表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

第7話「Hello World」

「……開かないやつ?」


「そうですね。この個体は一般的な加熱による収縮では開きません」


足元には、焼き跡の残るリクガキが転がっていた。


「現地の方々は“反応がない”個体を死体と判断していますが、これは工程が最適化されていないだけです」


「つまり……?」


「水を用意しましょう」


※ ※ ※


ダリオさんに断って、手洗い用のバケツを汲み替えつつ、一つ借りることにした。


「ホント悪ぃな。ほったらかしちまって」


話しながらも作業の手を止めないダリオさんの顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。


奉納局から指定された目標数には、まだ遠く及んでいないらしい。


……あれで半分もいかないとか、どう考えても目標の方がおかしいだろ。


「悠真さん、≪サラマンダー≫をここに」


言われるまま、スキルを発動する。


胸の中にあるモヤモヤが邪魔して、新しい力を使った感動なんて、どこかへ飛んでいってしまっていた。


冷水を縁に沿って流しかけるよう、ザズに言われた通り動く。

ゆっくり、慎重に、何度か繰り返していると──


「……チッ」


小さな音とともに、殻がわずかに緩んだ。


「カキベラをここから差し込んでください」


言われたとおりに手を伸ばす。

するり、とカキベラが吸い込まれた。


「……開いた……」


「えっ、開いた!?」


「ちょ、ちょっとどいてくれ! 粒子化が始まっちまう!」


気がつけば、周囲にいた討伐員たちがこちらを注視していた。

ダリオさんが弾かれたように駆け寄ってきて、開いたリクガキを覗き込む。


「うわ……これ、白鉄繊維じゃねぇか!」


「カキ鉄も品質5だ! 結晶もでけぇ!!」


ものすごい手さばきで解体を進めながら、三人は大興奮のようだった。


俺は全くついていけてない。


「……白鉄繊維って?」


「高密度金属繊維です。通常の個体からも稀に発見されますが……現地では“死体”扱いされている閉殻型個体が、最も採取量が多いとされています」


「……はー。すげぇんだなお前」


ふと気づくと、討伐員たちの視線が俺に向いていた。


「……えっと、その……今のって、どうやったの?」


「あっ、え、いや、あれは……水をこう、かけて……?」


「水で開くなんて初めて見たぞ。狙ってやったのか?」


「い、いや……まぁ……実家が牡蠣漁やってて……?」


ヤバイ、これなんて説明すればいいんだ。ザズは生成AIですってのは秘密なんだよな……?


