03『黄昏時の雷クモ』
テフナがいる木造の教室内に、放課後を知らせるチャイムが響く…
「今日も終わった終わった…ふぁ~」
1日の授業が全て終わったことで、気が緩み大きなあくびをするテフナの席の元へ、数人の同級生の女学生が寄って来る。
「テフナちゃん、昨日に頂いた砂糖菓子、とても美味でしたよ。」
「うんうん!なんて名前だったけ?…そう、ボンボンショコラ!」
「お紅茶にも合うし、ご馳走でした。でも、贅沢品を頂くばかりで申し訳ないよ。」
友人達の黄色い声に対して、喜びを感じるテフナが応える。
「気にしなくて良いよ、うちのカフェーと純喫茶で出す新商品の試作品だったから、皆からの感想がお代ってことで!そして、クリームソーダの提供も始めるって、お店のマスターが言っていたよ。」
微笑むテフナが、友人達にとって嬉しい新情報を伝える。
「まぁ!千日前や銀座のクリームソーダが、この村でも頂ける様になるんですね!」
友人の一人が嬉々としていると…レイがその会話の中へ割って入ってくる。
「皆、少しごめんね…私はこれから村の巡視警備の当番に向かうけど、テフナは?」
レイは、ベッコウ師としての務めに向かう事を伝える。
「うん、この後は部活だから弓道場に行くよ…レイ、気をつけてね。」
レイの方を見上げたテフナが気遣う。
「えぇ…また都市部では増えてきているって聞いてるし。」
キリっとした目が特徴のレイの語気が僅かに鋭くなる。
「卜部先輩、お疲れ様です。いつもありがとうございます。」
テフナの友人の一人が感謝を伝える。
「えぇ…それがこの地を代々、守ってきた卜部家と源坂家の役割だから当然よ…ね?テフナ?」
レイが敢えてテフナに対しても問い掛ける。
「うん…それが源坂家の…ひいては、源家にもたらされた『権利』と『責務』だから。」
それまで明るかったテフナの声のトーンが、一つ下がる。
「それじゃあ…テフナ、また後でね。」
短く別れの挨拶を告げたレイは、教室の扉の前に立った時点で再びテフナの方へ振り向き、軽く手を振り…その場から去る。
「よし、私も部活に行くから、皆またね。」
テフナの言葉を皮切りに、友人達も帰宅やら部活の準備を始める。
ーーー
木造校舎に隣接する弓道場で、唯一の部員として練習していたテフナが、ふと道場内に掛けられた時計に視線を向ける。
「もう下校時間かぁ…レイの見回りも終わった頃だろうし、詰所まで行かないと。」
黄昏時のほのかに薄暗い空を見上げたテフナは、レイと共に家路につく為に…この赤坂村のベッコウ師達の詰所の一つに急ぐ。
弓道場の戸締まりを終え、その鍵を職員室へと返却しに行こうとした、次の瞬間…
赤坂村の夕空に、赤い稲妻がテフナの身体の芯まで響く様な轟音を立てながら落ちる。
「この音は…レッドスプライト…」
驚きと焦りが混じった言葉を漏らしたテフナは、学生鞄と軍刀が入っている竹刀袋を一緒に持つ手に無意識に力がこもる。
その稲妻が落ちた周囲では、生じる特殊な大気の電場を利用し…人類の敵である寄生体『雷クモ』が、空を舞う。
「とにかく先ずは…学校に残っている人達を、緊急時の避難所に誘導しなきゃ…大丈夫…訓練通りにすればいいだけ…」
ベッコウ師としての指南書を思い出すテフナは、竹刀袋から取り出した軍刀を袴の腰元に差した次に…袴の内ポケットから【ミナカ式C型拳銃】を取り出し、初弾を薬室へ装填し構える。
「運動場には、もう誰も残っていないか…次は体育館…」
テフナは弓道場の眼前に広がる運動場から、片田舎特有のこじんまりとした体育館へと視線を向けて駆け出す。
