表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

キャンディ : ずっと、君のこと

 ここにいる友達はみんな、そろって一緒の中学に行くんだと思ってた。これからもずっと、同じ日々を送るんだって。


「私、違う中学行くんだ」


 帰り道。ランドセルの揺れる音と一緒に、なぎの声がさらりと落ちた。

 一瞬で空気が止まった気がした。


「……なんで? じゃなくて……どこ?」


「N中等。中学受験したの」


 N中等といえば、県内唯一の県立中高一貫校。すごく頭がいいって、聞いたことがある。

 でもまさか、こんな田舎からあそこに行く人がいるなんて。


 それが、なぎだなんて。


「そう……なんだ。頭いいもんな、なぎ」


「はるとだって、受けてたらきっと受かってたよ」


「俺はそんな頭良くないよ。いつもおまえにテスト負けてただろ」


 なぎは、勉強も運動もできる天才だった。少なくとも、この田舎ではダントツの。

 俺は負けるのを分かっていて、いつもテストがあるたびになぎに勝負を挑んでいた。そうやって、なぎに話しかけにいっていた。


 それももう、あと一ヶ月。


「N中等って遠いよね。引っ越すの?」


「うん。さすがに、ここからは通えないから」


 それから、俺は何を言えばいいのかわからなかった。




 それからの日々は、あっという間だった。気づけば、卒業の日。


 卒業式を終え、最後のホームルームも終えた俺たちは、校庭で話したり写真を撮ったりしていた。

 唯一、違う中学へ進学するなぎは、いつだってたくさんの人に囲まれていた。


 俺は、彼女に話しかけるタイミングを失っていた。いつもは、あんなに簡単に話しかけれてたのに。

 なぎと話せるのは、これで最後かもしれないのに。


「はーると!」


 急に声をかけられて、我に帰る。


「……なぎ。もういいのか、みんなとは」


「うん、いいの。はるとと、話したかったから……」


 そう言ったものの、なぎはそれきり黙ってしまった。

 心なしか、いつもより少し顔が赤い気がする。


「写真、撮ろうぜ」


「いいけど、どこで?」


「うーん、そうだな」


 俺は、校庭を見回す。


「あそこにしよう。桜の木の下。母さん呼んでくるよ」


 俺は、カメラを持った母さんを連れてきた。それから、なぎと二人で、桜の木の下に立つ。


「ほら、はると。もっと寄って! なぎちゃんも!」


 俺は言われるがまま、なぎの方に近づく。肩どうしが触れて、胸がキュッとなる。ドキドキする胸の音が、なぎにまで聞こえちゃうんじゃないかってくらい。


「はい、チーズ」


 いくつかシャッター音が聞こえる。


 このまま、時間が止まればいいのに。ずっと、なぎと、離れずにいれたら。


「はい、終わり。それじゃあ、母さん先に戻ってるね」


 そう言いながら、母さんは俺に包装したお菓子の缶を手渡した。それから、わざとらしくウィンクしてみせて、去っていった。


 母さんにお礼を言ったあと、なぎはどこか儚げな顔で、桜の木を見上げていた。


「どうした? なぎ」


 なぎは降ってきた花びらを一つ、手の上に乗せた。


「私ね、N中等に受かって嬉しかった。みんなにすごいって言ってもらえて。

だけど、今は違う。やっぱり、寂しいよ。みんなと一緒に、中学行きたかった」


 俺を見たなぎは、目を潤ませていた。いや、泣いていたかもしれない。

 あんなに強くて明るいなぎが泣くなんて、思ってもみなかった。その姿に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「これ、やるよ」


 俺は、母さんに渡されたお菓子の缶を差し出す。

 なぎは赤くなった目をこすりながら、それを受け取る。


「なに?」


「キャンディ。すぐそこの、ケーキ屋に売ってるやつ」


 それを聞いて、なぎはふふっと笑った。


「なんで、ケーキ屋でキャンディ? クッキーとかフィナンシェとか、あったでしょ」


「なんでもいいだろ」


 一緒に買いに行った母さんが、教えてくれた。異性にキャンディをあげる意味。


『飴はね、ずっと口の中に残るから、“長く想ってる”って意味になるんだって』


 だけど俺は、それを言えない。


「ありがと。私もあげるよ、これ」


 なぎがポケットから取り出したのは、小さな白い封筒だった。

 ドキッとした。女の子に手紙をもらうのなんて、初めてで。


「あとで読んでね」


「……うん、分かった。ありがとう」


「それじゃあ、私、そろそろ帰らないと」


「俺のこと、忘れんなよ」


 なぎは振り返り、ふわりと笑った。舞い散る、桜の花びらみたいに。


「はるともね!」


 そして、なぎは手を振りながら去っていった。俺は、その姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。


 気づけば、俺の頬は濡れていた。まだ、心の準備なんてできてなかった。なぎと、離れ離れになる準備なんて。

 そこでふと、さっきもらった手紙のことを思い出した。木の陰で、そっと手紙を開く。


ーーー


はるとへ


今までありがとう。

一緒に遊んだのも、テスト勝負したのも、すごく楽しかった!

お別れは寂しいけど、また遊ぼうね。


ずっと、好きだったよ。


なぎより


ーーー



 それは、すっかり見慣れた、綺麗な字だった。


 俺は走った。キャンディだけじゃダメだ。ちゃんと伝えなきゃ。口に出して、言わなきゃ。

 だけど、もうなぎはいなかった。


 俺は、もう一度手紙に目を落とす。


 春休みのうちに、なぎが引っ越す前に、現像した写真を渡しに行こう。それで、キャンディの意味をちゃんと伝えるんだ。

 今度は逃げない。なぎが、まっすぐに伝えてくれたから。


 "ずっと、君のことが好き"って。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