ザズをちらっとみると、静かに首を振っていた。言わない方がいいらしい。


「教えてくれ!!!」


「……え?」


不意に叫ばれて、戸惑う間もなく。

ダリオさんが、がばりと頭を下げた。


「頼む! 今のままじゃ、どうやったってFPがもたねぇんだ。

でも……もし、この“ハズレ”からこんだけの素材が取れるんなら──

俺たちの現場は、まだ守れる!」


「守れるって……」


「今朝の騒ぎ、見たか? ……また上が変わって、得体の知れねぇやつがついたらしいんだよ。

……上の指示がコロコロ変わるのは、まあ、いつものことだ。けど、今回のはマジでヤベぇ。こっちの状況とか、何ひとつ聞く気がねぇ」


少し躊躇ってから、ダリオさんはぽつりと続けた。


「リッテルアちゃんが、ずっと頭下げて止めてくれてんだ。

おかげで今まで何とかなってたが……どうやら、そろそろ“改善対象入り”だとよ」


その言葉に、別の討伐員が耐えきれず声を上げた。


「いや、あんなん無理ですって! 現場知らないくせに、マニュアル増やすことしか考えてないんすよ!」


「関係ねぇんだよ、そんなの。……結局よ、上から見たら“成果出せてねぇ”ってだけなんだ」


目を伏せたダリオさんの声は、かすかに震えていた。


──胸が苦しかった。


「……もう、誰もいなくなるかもしれねぇ。

このままじゃ、うちの班だって解散される。バラバラになって、どこに飛ばされるかもわかんねぇ」


ダリオさんは、年季の入った手で額をこすりながら、こちらをまっすぐ見た。


「でも、あんたのやり方で“開いた”ってことは──

“やりよう”が、まだあるってことだろ? だったら……頼む」


そのひどく真剣な目を見つめ返しながら、俺は小さくうなずいた。


──答えは、とっくに決まっていた。


※ ※ ※


──夜。


「悠真君とアイオーン様に──乾杯!」


ギルド近くの酒場は、すっかりお祭り騒ぎだった。


「いやー、むしろ採れすぎちまったな!」

「革命ですよ、革命!」

「載せきれなくて結晶捨てるなんて初めてだよ!」


閉じたリクガキからは、予想をはるかに超える収穫があった。


ザズが瞬時に手順をマニュアル化し、祈線で共有。

ナクセリ討伐局の全チームが、余裕で目標を達成した。


……まぁ、人力の荷車の方に限界があって、成果もそこそこに引き上げたんだけど。


「……交通インフラに対して情報インフラが先を行きすぎじゃない?」


思い返しながら、見たことのない料理と、初めての酒を味わう。

胸の奥がじんわりとあたたかかった。


「マニュアルは特許出願も可能です。がっぽり儲けられますよ」


「無粋なのか、お前は」


何を食べるでもなく隣に座るザズに、苦笑する。


ざわめきの中、不意に、ひときわ大きな声が飛んできた。


「悠真ぐん、本当、ありがどね〜!」


べろべろに酔っぱらった短髪の女性が、テーブルに頭突きする勢いで隣に座る。


「ごこ最近、ずっとみんな帰れでなくでさ。やっど寝られ゛るよぉ゛〜」


「バカコンサルにも一泡吹かせられるしな! 俺はマジでそれが嬉しい!」


「見たかこの野郎! これがリッテルアさんの力だー!」


「悠真君だろ!!」


笑い声とともに、あちこちから感謝の言葉が飛び交う。


──みんな、凄いな。


これだけ成功を喜び合えるのは、皆が、自分ができることと向き合っていたからだと思う。

俺なんかより、ずっと。


……でも、すいません、それ、ザズのおかげです。


もちろん、感謝は嬉しかった。でも同時に、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。


──なんだろう、この居心地の悪さは。


誰かが笑いながらグラスを掲げる。

誰かが感極まって、ぽろぽろ泣いている。


そんな喧騒のなか、不意に視線を感じて、顔を上げた。


そこに、リッテルアさんがいた。


カチリ、とグラスの音が落ちる。

彼女は俺の隣に立ち、テーブルの端にそっとグラスを置いたところだった。


「……ずいぶん、好かれたわね」


「え、いや……俺なんてなにも……」


「それ謙遜? それとも逃げ口上?」


言葉に反して、彼女の声は柔らかかった。


「……たぶん、どっちもです」


「ふうん。あんなマニュアル、誰も思いつきもしなかった。しかも無料配布なんて、正気じゃないわ」


彼女は、水をひとくち飲んで、視線を外す。


「……そんな大層なものじゃないって、どうしても思い込みたいみたいです」


なにを言っても見透かされる気がして、つい、思ったままを口にする。


リッテルアさんは、そんな俺をしばらく見つめた後、ふっと笑った。


「ま、いいんじゃない、それで」


彼女はグラスの水を飲み干すと、立ち上がる。


「今日は好きに飲みなさい。どうせ明日には地味な作業に戻るんだから」


そう言って背を向けた彼女が、ふいに振り返った。


「……でも、あんたがやったこと、あんたが思ってるより、ちゃんと届いてるわよ。自覚がないみたいだから、言っといてあげる」


その目元が、ほんの少しだけゆるんだように見えた。


俺はその背中をただ見送っていた。


「俺なんか、頷いてただけだ――」


それが思わず口からこぼれたときだった。


「──なぁに言ってんだよ」


後ろから、静かな声が飛んできた。


ダリオさんだった。

いかつい顔をしかめながら、俺の隣に腰を下ろす。


「お前が頷いてくれたから、今があるんじゃねぇか」


まっすぐな視線が、俺を射抜いた。


「あんなもん、断られて当たり前だと思ってた。――だってそうだろ。お前はなんにも得しねぇじゃねえか。……けど、お前は黙って、頷いてくれた」


静かなのに、胸の奥に響く声だった。


「……こういうの、あんま得意じゃねぇんだけどよ」


照れ隠しのように額の汗をぬぐい、口元をほんの少しだけゆるめる。


「……あんたがいてくれて、助かった。ほんとに、助かったんだ。

……こんなところへ、よく来てくれた。これからも、よろしくな」


──帰り道。


リッテルアさんに紹介された宿に向かいながら、俺は、酔いが残った足取りで夜道を歩いていた。

久しぶりに大人数で酒を飲んだせいか、胸のあたりが、さっきからずっと、ふわふわしている。


夜の町はほとんど灯りもなく、ぽつぽつと立ち並ぶ鏡のような柱が、足元をわずかに照らしていた。


──「おまえが手出すな!」


いつか聞いた怒鳴り声、もう思い出せない顔たち。

あの頃の自分が、ずいぶん遠くに思えた。


今は、この小さな町で、必死に生きている人たちと一緒に──いると言って、いいんだろうか。


「……やっぱり、俺じゃないよな」


異世界でも変わらない満天の星空を眺めながら、ゆっくりと歩く。


何かを押さえていないと、気持ちが勝手に前へ走り出してしまいそうだった。


「……すげーのはザズなんだよ」


「私は悠真さんの生成型支援知性です。悠真さんが選んだこと、動いたこと──それがなければ、私は何もできませんよ」


ザズの声は、相変わらず穏やかだ。


「……でもさ……いや、……そう、なのかな」


「そうですよ。悠真さんは、自分では気づかないうちに、ちゃんと誰かを助けてました」


……そう思えたら、いいのかな。


居酒屋の熱気が、まだ体の中に残ってる。


楽しかった──んだと思う。けど、自分がそこに混じって笑ってたのが、どこかむず痒い。


……どうしてだろう。


胸の奥が、さっきからずっと、苦しかった。


酔ってるせいでも、夜風のせいでもない。


こんなふうに誰かと笑って、誰かに認められて──


……ずっと、こういう場所を、探してたのかもしれない。


──「よく来てくれた」。


その言葉が、頭から離れなかった。


喉の奥から熱がこみ上げてきて、上を向いて歩かないと、溢れ出してしまいそうだった。


「……明日は、少しでいいから、自分の言葉で話せたらいいな」


ぼつりと零れ落ちた言葉は、星空へ溶けていくようだった。


奉納塔の無機質な瞳が、それを眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