キャンディ : ずっと、君のこと
ここにいる友達はみんな、そろって一緒の中学に行くんだと思ってた。これからもずっと、同じ日々を送るんだって。
「私、違う中学行くんだ」
帰り道。ランドセルの揺れる音と一緒に、なぎの声がさらりと落ちた。
一瞬で空気が止まった気がした。
「……なんで? じゃなくて……どこ?」
「N中等。中学受験したの」
N中等といえば、県内唯一の県立中高一貫校。すごく頭がいいって、聞いたことがある。
でもまさか、こんな田舎からあそこに行く人がいるなんて。
それが、なぎだなんて。
「そう……なんだ。頭いいもんな、なぎ」
「はるとだって、受けてたらきっと受かってたよ」
「俺はそんな頭良くないよ。いつもおまえにテスト負けてただろ」
なぎは、勉強も運動もできる天才だった。少なくとも、この田舎ではダントツの。
俺は負けるのを分かっていて、いつもテストがあるたびになぎに勝負を挑んでいた。そうやって、なぎに話しかけにいっていた。
それももう、あと一ヶ月。
「N中等って遠いよね。引っ越すの?」
「うん。さすがに、ここからは通えないから」
それから、俺は何を言えばいいのかわからなかった。
それからの日々は、あっという間だった。気づけば、卒業の日。
卒業式を終え、最後のホームルームも終えた俺たちは、校庭で話したり写真を撮ったりしていた。
唯一、違う中学へ進学するなぎは、いつだってたくさんの人に囲まれていた。
俺は、彼女に話しかけるタイミングを失っていた。いつもは、あんなに簡単に話しかけれてたのに。
なぎと話せるのは、これで最後かもしれないのに。
「はーると!」
急に声をかけられて、我に帰る。
「……なぎ。もういいのか、みんなとは」
「うん、いいの。はるとと、話したかったから……」
そう言ったものの、なぎはそれきり黙ってしまった。
心なしか、いつもより少し顔が赤い気がする。
「写真、撮ろうぜ」
「いいけど、どこで?」
「うーん、そうだな」
俺は、校庭を見回す。
「あそこにしよう。桜の木の下。母さん呼んでくるよ」
俺は、カメラを持った母さんを連れてきた。それから、なぎと二人で、桜の木の下に立つ。
「ほら、はると。もっと寄って! なぎちゃんも!」
俺は言われるがまま、なぎの方に近づく。肩どうしが触れて、胸がキュッとなる。ドキドキする胸の音が、なぎにまで聞こえちゃうんじゃないかってくらい。
「はい、チーズ」
いくつかシャッター音が聞こえる。
このまま、時間が止まればいいのに。ずっと、なぎと、離れずにいれたら。
「はい、終わり。それじゃあ、母さん先に戻ってるね」
そう言いながら、母さんは俺に包装したお菓子の缶を手渡した。それから、わざとらしくウィンクしてみせて、去っていった。
母さんにお礼を言ったあと、なぎはどこか儚げな顔で、桜の木を見上げていた。
「どうした? なぎ」
なぎは降ってきた花びらを一つ、手の上に乗せた。
「私ね、N中等に受かって嬉しかった。みんなにすごいって言ってもらえて。
だけど、今は違う。やっぱり、寂しいよ。みんなと一緒に、中学行きたかった」
俺を見たなぎは、目を潤ませていた。いや、泣いていたかもしれない。
あんなに強くて明るいなぎが泣くなんて、思ってもみなかった。その姿に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「これ、やるよ」
俺は、母さんに渡されたお菓子の缶を差し出す。
なぎは赤くなった目をこすりながら、それを受け取る。
「なに?」
「キャンディ。すぐそこの、ケーキ屋に売ってるやつ」
それを聞いて、なぎはふふっと笑った。
「なんで、ケーキ屋でキャンディ? クッキーとかフィナンシェとか、あったでしょ」
「なんでもいいだろ」
一緒に買いに行った母さんが、教えてくれた。異性にキャンディをあげる意味。
『飴はね、ずっと口の中に残るから、“長く想ってる”って意味になるんだって』
だけど俺は、それを言えない。
「ありがと。私もあげるよ、これ」
なぎがポケットから取り出したのは、小さな白い封筒だった。
ドキッとした。女の子に手紙をもらうのなんて、初めてで。
「あとで読んでね」
「……うん、分かった。ありがとう」
「それじゃあ、私、そろそろ帰らないと」
「俺のこと、忘れんなよ」
なぎは振り返り、ふわりと笑った。舞い散る、桜の花びらみたいに。
「はるともね!」
そして、なぎは手を振りながら去っていった。俺は、その姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
気づけば、俺の頬は濡れていた。まだ、心の準備なんてできてなかった。なぎと、離れ離れになる準備なんて。
そこでふと、さっきもらった手紙のことを思い出した。木の陰で、そっと手紙を開く。
ーーー
はるとへ
今までありがとう。
一緒に遊んだのも、テスト勝負したのも、すごく楽しかった!
お別れは寂しいけど、また遊ぼうね。
ずっと、好きだったよ。
なぎより
ーーー
それは、すっかり見慣れた、綺麗な字だった。
俺は走った。キャンディだけじゃダメだ。ちゃんと伝えなきゃ。口に出して、言わなきゃ。
だけど、もうなぎはいなかった。
俺は、もう一度手紙に目を落とす。
春休みのうちに、なぎが引っ越す前に、現像した写真を渡しに行こう。それで、キャンディの意味をちゃんと伝えるんだ。
今度は逃げない。なぎが、まっすぐに伝えてくれたから。
"ずっと、君のことが好き"って。