、先進国の人たちの言うことが馬鹿らしいと、ますます確信を深めたよ」

「なんの話だ?」

「人権問題のこと。マコパンの密林には文化的に立ち遅れた地域があり、深刻な貧困が存在するけど、共和国政府がインフラ整備などに協力せず事実上放置しているって」

「なんだそりゃ?」

「とんでもないデタラメでしょう? 彼らは放置されたがっているんだから。それを外の人間が何を言っても無駄ってことさ。もういい。ぼくは彼らに理解を求めない。自分の信じる道を歩むまでさ」

 カルノは以前SNSで、そんな彼らを好意的に書いたことを忘れていた。今や彼は頑固な彼らを憎み、彼らと同じように頑なになっていた。

「でもンバル、きみは違う。きみはぼくと同じ若い世代、同じ大学で学んだ友達だ。ぼくがやろうとしていること、ぼくの考えの正しさを理解してくれるだろう?」

「ああ、よく分かるよ」とンバルは言った。

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