ランチとトラブル
「ただいまー!」
「おかえりなさぁい」
社長である麗が帰ってくると、一気に部屋が明るくなる。
「お昼食べた?」
「まだですぅ」
「じゃああそこ行かない?最近できた和定食屋さん!今通ったら空いてたの!」
「いいですねぇ」
集中していたら、1時を回っていたようだ。
黙々と作業するなら在宅でもいいのだが、家だと気分が切り替わらないのが嫌で、亜由美は基本毎日出勤派だ。
亜由美はパソコンを閉じると、スマホと財布だけを持って立ち上がる。
ビルを出て、お目当ての和定食のお店へ、裏路地を2人で歩く。
「ねぇねぇ聞いて、昨日ね、秋がね」
「まーったく、付き合った途端ノロケですかぁ」
「えへへ、だって」
「ちゃんと仕事してくれればアタシは」
「キャーー」
キギィィイィィィィーー
ブレーキ音の方を向く間もなく、体への衝撃とともに、視界は反転しーーーー
◇◆◇
「亜由美!??」
「大丈夫なのか?どこが痛いんだ?」
病院の待合室に入ってきた両親と姉の姿に、亜由美は頭痛を覚えた。
「ハァ?」
「麗ちゃんから、亜由美が事故って連絡もらって!」
運転手は寝不足での運転らしく、細い道で亜由美と接触した。
ぶつかった腕が痛むのと、尻もちをついたときに手のひらをちょっと擦りむいたくらいだ。
車道側を歩いていた亜由美が接触しただけで、麗は無傷。
「……おおげさぁー。」
そのときの麗の気の動転具合を思い返すと、不思議でもないなと思い直した。
救急車を呼ぼうとする麗を止め、ハンカチで血を止めながら警察に連絡して運転手の連絡先を聞き、諸々の手続きを終えて自分で病院に来たのだ。
その間、麗を落ち着かせたつもりだったが、足りなかったか。
家族には連絡しなくていいと言ったのに、連絡して話しているうちにパニックになったというところだろう。眼に浮かぶ。
「大丈夫よ、ただのーーーー」
「あーちゃん!!」
バタバタと待合室に駆け込んできた姿を見て、亜由美はさらに頭を抱えたくなった。
「よかった…っ!」
「ちょ」
汗でじっとりした胸に抱き込まれる。走ってきたのか、胸が大きく上下している。
「……やめて、おおげさ」
周りの視線が気になり、亜由美はグイと真紘の胸を押して離れた。
「あーちゃんどこが痛いの?手?血は?動くの?」
「病院なんだから静かにして?…手の打撲だから。動くし血は止まった。骨もなんともない」
「ほんとに?頭は?首は?こういうのって後からくるって」
「あーもう、大丈夫だって。掠っただけなの。明日一応消毒しに来てってだけ」
本当は右手が少し動かしづらい。
箸やペンは持てないかもしれないが、スプーンやフォークは持てそうだし、左手は使えるし、治るまで惣菜かコンビニ弁当で凌げばいい。
パソコンでの作業が主なので、多少不便でも仕事も問題ないだろう。
「もう会計して帰るだけ。仕事戻っていいよぉ。わざわざありがとー」
「送って行くから。明日の病院も付き添う。」
「あのねぇ、仕事あるでしょ?」
「フレックスで早上がりでも休みにでもできる。商談もないし問題ない」
「…子どもじゃないんだから1人でだいじょーぶ」
そう。1人で大丈夫。
家族に頼らなくても、男に甘えなくても。
「亜由美、何かあったらいけないから、真紘くんに送ってもらいなさい」
「そうね、それなら安心ね」
父と母の後押しもあり、亜由美は折れた。
ここで嫌だと言えば、実家に連れて帰られるだろう。パソコンも持っていないし、自宅に帰れないのは困る。
「ごめんあーちゃん、一本電話入れてくる」
「はぁい」
「すぐ戻るから!待っててね!」
「…仕事戻りなって。心配なら夜様子見に来てくれればいいよぉ」
「だめ!」
急ぎ様を見るに、残っている仕事があるのではないか。
両親を先に帰して、亜由美は1人で帰る算段をしていたところ、
「あ、じゃあ私病院の食堂で一緒に待ってるね」
「ちょ」
「佳央理ちゃんありがとう」
佳央理がスッと横から入って、亜由美の背中に手を回して、食堂の方に促した。
そうしないと連れ帰るぞと両親の目が言う。
お昼を食いっぱぐれていたのでちょうどいいかと、亜由美は渋々従うのだった。