69話 微かに見えた光
マシールはアルシュから湧き出る炎のように揺らめく輝きに目を見張る。
目に魔力を宿しても、その光を推し量る事ができない。
「あれは、魔力じゃない...一体なんなの?」
エリンもアルシュの纏う光が魔力ではない事に気付く。しかし、その正体を知る者はここにはいない。
「まぁいい。どうやらお前はまだ動けるようだな。だったら....!?」
マシールが言葉を連ねる刹那、すでにアルシュは間合いを詰め、湾曲した刃を振り下ろしていた。
「っ....‼︎」
火花が散り、日が静まり沈もうとしていた村の一瞬を明るく照らした。
アルシュと刃を交えた反動によってマシールの漆黒の装いは地を滑り、前方に靡く。
すんでのところでアルシュの不意打ちを防いだが、薄らと小さな傷から流れる血が頬を伝っていた。
「ベラベラと喚くな。とっとと始るぞ。俺は今すぐにでもお前の首元に噛みつきたくてウズウズしてるんだ」
自分自身の想定を超えた力に理解が追いつかない。しかし、気分は悪くなかった。
謎の力のせいか、今までにない謎の高揚感がアルシュを包みこむ。そして、早くマシールを切り裂きたくて仕方がない。
頬から伝わる赤黒い血が、一滴こぼれ落ちる。マシールは動揺を隠せない。
謎の光を纏う事によって急激な力をつけたアルシュの刃は自身に届きうる。
現にもし、今の切り込みを避けるのが一瞬でも遅れていればどうなっていたかと思う。
「クックック...クッハッハッハッハ!」
しかし、恐怖する事はなかった。マシールはこのクモレイア村に来て、初めて不気味に笑みを浮かべた。
「なにがおかしい?クモレイア村を、大勢を殺して置いてなにがそんなに面白い!!」
アルシュ黄金の眼光を向け、怒号と共に、光が風圧に乗ってマシールの方向へ吹き荒れる。
光と共に砂埃が舞った。
「くっくっく...すまない。小僧がここまでやるとは思ってなくてな。だが、お前も人の事は言えんだろ」
アルシュは顔を喜色に歪めていた事に気付く。友人達が痛めつけられ、キルガを殺された筈なのに。
憎しみという感情の他に、この現状を楽しむ自分がいる事に、虫唾が走った。
アルシュは快楽という感情を抑え込み、マシールに金色の眼光から殺気を放つ。
「うるせぇ...ぶっ殺してやる....!」
「いいぞ。本気でやろう」
マシールは下ろしていた刃先を前方に向けると、全身を刺すような殺気がアルシュに降り注ぐ。
アルシュは息を呑み、刀を前方に向けて構える。マシールはこれまで本気を出さず、呼吸をするように無勢で他勢を葬って見せた。
そんな彼が今ここで初めて本気を出すと言ったのだ。その際限のない力が発揮されようとしているにも関わらず、アルシュには恐怖はなかった。
今の自分の持てる力がどこまで効力を発揮できるかと言った期待と、マシールを死に至らしめる事しか考えていない。
先に踏み込んだのはマシールだった。音速とも思える速度でアルシュに接近し、刀を振る。
アルシュは自分でも信じ難いほどの反応速度で地を蹴り上げて回避。
反動の勢いを乗せてマシールに刃先を突きつけるが受け流される。
「遅いぞ!」
勢い余り、マシールに背後を取られる。
しかし、アルシュは背中を向けながらもマシールの動きを感知し、伏せることで刀身は空を切った。
そして手で地面を押し上げて勢いをつけ、後ろ蹴りを放つ事で、防御するマシールを退かせる。
「うぐっ...!?」
マシールは膝が地面に突きかけたが堪える。そして、腕を回転させる事で瞬時にこちらに向き直り、襲いくる殺意に満ちたアルシュに向けて横に一閃を放つ。
対してアルシュは激情のままに刀身を振り下ろす。もはやエリンやマリカに教えられた剣技などと呼べる代物では無く、相手の体に叩き込む事のみを考えていた。
しかし、アルシュを包み込む力が異常な速度をと重さを生み出し、マシールとの圧倒的な技術の差を補う。
金属音と共に、互いが放つ異常な力の衝撃がアルシュとマシールを弾き、二人の足が逆方向へと滑る。
