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ワガママと仔犬


「大丈夫だってばぁ」

「ダメ!あーちゃんさっきから全部左手でやってるでしょ。スマホも鍵も。痛いんだよね?」

「………」


亜由美が黙ったのをいいことに、真紘は甲斐甲斐しく世話を焼く。

明日の受診時間を確認して、当然のように部屋着に着替える。


夕飯も真紘が用意してくれた。

シンプルだけどスプーンとフォークで食べられるようにして。


続きのドラマを見ながら、ぼーっとするしかない。


「佳央理ちゃんが言ってたけど…何か、話したいことあるって?」

「あー、別に…」

「あーちゃん」


真紘はドラマの再生を止めて、隣に座った。


亜由美は何事もなかったように眠る算段をしているのに、真紘はそれを許さない。


「亜由美」


名前を呼ばれて、亜由美は身構える。

包帯の巻かれた右腕を抱きしめるようにしていると、真紘は亜由美の方に手を伸ばした。


「言ってみて」


真紘はぎゅっと亜由美を抱き寄せる。

目の前には鍛えられた分厚い胸板。


「見てないから大丈夫」


じんわりと涙が滲んで、亜由美は逆らえなくなる。





◆◇◆





「あーちゃん、あーちゃん、どうしたの?」

「…なんでもない」

「遊ぼうよ、昨日の続き」


亜由美は家のソファの上で膝を抱えていた。


小学生の頃、亜由美は真紘以外友達がいなかった。

今だって多くはないが、当時は本当に同級生と話さなかった。


思ってることが表情に出ないから人形みたいと怖がられた。


男子は遠巻きに可愛いと噂をしていたのかもしれないが、女子は亜由美の目立つ外見をよしとしなかったのだ。


亜由美は亜由美で、幼稚なやり取りに付き合うのも無駄だと思っていたし。

そう思うようになる程度には、亜由美の周りには大人が多かったのだ。


ちょっとした陰口だったんだと思う。


母に怒られたとか、仕事が嫌とか、いろいろ重なって限界だったのかもしれない。


クラスの中で爪弾きにされて、普段は気にならないことが、やけに刺さった。


「…まぁくんは、みんなと遊んでおいでよー」

「ぼくはあーちゃんと遊びたい」


真紘は手をにぎる。

目が合うと見透かされそうで、フイとそっぽを向いた。


「な!?」


真紘は少し考えて、そばに置いてあったタオルケットを亜由美の顔に被せた。


「ね、これで見えないからさ、思ったこと言ってみて」


タオルの上からポンポンと頭を撫でる。

グッと涙が込み上げてきて、もうダメだった。


「まぁくんだってほんとはアタシと遊ぶのつまんないと思ってるくせにー!!」

「えええ、そんなわけないじゃん!?」

「まぁくんの、ばか!!」

「ええええええ」


ほとんと八つ当たりしながら泣いたこともないくらい、ワンワン泣いた。


泣き疲れて、そのまま眠るほどに。


真紘はオロオロしながら、亜由美の手を離さずに、おそるおそる背中をさすっていてくれた。


優しいのだ。こんな気難しくてワガママな亜由美にも。ずっとずっと前から。





◇◆◇





顔見てないからなんて、子供騙しもいいところなのに、亜由美はいつもそうされると、真紘には黙秘できない。


「ま、まぁくんは姉さんが好きなんじゃないの」


恐る恐る告げると、


「はあぁ!?」


素っ頓狂な声を出して、このときばかりは、亜由美の肩をつかんで顔を覗き込まれた。


「ちょ、待って、どういうこと?オレずっとあーちゃんが好きだって」


焦る真紘。


決定的な言葉を受け止められそうになくて、亜由美は真紘に背を向ける。


「…姉さんの代わりなのかと…」


はあと、ゆっくり息を吐き出した音に、亜由美は背を丸めて縮こまる。


「ばかだなあ」

「ーーーっ」


真紘は後ろから亜由美を抱きしめる。


「小学生の頃からあーちゃん一筋なのに」


包帯を巻いた右腕に触れないように、いつもみたいにお腹に腕を回す。


「まさか、佳央理ちゃんのこと好きだと思われてたなんてね。そんなわけないじゃん。惚れてなきゃこんなにずっと付き纏ってないよ」

