野球と告白
ジメジメと蒸すある初夏の晴れた日。
「好きだ」
そうストレートに告白されたのは、中学3年生の頃。
背は小さかったのに、いつの間にか抜かれて、見上げるようになっていた。
可愛い顔立ちは、男らしく成長していて、小学生の頃ほどの気やすさはなかった。
日に焼けた肌でもわかるくらいに顔を真っ赤にして。
野球のユニフォームで、野球やってるときと同じくらい真剣な表情で。
平静を装って、ごめんねって言った。
だって、代用品なんてごめんだったから。
セーラー服のスカートをギュッとにぎった手が、真っ白になっていて。
本当は泣きそうだったのに。そういう感情を見せないのは得意だった。
◇◆◇
「なっつかしい夢見たぁ」
あのとき亜由美は、何を理由に断ったんだったろうか。
真紘はそれからも態度は変わらずに、でも折を見て何回何十回と亜由美に告白してくれた。
一体亜由美の何がそんなにいいのか。
訊いたこともあったけど、可愛いところ、とか、料理上手なところとか、いろいろそれらしい理由は述べてくれた。
その度に、頬を染めて佳央理と話す真紘の姿が思い浮かぶのだ。
亜由美には、そんな表情してくれない。
仔犬のようにじゃれて甘えてくるだけで、照れた顔なんて。
◇◆◇
「ほら亜由美、今投げてるの真紘くんだよ。」
「…それくらい、わかるよ…」
「かっこいいね!」
佳央理に誘われて、というより、無理矢理引っ張られて試合を観に来た。
日に焼けると赤くなるから、日光対策は万全だ。
日傘が邪魔にならないよう、人のいない隅っこに座った。
ジリジリと暑く、こんなことでもなければ、長時間外にいることなんてない。
真紘はピッチャーらしかった。
こんな暑い中毎日頑張っているんだなと、ちょっと見直した。
球を投げる前の真剣な表情も、チームメイトとハイタッチしながらベンチに戻る姿も、小学生の頃見た姿より、大人っぽくなっていて、目が離せない。
泥だらけで、チームメイトの輪の中で笑っている。
よく真紘に、試合のビデオや、高校野球の試合を見せられているから、ルールはなんとなくわかるくらい。
2アウト満塁。打てば逆転というタイミングで真紘がバッターボックスに立つ。
ふと、目が合った、気がした。
歓声がすごい。
沸き立つ応援なんて聞こえなくて。
チームメイトたちと喜びを分かち合う真紘だけを見ていた。
「すごいね!ねっ!!」
亜由美の肩を叩いて、隣で大興奮の佳央理。
そのまま守り抜いて勝ち上がったようだった。
おめでとう言いに行こうと亜由美を引っ張る。挨拶が終わるのを見計らって、佳央理は真紘の方に駆けて行った。
「真紘くん!」
「佳央理さん!来てくれてありがとうございます!」
「おめでとう!かっこよかったぁ!!」
佳央理にデレデレとしている真紘。
なになに知り合い?と、チームメイトたちが集まってくる。
出遅れた亜由美は、遠巻きに見る。
「え、亜由美さんのお姉さんなんですね!」
「あれ、生徒会長?卒業生?」
「えー覚えててくれたのー?」
「真紘ばっかこんな美女の知り合いずりぃ」
チームメイトたちが、真紘を小突く。
「好きな子が来るからって張り切ってたけどそういうこと?」
「ちょ…!」
チームメイトの1人がニヤニヤと小突くと、真紘は真っ赤になってその人の口を押さえた。
佳央理はそれを見てクスクスと笑っている。
ーーーあ、そういうこと。
レギュラー取れたと言ってきたのは、真紘。
でも、試合観に行こうと誘ってきたのは佳央理だった。
それは、真紘が亜由美ではなく佳央理を誘ったということで。
…付き合って、るのかな…
羨ましかった。
亜由美はワイワイする中に入っていけるタイプじゃない。
陽に焼けて爽やかな野球少年の真紘と、品行方正で清楚な佳央理。
真面目な学生らしく、釣り合うのではないか。
派手な見た目で、友達のいない亜由美と違って。
羨ましかった。何もかも。
いとも簡単に、輪に入れることも。
真紘と並んで絵になることも。
……真紘に、試合に呼ばれるくらい、好かれていることも。
真紘と目が合った。
あーちゃんと唇が動いた気がしたが、佳央理を置いて、亜由美は仄暗い気持ちを抱えてその場を後にした。
おめでとうも、かっこよかったよも、亜由美は真紘に言えなかった。
それからまもなく、佳央理が同じ高校の人と付き合っているという話を、本人に惚気を聞かされる形で知った。
いいね、愛される人はと心の中で毒付きながら、その惚気をただ聞いていた。
そして、真紘が気になった。
佳央理から直接聞いているのだろうか。
きっと聞いているのだろう。
最近真紘が思い悩むような表情をすることが多かったのは、そのせいだったのかと納得した。
その直後だった。
真紘に告白されたのは。
真紘は佳央理のことが好きだったはずなのに。
佳央理だって、初めての彼氏に舞い上がっているだけで、きっと…
亜由美と佳央理は、雰囲気こそ真逆だが目鼻立ちだけなら似ている。
佳央理ではないなら、誰でもいいのかと、亜由美は唇を噛み締めた。