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竜族の異端者 〜嫌われ者の大冒険〜  作者: 黒部
無情のジルドラス編
9/91

8話 ルルアの苦労

それからルルアとはよく会うようになった。彼女はクスルゼインから少し離れた屋敷で使用人として雇われており、よく使いを頼まれ、馬車に乗ることでよくこのクスルゼインに訪れていた。


しかし、自分をいじめる少年たちに見つかる事があるかと思い、いつも心細い様子で街に歩を進めていた。


アルシュもそんな彼女が気になって、剣を教えてくれる人を探すついでにルルアに顔を見せるようにしていた。

そして今日も、アルシュはルルアが一人にならないために声をかける。


「おう、ルルア」

「アルシュ、また会えたね」

「せっかくだし、またお前の買い物について言ってやるよ、まぁ、護衛にもなるかどうか分からないけど...」

アルシュは頭に熱が昇っていた。いつも1人だった彼は、そもそもジャミル以外の誰かと行動を共にする事などこれまで無く、ましてや今回の相手は女の子。人見知りの少年にとっては荷が重かった。


「どうしたの?顔赤いよ?」

「そうか?俺、いつもこんなだから、アハ、アハハハ...」


苦い笑みを浮かべて誤魔化そうとするアルシュ。ルルアは彼の思考が分からずキョトンとした表情で彼を見つめている。

流石にこのままでは空気に押し潰されてしまいそうなアルシュは無理やり話題を切り替えようと、


「じゃ、じゃあ行くか!」


普段よりも大袈裟に素振りを見せて声を高らかに上げた。

アルシュの震える大きな声がルルアの買い物の合図となる。

不思議な緊張感で体が思うように動かない風にの感じたが、「俺は今から護衛をするんだ!」と心に念じながら歩く。


「ねえ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫だって言ってんだろ!?」


アルシュは見栄を張っているが、大丈夫ではない。胸が、心の奥底が煮えたぎるように熱い。首を一直線に向けたまま真横にいる彼女の方を向くことができない。

あの時ルルアに「気にするな」と躊躇わずに言ったことを少しだけ後悔している。

顔が赤く、体が石のように固い。恥ずかしいと感じるが、不思議と気分は悪くなかった。

ルルアと会ってから2週間が経つが、相変わらずこの不思議な感情には慣れない。

逡巡しながらただひたすらにルルアと共に、露店を巡る。

ルルアはそんなアルシュに懸念を隠さずにはいられない。


「ねえ、どこかで休憩する?」

「別にいいよ、俺全然へっちゃらだし。早く行こうぜ!遊びに来た訳じゃないんだから。荷物持つよ」

アルシュはルルアに強気な姿勢を見せ、品物の入った袋を預かった。


「お、重っ...くねぇ〜....!!


重い!とアルシュが言うと思ったルルアが「無理しなくていい...」と言いかけようとしたが、アルシュはそれを遮る。


彼は意地を張ってルルアに荷物を預けようとはしない。

ついて行くだけの自分に負い目を感じ、少しでも彼女の負担を減らしてあげたかった。


しかし、ルルアが働く屋敷の住人たちの食糧の入った麻袋は見た目以上に重く、アルシュは密かに驚く。

両腕は既に疲労し、根を上げようとする。顔色は紅潮し、額からは汗が滲み出す。やがてそれは頬を伝って地面に滴り落ちる。

荷物を手放せばどれだけ楽になれるだろう。


「なんの、これしき...っ!」


そんな考えを脳裏から掻き消して、彼はひたすら堪える。


毎回こんなに重い荷物を抱えているのか、そう考えるだけでもルルアの大変さが身に染みるようだ。


今まで力に自信がなかったわけではない。この前ルルアを助けようとした時は、多勢に無勢だったが一対一なら袋叩きにされる事にはならなかった筈だ。

現状では荷物の入ったこの袋を持ち歩く事に苦労している。

が、それをルルアは両手で抱えて涼しい面持ちで歩いていた。


「ということはつまり、ルルアの方が力あるんじゃ?」


アルシュは自信のあった力が横で歩く小さな少女に劣っていた事に落ち込みを隠せない。

荷物を抱える腕に力を込めながらも、その表情は萎んだ花のようにショボくれていた。

アルシュは、先ほどまで威勢のあった事が信じられないほど弱々しい口調でそっと呟く。


「もしかして俺って弱いのか〜....?」

「アルシュ?どうしたの?」


小さく呟いたはずの独り言がルルアの耳に届いていた。彼女は首を傾げて問いかける。

アルシュは背中をギクっとさせ、両手の掌を振りながら早口でその場を切り抜ける。


「い、いや?別に!?買い物って大変な仕事だろうに、ちゃんと果たそうとするルルアは偉いって思っただけだよ!」

「別に大した事じゃないよ、これくらいできなきゃ使用人なんてやってられないし...」


ルルアは照れを隠そうとするが、顔に現れた火照りは消しきれなかった。

「ルルアは偉い」と言ったのは、アルシュは自身の誤魔化すために放った賞賛の言葉だったが、ルルアがすごいと思うのは事実だった。


クスルゼイン、ルルアにとってこの街は馴染みが薄く、自由な服を着ることも許されない。彼女の服はアルシュの着るものと同じくらいに質素で、誰から見ても彼女が経済的に恵まれていない事は一目瞭然だ。


