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傘と水たまり



雨の日だった。


黄色い帽子をかぶって、重たいランドセルをどうにかこうにか運びながら下校していた。


それだけでも重たいのに、傘をさすと、歩みはさらにゆっくりだ。


「やーい」

「あっ、返してよ!おれのカサ!」


傘を忘れた体格のいい同級生に、傘を奪われた。


ヤンチャなガキ大将は、前も見ずに走り、女の子にぶつかった。


女の子はぐしゃりと水たまりの中に転ぶ。


「あっ」


ぶつかったガキ大将も、流石にまずいと思ったのか、女の子と、傘の持ち主を交互に見る。


「ど、どんくせえな…」

「…信じらんない…」


話したことはないが、お人形さんのように可愛らしくあまり喋らない、同じクラスの女の子だ。

転んだときにピンクの傘は手を離れ、色素の薄い三つ編みにした髪を、真っ白な頬を、大粒の雨が伝う。


「……あのさぁ」


女の子はゆっくり立ち上がると、泥まみれの手でグイっとガキ大将の胸ぐらを掴み、


「そのカサさぁ、アンタのじゃないでしょ?さっさと返してずぶ濡れで帰んなさいよ!!」


淡々と言い放った。


「ひ、ひぇ…っ」


綺麗なアーモンド型の瞳に睨まれて、ガキ大将は真っ青になっている。


「ごーめーんーなーさーいーはぁー?」

「ご、ごごごめんなさい!!!」


言い返されることに慣れていないのか、自分よりいくらも小さい女の子に怯え、傘を投げ捨てて逃げ出した。


その子は雨に打たれながら、腕を組んで見送っていた。


その横顔がかっこよかった。


「アンタも!ボーッとしてないで、帰る!」


置いて行かれた傘を持たせ、女の子は自分の傘を拾って泥まみれのまま歩き出した。


「あ、待って、あゆみちゃん!は、ハンカチ!」

「拭いても意味ない。帰ってお風呂入る。」

「あ、あの、ありがとう!」

「あ・の・ねぇ!やられたらやり返しなさいよ、情けないわね、男でしょー!?」

「ま、まってぇー」


スタスタ歩く亜由美の後ろを、小走りで追いかける真紘。


それが2人のファーストコンタクトだった。


その日から毎日、真紘が亜由美に話しかけに行っては突っぱねられ、睨まれ、怒られたが、真紘はめげなかった。


「あーちゃん」

「ナニ」

「一緒に帰ろ?おれ、真紘ってゆーの。まーくんって呼んで!」

「…マヒロくん。」

「まーくん。」

「マヒロ」

「まーくん!」

「……まぁくん」


気の強さ故に遠巻きに見られたり、噂も悪口も遠くから言われた。そんな亜由美に正面突破を仕掛けてきたのは真紘だけだった。


中学に上がり、高校に進み、それとなく苗字にしたり愛称をやめたりを何度も試みたが、呼び方だけは、真紘が譲らなかった。





◇◆◇





「あのときから、あーちゃんは俺のヒーローなんです。」


全く記憶にない話に、亜由美は頭を抱えた。

頭痛がしてきた。穴があったら入りたい。


「えぇ…?…アタシそんな生意気だった…?」


ええ、ええ、生意気だったでしょうとも。それはもう。


チヤホヤされて、女王様気分だった時期だ。

記憶はないが、やっていてもおかしくないだろう自覚だけは十分すぎるほどある。


「優しいー!と思って、絶対この子と仲良くなりたくって、毎日話しかけてたんだよね!」

「や、これ優しいって言わないでしょ…」

「あーちゃんは昔から優しいよ!そんで男前!」


真紘は、友達がいなかった亜由美の周りに突如現れて、気が付いたら世話を焼いていた感覚だった。


最初は今以上に塩対応だっただろうに、よく懲りずに亜由美に話しかけてくれたものだ。


現在の営業成績は、そのメンタルありきなのかもしれない。


「俺あの頃チビだったからさあ、あーちゃんのおかげでアイツにいじめられなくなったんだ!」

「…そ、そぉ…」

「でもあーちゃんより強くならなきゃって思って、野球始めて、中学からは筋トレも頑張った」

「…なんで野球?」

「かっこよかったから!」


曰く、そのとき大活躍した選手に憧れたらしい。


それは、亜由美も何度もテレビで見せられた。全く興味ないのに、何度も解説されたおかげで、ルールや選手は少しわかるようになった。


「あーちゃんの身長抜いたときは嬉しかったなあ」


中学に上がった頃から真紘は身長伸び始めて、気がつけば抜かれていた。

毎日のように身長を聞かれて、呆れた記憶がある。


「それだけ一途にあーちゃんだけを好きだったのに、まさか信じてもらえていなかったとは…」

「ごめんって」

「あ、でもそれって、あーちゃんもそれだけずっと俺のこと好きだったってこと?」

「…ハァ?」

「じゃあいっかー」


ニコッと笑って、真紘は勝手に納得していた。


「ねえ、デートしようよ。クリスマスデート」

「混んでるからイヤ。レストランも高いし。」

「うん、知ってる。いつも華やかな中で仕事してるのに、人混みは絶対イヤだもんね」

「…仕事ならいいのよ、仕事なら。」

「うん、だからさ、クリスマスケーキとチキン買ってきてさ、シャンパン飲もう」


それ、毎年やってるよねと言いかけて飲み込んだ。


彼氏もおらず、だからっておひとり様女子会なんかをする友達もいないため、デートに行きたいスタッフたちの仕事を巻き取って仕事をする。


仕事後に、真紘が買ってきたケーキとチキンを食べるのが恒例で。


「作ろうかな、ケーキとチキン」

「え!」

「土日だし、久しぶりに」

「たっ、楽しみにしてる!」

「ん」


大好きと亜由美を抱きしめる真紘をはハイハイと受け止めた。








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