よし…っと短く決心の言葉を呟いたテフナは、体育館の扉を慎重に開け…室内の様子を伺う。
「ベッコウ師の一人、源坂テフナです!赤い稲妻が近くに落ちたので、避難所に向かって下さい!」
ボール避けの為の格子越しにガラス張りの天井から差し込む夕日によって、微かに赤く照らされる室内にテフナの張上げた声が響く。
しかし、不気味な空間からは、人の気配を感じられない…
「誰もいない…それじゃあ次…」
改めて体育館の端から端まで見渡したテフナは、木造校舎へと急ぐ。
校舎への正面玄関口の付近で教師一人と生徒数人が一塊になっている…
その男性教師は、香水の容器に似た小型の霧吹き器で生徒達の手首に対して、吹き掛けている。
霧吹き器の液体には、雷クモが嫌う桃の果汁が僅かに含まれており、その拒絶反応で寄生の有無を判断している。
「あぁ、源坂か!校舎内はあらかた声を掛けて回ったのだが…」
ベッコウ師であるテフナの姿を見た教師の表情が曇る。
「テフナちゃん、はるかちゃんが見当たらないの…まだ、学校に残っていた筈なのに…もう先に帰っただけなのかな?」
授業終わりにテフナと雑談の輪にいた女学生の一人が不安を漏らす。
「分かった、はるかがまだ居るかもしれないのね…夕日が沈んだら危険度が増すから、たきな達は先に避難所へ行っておいて…先生、お願いします。」
「ベッコウ師とは言え、お前も気を付けろよ。」
テフナから任された男性教師は、生徒数人を避難所まで先導する。
下校時間まで学校に残っていた生徒や教師達もいなくなったことで、本当に静けさに包まれた校舎内を、テフナは雷クモに寄生された人間に対しても有効な45口径の半自動式拳銃を構えながら慎重に巡回していく。
また一部屋、一部屋と安全確認していき…3階建て校舎の最上階の最奥にある図書室へとたどり着く。
「はるか…いるの?」
最上階まで誰一人ともすれ違わなかったが、テフナは念のために声を掛けるが…
返事は返っては来ない。
「たきなが言っていた通り、どうやら先に帰っていたみたいだね…」
そう独り言を漏らしながらテフナが、図書室の中をゆっくりと時計回りに確認していく。
校舎の次は…部室棟の方も確認しないといけないよね…っと考えていたテフナの思考が止まる。
「何これ…血…」
異変に気付いたテフナが視線を落とした床には、数冊の本が散乱しており…その本は部分的に赤く染まっている…
そして、血痕を眼で追った先には…木造のロッカーがあり、その足元には一際、大きな血溜まりが出来ている。
「(嘘でしょ…初めての雷クモとの会敵が、学校だなんて…)」
焦りを振り払う為にも、テフナは銃口をロッカーへと向ける。
しかし、恐怖心を増幅させるかの様に、ロッカーが大きな音ともに激しく揺れる。
「わ、私はベッコウ師!今から数を5個、数えるわ!数え終わるまでにゆっくりと出て来て下さい!」
焦りからテフナの口調が、コロコロと変わってしまう。
「5…4…3…2…」
1っと言うタイミングと同時に、ロッカーの扉が勢い良く開かれ…女学生だったものが下半身だけの状態でテフナの足元まで吹っ飛んでくる。
「っう!…はるかじゃないよね…」
目の前の惨劇に対して吐き気に襲われたテフナが、自問自答していると…
「あぁ…テフテフ…テフナちゃん…まぁ!クリィムゥソーダを頂けるなんて!」
聞き覚えのある嬉々とした声よりも明るく狂った声が、テフナに現実を叩きつける。
「そんな…はるかが…」
狼狽えるテフナの眼前には、人としての理性を乗っ取られた友人が口の周りを赤く汚し、ユラユラっと佇んでおり…その友人の首元の皮膚の下で、寄生された証である足が長い蜘蛛が蠢いている。