そんな見窄らしい少女をシュードラの民だと嫌うヴァイシャの連中もいる。

それでも、迫害を受ける事を覚悟し、投げ出す事も許されず、仕事を着実にこなさなければいけない。


今回にしても、ルルアは遊ぶためにクスルゼインを訪れたわけではない。使用人としての制約の元、彼女は買い物をするためにここへ1人で来たのだ。

アルシュはそんな彼女が少しでも安心できればと思い、たまに付き添っていた。


「今日もごめんね。私と一緒にいたら君まで酷い目に遭うかもしれないのに...」

「き、気にすんな、俺だって別にお前に会うためだけにここにいるわけじゃないんだから」


アルシュは少し照れくさそうに目を逸らす。そんな彼に対してルルアは微笑む。その整った彼女の笑みが少年の心をくすぐる。

慌ててアルシュは必死に話を切り替える。


「そ、それよりお前って、なんで治癒魔法なんて使えるんだ?大人にだってできる人は限られてるのに」


「そ、それは...」


その質問に対し、ルルアの明るかった表情が陰り、俯く。

そして少し足取りが遅くなっている事で、アルシュは自分の質問に配慮が足りなかったかと思い気持ちが揺さぶられる。

「ご、ごめん...無理しなくてもいいよ」

「ううん、いいの。私の両親はエルムって村で元々戦いで負傷した兵士たちを治療してて、その時に手伝いをしてたら治療魔術が身についたんだ」


エルムといえばカヤールとの国境付近の地域だが、ジャミル曰く現在では戦禍に飲まれ、かつて存在していた周辺の村々は壊滅したらしい。現在では戦争の激戦地だ。

彼女はそれ以上話を続けようとしなかったが、アルシュは彼女と両親の身に何が起こったのかを察した。


「なぁルルア、次はいつ来るんだ?」

アルシュからの唐突な問いにルルアは「え?」と聞き返す。

「俺、もしまたお前がここに来る事があったら、これからも一緒について行ってもいいかな?」

「いいの?」

アルシュは自分にできる事がそれくらいしかないと思った。ルルアには心の支えが必要だ。前の少年達には喧嘩では歯が立たなかったが、自分がいるだけで少しでも救われるのならいてなるべくやった方がいい。


「当たり前だろ!お前を見てると危なっかしくてしょうがないんだよ!」


恥ずかしいと感じながらもアルシュは燦々と輝く陽の光を仰ぎ、自分の顔の赤らみを誤魔化そうとする。


彼女を1人にはさせない。アルシュはルルアを守ってあげようと心に決めた。

そうしてルルアを守ろうとしているうちに、剣を学びたいという気持ちは薄らぎ、消えかけていた。



やがて、二人は歩き疲れ、クズルゼインの街の間を通る川の土手で休憩する事にした。

ルルアは深くため息を吐き出す。


「ふぅ〜。疲れたね」

「そうだな」


石造りでできた白い建物は陽の光でオレンジ色に照らされ、川は悠久の流れを穏やかに進める。二人はそんな川をただひたすらに見つめていた。


「長い川だね。一体どこまで続くんだろうね」


川ではロクな思い出がないアルシュは、少し苛立ってルルアの話を逸らそうとする。


「そうだな。多分、世界の果てまで続いてるんじゃないか?」


世界の果てという言葉にルルアは目を輝かせ、空を眺めた。


「世界の果てか...一体どんなところなんだろうね」

「行ったこともねえのに知るかよそんな事」

「私も知らない、でも行ってみたい。将来、冒険して、そしていつかは世界を知りたい。それが私の夢」

「大した夢じゃねえか」


アルシュは思った。自由のないルルアが本当にその夢を叶えられる日が来るのかと。


アルシュ腕を頭の後ろに回して仰向けになる。そしてルルアを称賛の言葉を届ける。


「お前って本当にすげえな」

「え、なんで?」

「だって、普通そこまでハッキリと夢なんて浮かぶかよ」


「アルシュはないの?」


ルルアは肩をすくめてアルシュに聞き返すと、彼はため息を吐きながら答えた。


「俺は、あるにはあるけど、ルルアほどハッキリしてないと言うか...」


どうやらルルアはアルシュのボヤけた夢を聞きたがっているようだった。

一度は強くなりたいとは思ったが、以前に会った彼女の言葉が妙に刺さる。


「その後はどうする?兵士にでもなるつもりか?」


強くなりたいとは思っていた。兵士になりたいとも思っていた。だが、それで本当に父さんは幸せになれるのか。ヴァイシャの奴らを見返す事になるのか?


アルシュは自分の夢を話す事を躊躇い、結局言えなかった。

ルルアもそれ以上は追求しようとせず、話題を終えた。


「いつか話せるようになったら話してね」

「分かったよ。ったく、ルルアには敵わねえ」


ルルアは表情に照れくさそうにクスクスと小さく

笑った。


「お前もいつか、叶えばいいな、冒険」

「そしたらさ、その時は俺も誘ってくれよ。そしたら、また付いて行ってやるからさ」


ルルアは目を大きくさせ、日の光のような明るい笑みで答える。


「もちろん!」

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