「面白い、面白いぞ小僧。こんなに心が躍ったのは久しぶりだ。お前もそうは思わんか?」
「黙れ...!!」
マシールの笑みを見て、憤慨したアルシュは地面を蹴り、瞬時に間合いを詰めてマシールと切り結ぶ。
焦りを見せたアルシュの猛撃は激しさを増す。殺意を込めて、刀を滅茶苦茶に振り回す。
もはや刀を振るアルシュの腕をエリンやマリカは肉眼で捉える事ができず、目で追う事を諦めて、微かに見える線だけを見た。
マシールはアルシュの一つ一つの動作を見極めて的確にして俊敏に、その狂ったような乱撃を防いで行く。
やがて、アルシュの体から蒸気が立ち上り、彼を纏う光が小さくなって行く。そして乱撃が弱まった隙を狙って、マシールは反撃に出る。
横に振った刀を受け止めたアルシュの一撃が弾かれ、仰け反った所を狙い、マシールは地面を蹴り、刹那のうちに彼の腰に向けて一刀を放つ。
「オオオオオオ!!」
しかし、アルシュは崩れた体勢を力づくで戻すと共に力いっぱいに刀を振り下ろし、マシールの顔に向けて放たれていた。
瞬時に防御を取ったマシールは弾き飛ばされ、地面を転がりつつも瞬時に体を起こし、体勢を整え、アルシュを見て微笑んだ。
「認めてやるよ。お前は強い。だが、息が上がってるぞ、それほどの力を使うんだ。さすがに消耗が激しいようだな」
気付くと、体中から蒸気が立ち込め、息が荒くなっていた。胸が焼け、皮膚が爛れそうだ。
どうやらこれ程の力を行使すると、それなりの代償が付いてくるらしい。
「早く...決めないとまずいみたいだな...」
このままではマシールに斬られるか、自分の体がこの力に耐えきれなくなるかの二択だろう。そうなれば、あの男に勝てる者は誰もいなくなる。
最悪の状況を頭に浮かべ、柄を強く握りしめ、勝ちたいと心の底から願った。
すると、体中の光が刀に集約され、眩い程に輝いた。
「眩しい...!これが、アルシュの...力なの?」
「もしかしたら、行けるんじゃないか...!」
その光の輝きに対し、ビヨルンとエリンは手で目元を覆う。マリカは小さく笑みを溢す。希望がが脳裏に浮かび上がった。
勝てるかも知れない。そんな微かな光が、アルシュの掲げる刀身には込められ、強く輝いていた。
「全く、お前は面白い奴だ。気に入った。名前を聞いておこう」
マシールは刀身を鞘に収め、両手で柄と鞘を握ったまま腰を下ろし、黒ずんだ眼光をアルシュに向けて、狙いを定める。
すると、禍々しい黒ずんだ魔力が体外から湧き出てくるのがアルシュにも見えた。その靄は近づくもの全てを飲み込みそうな程の深淵となってマシールを包み込む。
おそらく、次に放たれるのは彼にとっての最大の一撃だろう。
アルシュは動揺を隠しながら、マシールの問いに答える。
「アルシュだ!」
「俺はマシール。お前を斬る者の名前だ」
アルシュとマシールは刃先を互いに向け合ったまま、十秒程が経過する。
誰もが固唾を飲んで二人の戦いを見守る中、先程アルシュが激突した家屋の壁の一部が崩れ、小石が地に落ちて転がった。
『ウオオオオオ!!』
二人は地面を蹴り上げる。音速を越え、風を弾き飛ばす程の勢いで刃を向け合う。
それは互いにとって最後にして最大の一撃を放った。
アルシュは刀身を振り下ろし、マシールは横に振る。
そして双方の刃が交わった時、凄まじい強風からなる強い衝撃が粉塵と共に周囲に放たれる。
「うぐっ!」
エリンとビヨルンはなんとか大勢を低くする事でその堪える。マリカも伏せながら手で顔を覆い、強風を凌ぐ。
そして嵐は収まり、エリンは顔を上げる。立ち込めた土煙の奥にアルシュとマシールの姿が見えた。
軌道が交わった後なのか背中を向け合っている。互いの持つ刀は折れているため、どちらが勝ったのか判断がつかなかった。
「まさか...」
マシールがそう呟き、間を置いたため、誰もがアルシュの勝利を信じた。
「ここで『暗影剣』を使う事になるとはな」
しかし、束の間の希望は一瞬で潰えた。アルシュの胴体は両肩から両腰にかけて十字に裂け、赤い斑点を勢いよく地表に撒らした。