姉と恋心
今週は真紘とは会っていない。
週に何回かは会いに来るのに。
真紘からは毎日うるさいくらいメッセージは来るが、亜由美は既読にして返信しなかったり、気が向いたら返信したり気まぐれだ。
「作りすぎた」
土曜日の夕方、メッセージを送ると、すぐに既読になった。
返信は「アイス食べる?」だ。
一言で伝わる人はいい。
「あはは、おばけかと思った」
亜由美の作ったものに文句をつけないのも、すっぴんどころかパックしたままの顔で出迎えても動じずにニコニコしているところも。
「アイス買ってきたよ!あーちゃん好きなやつ」
「ありがとぉ。」
アイスを冷凍庫に入れると、汗拭きシートで体を拭いて、真紘用の部屋着のグレーのスウェットに着替えている。
そのまま寛ぐと、亜由美が怒るからだ。
ちなみに、部屋着とお風呂に入った後のパジャマは別にある。
以前亜由美の部屋で、真紘が外から来たままの服でベッドに腰掛け、ブチ切れた亜由美にベッドから突き落とされ正座で叱られた経緯がある。
「今日は何作ったの?」
「作り置き。生姜焼きあるよー」
「美味そ!」
鶏そぼろと、小松菜の煮浸しと、きんぴらごぼうと、ぶり大根、なめこの味噌汁、それから、真紘の好物の豚の生姜焼きだ。
地味な、亜由美の胃袋が求める食事。
キラキラしい外食もSNS映えするから食べに行くが、できることならこういうのが食べたい。
「美味しい!あーちゃんは料理も上手だね。」
そう言いながら、地味な副菜たちも、真紘のために焼いたも同然な豚の生姜焼きも、他のおかずもするすると入っていく。
「んーーうまーー!」
狡いことをしている自覚はある。
応えもしないで、真紘をいいようにしているのだ。
佳央理なら、きっと、こんなことしない。
「そういえば、佳央理ちゃん婚約したんだって?」
思ったところで、その名前が出てきてドキリとした。
「そーみたーい」
「式の日取り聞いた?」
「さあ」
「もう、来年の6月だってよ。ジューンブライドってやつ。」
「ふうん」
「空けといてあげなよ。」
「ん」
「寂しい?」
「別に」
真紘は、亜由美と会う度こうだ。
佳央理がこう言ってた、両親が心配してた、たまには帰ってあげなよ、と、世話を焼く。
大人気なくも、毎回突っぱねているのだが。
「ご馳走様でした!美味しかった!あ、これも洗うね」
「ありがとー」
空になった食器をキッチンに持って行き、慣れた手つきで洗い始める。
食器を洗うのはいつも真紘の役目なのだ。
亜由美は、自分の食器をシンクに置いた。
スポンジで泡立てている真紘の隣に立つ。
「ねぇ、まぁくん」
「んー?」
「姉さんのことは…」
もう、諦めついたの?
「…何でもない」
その一言は、また言えなかった。
だって、今もこうやって、実の娘の亜由美より、真紘の方が両親に会ってるのではないかなと思う。
それって、今も佳央理に会いに行くほど、好きということで。
代わりだよって、真紘に言われたら、立ち直れる気がしなかった。
「えー!あーちゃん意地悪!言いかけてやめるの気になるからやめて!」
オーバーリアクションな真紘は無視して、アイスを冷凍庫から取り出す。
亜由美はあんこの入ったアイス、真紘はソーダのアイスだ。
「泊まる?」
「うん」
「映画観るけど」
亜由美がローテーブルでタブレットを持って映画を探していると、
「オレも」
真紘は当然のように、亜由美を後ろから抱きしめて、一緒にタブレットを覗く。
「この前の続編?」
「うん」
亜由美も、背中を預けてアイスの袋を開けた。
やめなきゃ。こんなこと。こんな、不毛なこと。
そう、思うのに。
◆◇◆
モデルになったのは幼稚園の頃だったらしい。
可愛いと言われるのも、可愛くしてもらえるのも大好きだった。
何かの撮影の度に、母親と佳央理と一緒に真紘が見に来てくれた。
会場の端で並んで座る2人を見ていて、ある日気が付いた。
真紘が佳央理に向ける表情に。
頬を染めて眉を下げた困ったような表情。
亜由美には、仔犬のように無邪気な表情しか、見せてくれないのに。
ズキンと痛む胸に、恋心を自覚したのと同時に失恋した。
佳央理も「真紘くんかっこいいよね」と言っていた。
遠巻きに見ていたクラスの女の子達が、誰が好きーと離している姿と重なった。
付け入る隙もないなと、感情に蓋をしたのだ。
未だにこうやって真紘が亜由美に構うのは、佳央理との繋がりを切りたくないからで。
まだ佳央理が好き?
婚約しても、諦められないくらい、好き?
その一言がずっと聞けないでいる亜由美は、意気地なしだ。