姉と妹
「まぁくん心配しすぎでしょ…仕事ほっぽり出して信じらんなぁい」
食堂スペースで、姉を目の前に、サンドイッチをモグモグしている。
佳央理は、コーヒーを飲みながら大袈裟にため息を吐いて見せた。
「アンタねぇ…真紘くんが申し出てくれなかったら、家に連れて帰られてたよ」
「…みんなまぁくんに甘すぎなのよぉ」
小さい頃から知っているからとは言え、真紘にいろいろ任せすぎだ。
亜由美があまり実家に帰らない分、実の娘よりも真紘の方が信頼されているような気もする。
「パパとママ、亜由美が真紘くんと付き合ってると思ってるからでしょ?」
「は…」
「こんな仲良くてさぁ?家の行き来してて?公認の仲じゃなきゃ許されないでしょ。」
佳央理に言われて、ハタと気が付いた。
この距離が当たり前になりすぎていて、そんなことにも気付かなかったなんて。
「アンタが仕事に明け暮れてても、歩いて帰れる距離なのに年1.2回しか帰って来なくても何も言われないじゃん?ソレ、真紘くんが定期的に亜由美がどうしてるか、パパとママに話してくれてるからだからね」
何も言ってこないと不思議に思ったことがないわけじゃない。
でもてっきり、亜由美に何も言ってこないのは、呆れて、諦められているからだとばかり思っていた。
「そもそも考えてもみなよ。あの両親が結婚急かさないと思う?見合い話の一つも持ってくるでしょ」
「そりゃ…」
「私だって大変だったんだからね?実家にいるのもあるけどさ、いい人はいるのかとか、結婚はとか。彼氏いるってお見合い断ったら、連れてこいってなるし。付き合ったばっかの彼氏、そんな簡単に連れて来れないよそんなのー」
「………」
「言わないで!わかってるわよ?職場まで近いからってずっと実家にいるのが悪いのよ?」
初めて聞く佳央理の愚痴に、亜由美は圧倒された。
佳央理はこんなことを言う人だっただろうか。こんなにたくさん話す人だっただろうか。
だって、佳央理はもっと、いつもしゃんとしていて、愚痴なんて言わずに清く正しく微笑んでいて。
亜由美が、何となく避けて、話そうとしなかっただけ?
「もうあまりに不憫だから言っちゃうけど、真紘くんだからね?」
「…ナニがぁ?」
「あんたが仕事楽しそうだから、口裏合わせてって言ってきたのよ」
「ナニ」
「真紘くんが、亜由美と付き合ってて、結婚も考えてて、プロポーズのタイミング見計らってるから見守ってくださいって。…ふふ、パパたちの盛り上がり様は面白かったなー」
「………」
「ま、真紘くんは亜由美にお見合いとかしてほしくなかったとも言う」
亜由美は絶句した。
両親は佳央理にばかり結婚の話をするとは思っていた。でもそれは、佳央理が期待された長女で、亜由美はどうでもいいからだと。
「それは…姉さんには期待しているからでアタシは…」
「えー?アンタがそれ言うー?休みの日はアンタのことにかかり切りだったでしょ。私が風邪ひくとため息吐かれたんだからね?ひどいよねー私だって好きで体調崩してないってのに」
初めて聞く話に亜由美は唖然とした。
全く、逆のことを思っていたから。
「だったらせめて、勉強するとか、褒めてもらえることするしかないじゃない?品行方正な佳央理ちゃんの出来上がりよ」
困っちゃうわぁ〜と楽しそうに話す佳央理。
儚げな、生徒会長らしい品行方正な佳央理より、人間らしくて好感が持てる。
「何でそんな拗れてるのか知らないけどさ、告白されてるんでしょ?亜由美も真紘くんのこと好きだと思ってるんだけど、違うの?」
「だ、だって、まぁくんは好きな人…」
聞いたこともないような弱々しい声しか出せない。
「え?亜由美でしょ?真紘くんが好きな人はずっと。」
「中学生の頃」
「だから亜由美だって。亜由美見に行くの付き合わされてたんだから、私」
「それは…」
歯切れの悪い亜由美の言葉を、佳央理が急かすこともなく、待つから。
「…姉さんといる口実、でしょ…?」
今までずっとつっかえていたものを、口にしてしまった。
佳央理はきょとんとしばらく固まった。
「え、まさか真紘くんが私のこと好きとか思ってる!?むしろ逆よ?私はちょっといいなって思ってた時期のあったけど、真紘くん亜由美のことしか見てなくて諦めたんだから!」
「ま、まさかぁ」
「亜由美のことしか話さないし、亜由美のことばっか真剣に見てるし、それを揶揄うと真っ赤になって照れちゃうから可愛くていつもイジってたくらい。ダシに使うだけ使って酷いもんよ」
「でも、いつも佳央理ちゃん佳央理ちゃんって…」
「アンタとの共通の話題なだけでしょ。頼られてはいたと思うよ?今もね。真紘くんのお姉ちゃんみたいなもんだし?」
「え」
「レギュラー取れたから亜由美に試合見にきて欲しいけど興味なさそうだから、佳央理ちゃん、あーちゃんを連れてきてーって頼み込まれたんだから。私の方が泣きたかったわよ。それでもアンタを引っ張って行った私に感謝してほしい」
そんなバカな。
だって。
でも。
「初めて言ったわ、私の初恋!あ、安心してね、身近な人だから気になっただけ?みたいな思春期によくあるヤツで、全く好みではないから真紘くんは」
「そ、そぉ…」
ぐるぐると思考がまとまらない。
「あーもー何?そんなにモヤモヤ抱えてるなら、私になり真紘くんになりちゃんと聞きなさいよね。」
パチン
「いったぁ!」
佳央理が亜由美のおでこを弾いたのだ。
ネイル付きのデコピンを受け、亜由美はテーブルに突っ伏す。
積年の恨みを込められたデコピンは痛い。
車にぶつけた腕より痛い。
「なんか遠慮?してるなら、私は結婚するし?もう関係ないんじゃないの?」
ほら、と、佳央理は食堂の入り口を指さす。
「私なら、あんな必死で駆けつけてくれないと思うな」
食堂の入り口でキョロキョロと亜由美を探し、見つけると嬉しそうに足早に近寄ってきて。
「あーちゃん、お待たせ。佳央理ちゃんもありがとう。」
サンドイッチと食べている途中なのを見ると、真紘は迷わず亜由美の隣に座った。
「私はもう行くね。真紘くん、亜由美がなんか誤解してるみたいだから、ちゃんと話してあげて。」
「ちょ」
「亜由美もね。私に言ったこと、ちゃんと真紘くんに話すのよ?」
にっこりと笑って、佳央理はさっさと出ていってしまった。
「どうしたの?何かオレに」
「あぁ!も、もう帰ろうか。スーパー寄りたいんだけど!」
「う、うん。」
声が上擦った。
あからさまに話題を逸らすような、こんなこと、普段ならしないのに。
サンドイッチを詰め込んで、立ち上がると、当然のように手を引かれた。
ずっと、外ではやめてと言っていたのに、ほどけなかった。
真紘が手を繋いだ瞬間、すごく安心した顔をしたから。