「…付き纏ってる自覚あったの」

「うん。でもあーちゃん本気で嫌がってはないから、押すしかないかなって」


左肩に顎をのせる。

耳元で囁く声が心地よい。


「ずっと佳央理ちゃんには相談に乗ってもらったし、協力してもらってたんだよ?」

「……ん」


ぎゅうと、抱きしめる腕に力を入れる。


「ずっと頑なだったのはそのせいかぁ」

「………」

「はー…そういうことか。言ってよぉ」


言えるわけなかった。

真紘が佳央理を好きだと認めたら、見せかけの愛情ももらえなくなってしまうと思っていたから。


「ねえ、あーちゃん、好きだよ。愛してる。あーちゃんだってオレのこと好きなんじゃないの」

「そ、んなわけ…」


ない、とは言えなかった。

だが長らく張ってきた意地を、今さらそんな簡単には緩められない。


「だいたいさ、潔癖なあーちゃんがこの距離許すのオレだけでしょ」


言い募る真紘。


その通りだった。

仕事と割り切れば愛想笑いも当たり障りない会話もするし、多少触れるくらいは我慢できるが、本当は他人に触れるのは極力避けたい。


麗のスキンシップだけは嫌味がなくて気にならなくなったが、パーソナルスペースは広い方。

距離を詰められるのも、嫌悪感が強い。


「試したいなら満足するまで俺のこと試したらいいし、好きなだけ他の男と比べたらいいよ。負けないから。」

「じ、自信かじょー…」

「そうかなー?でもこんなにあーちゃんのことわかってる男いないもん」


返す言葉がなかった。


亜由美はこだわりが強い。

仕事でもプライベートでも。


作業は全く無駄なく終えたいし、外で着てた服のままベッドに寝るなんて許せない。食べ物のシェアも嫌で、取り分けは必ず別の箸を使う。

言い出したらキリがないが、細かいことがとても気になる。社交の場なら愛想笑いでやり過ごすが、プライベートで我慢するのは絶対イヤ。


他人と関わってペースが乱されるくらいなら、1人がいい。


「絶対付き合わないっていうクセに、酔ってたり、朝寝てるとき、たまに頭撫でて好きって言ってくれるし」

「ハ、ハァ!?お、起きて…」

「目を開けたくないだけで聞こえてはいる」


頬が熱を持つ。

聞こえてないと思ってるから告げられていたのに。


「あーちゃんは今さら折れられないんだろうし、オレはこのままでもよかったんだけど」


逃げたくとも、真紘の力に敵うわけもなく。


キツく抑えつけられているわけではないのに、僅かな抵抗は簡単に絡め取られる。


「ねぇ、あーちゃん」


チラリと顔だけ振り返ると、垂れた耳が見えそうなほど、不安そうな真紘。


「オレのこと、麗ちゃんの次くらいには好きでしょ…?」


それは、まるで飼い主に怒られた仔犬のようで。


「ふ」


そこは弱気なのかと、思わず笑ってしまった。


「わ、笑わないでよ。だってあーちゃん、麗ちゃんだけはペースが乱されても一緒にいるじゃん。麗ちゃんが男だったら、オレ太刀打ちできない…」


亜由美より大きい体で縮こまるから、ムクムクと悪戯心が顔を出した。


「実は女の人が好きって言ったらどーする?」

「え…」


ガーンと音がしそうな程、ショックを受けて青ざめる真紘。


出来心で言ってしまったが、亜由美は想像のままの反応で、今度こそ声を出して笑ってしまった。


「あはは、ウーソー。真紘が好きだよぉ」

「え……えっ!?」


青くなったり赤くなったり、真紘は忙しい。


「さぁ、明日もあるしお風呂入って寝よっかぁ」

「ちょ、ちょちょちょ待って!?もう1回言って!?」

「言わなぁい」

「え、どっちがほんと!?ねえ、あーちゃん!」


いつでも仔犬のようにじゃれてきて、怒っても不機嫌でも、根気よく機嫌を取ってくれて。

悪趣味と言われようと、真紘の困った顔見るも、結構好きだ。


「あはは、カワイー」


しょんぼりしている真紘に、あとでちゃんと、起きてるときに好きと言ってあげようと、上機嫌で亜由美はお風呂に向かった。








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