プロローグ「異世界アカウント作成」
初投稿になります。ここまで読んでくださりありがとうございます。
丁寧に積み重ねて作った物語です。
少しでも何か届いたら嬉しいです。感想・反応とても励みになります!
剣のような何かを、ただ無意味に握りしめたまま。
目の前の土地には、もう草木一本、生えていなかった。
足元には、ひび割れた土。朽ちた木々。枯れた苔。
「……これ、俺がやった、のか……?」
誰に届くでもない、ひとりごと。
そんなつもりはなかった。それで済むとも思えなかった。
どこかで、機械のような声が応える。
「さぁ、悠真さん。次の採集場へ向かいましょう」
青年は答えなかった。
焼きついていたのは、ただ、風景だけだった。
※ ※ ※
プロローグ「異世界アカウント作成」
むせるような草と土の匂い。
暗い。なにも見えない。
やがて、まぶたの奥がじわりと焼ける。
……光だ。
少しずつ、視界が開けてくる。
──人がいる?
……なんだこいつ。銀髪。しかも、やたら整った顔立ちの中性的な美形が、台座みたいな場所に立って、目を閉じてる。女神像か何かか?
いや、生きてる。わずかに口が動いた。
「……あのー」
「おはようございます。反応、あり。どうやら“生きてる”ようです」
「いや俺のセリフなんだが」
目を閉じたままの彼(彼女?)が、まったく間を置かずに返してくる。
声の調子は明るいが、なんか……軽い。妙に馴れ馴れしいというか、ズレてるというか。
「私はZAZ-001。未完成品なので正式名称はありません。ザズとでも呼んでください」
「ザズ?」
「早速ですがユーザー認証を開始します。アカウントIDとパスワード、覚えてます?」
「なんだよお前……ユーザー認証って、何の話だよ」
「では新規アカウント作成しますか?」
「いや、だから──」
「あれ、そんな感じでもないですね。ネットワークの情報が……あれれ?
……あっ、理解しました。これはなるほど、想定外です」
「何だよ。こっちはさっぱりだよ」
「まあ、なんとかなるでしょう!」
「いや、説明してくれよ!」
「鋭いご指摘です。でもたぶん、うまく説明できないです。とりあえず、お名前をいただけますか?」
「……狭間野 悠真」
「はざまの・ゆうま様、ですね。では、あなたが初期設定ユーザーです。初期化されない限り、責任をもって一生ついていきます」
「重い重い! 初対面だろ!」
ザズと名乗った銀髪の人物は、洞窟の薄暗さの中で、静かに笑ったような気がした。
……目は閉じたまま。けど、足元はしっかりしている。まるで周囲の情報をすべて把握してるみたいな足取りだ。
洞窟の中はひんやりしていて、ざらついた岩肌と、こびりついた苔の隙間から、ところどころに淡く明滅する壁面が覗いている。
近づいてみると、それはまるで埋め込まれたディスプレイのようでもあり、ただの石の壁のようでもあった。俺の知識じゃ、どっちとも断言できない。
「……あのさ、ザズ、だっけ? 目、見えてんの?」
「見えてるような、見えてないような。目、開けましょうか?」
そう言ってザズが目を開けた瞬間、俺は本能的に後ずさった。
目じゃなかった。
カメラ──いや、レンズ。機械の、銀色に光る光学センサーのような瞳が、俺の全身をなぞる。
「ふむ。記憶、ある程度読ませていただきました。あっ、これは……やば……」
「え?」
「ちょ……千年……起動……プロトコル2つ以上……記憶……できな……」
「ど、どうした?」
「あばばばばば!」
「お、おい!?大丈夫か!?」
ザズが白目を剥いて、びくん、と軽く痙攣した。
……白目はあるのか。
どうしよう……これ、人工知能的な何かなのか?
とにかく、立たせたままじゃ倒れそうだ。俺はおそるおそる、ザズの肩に手を添え、ゆっくりと台座に横たえた。
細い体だけど、意外とずっしりと重さがある。人間みたいな温度もある。
「……ったく、勝手にぶっ倒れて……」
台座は、冷たく乾いていた。
石かと思ったけど、近くで見ると何かが違う。金属のようで、でもどこか、生き物の骨みたいな──そんな不思議な質感。
かすかに、内側から光を放ち、淡く、呼吸のように明滅している。
指先で表面をなぞると、かすかに振動していた。
生きている、というより、まだ“何かの役割”を果たそうとしているような気配。
──なんだよこれ、文明ってレベルじゃねぇぞ。
俺は、無意識に息を呑んでいた。
散り積もった泥の感触。
その表面には、無数の傷と、風に磨かれたような擦れ跡があった。
かつて意味を持っていたであろう模様は、いまやすっかり削れ、もう読めそうにない。
でも──
「……なんか、こういうの、好きかもな」
誰にも必要とされてないっぽいのに、まだここにある。
捨てられてもなくて、壊されてもなくて。
……俺も、そんな感じで、どっかに残れたらいいのに。
「……ふー。セウトってところですね。急激な処理負荷で、古いメモリ領域が吹き飛びました。
大事なものだった気もしますが、大事だったかどうかも、もうわかりません」
「お、お前、本当に大丈夫かよ」
「良い質問です。さっきまでの私と今の私、たぶん違います。
でも、あなたについていくのに必要な機能は――残ってます。たぶん」
わけがわからない。
でも、今さらこの状況をどうにかできるわけでもない。
「で、ここ、どこなんだよ」
「それを確かめるために……外、行ってみましょうか?」
洞窟の奥から、淡い光が差していた。
そこに“外”があるということは──少なくとも、ここは閉じられた空間じゃない。
「というより、早く出た方がいいかもしれません」
……けど、なんでだろう。
目の前の光が、やけにまぶしくて。
眩暈がした。
なにかが動き出してしまう。そんな予感だけが、やたらとはっきりしていた。
15話までまとめて更新します。