63話 旅立ちの儀式
「アルシュ!こんな所に!」
少女の甲高い声が墓地の静寂を掻き乱す。振り向くと、風に群青色の髪を揶揄わせながら、慌ただしくマリカが向かってくる。
「マリカ、お前だって一体どこにいたんだ?寮にも外にも誰もいなかったからちょっと不安になっただろうが...!探さなかったけど」
「探しなさいよ!私はあなたを迎えに行ったらどこにも居ないから探してたのよ?」
「一体なんでだ!?」
「いーから早くっ....!?」
マリカは無理やりアルシュの腕を引っ張る。しかし、以前とは違いその体はビクともしない。
まるで壁に縄をつけて引いているようだった。
「あ、あなた...!いつのまにこんな重くっ...!?」
「何やってんだよ。付いてきて欲しかったら自分で歩くよ」
アルシュはマリカのおかしな言動に首を傾げながらも彼女の向かう方向に足を進める。
するとマリカはつんのめり、握っていた手を離す。
アルシュはその手をもう一度掴もうとしたが、マリカと同様にバランスを崩して地面に膝をつき、仰向けに倒れそうになって地面に手をつける。
「アルシュ...?」
地につけられた手の横で仰向けに倒れていた、呆然とするマリカの青い双眸が、アルシュの瞳に宿る。
その瞬間に声は消失し、その間を風が通り過ぎる事で二人の髪を靡かせる。
「う、うわぁ!」
アルシュは状況を知り、地に着く手に力を加え咄嗟に立ち上ってから後退りする。
「もう、なんなのよ今の反応は!もう少し言う事とかないの!?」
マリカも起き上がり、赤面を浮かべながらアルシュを問いただすと、「ごめん」とそっと呟く。
咄嗟に離れたのは、別にマリカに対して恐れ戦いた訳でもなく、特別な感情を抱いている訳でもない。
「フフフ、アルシュお前も随分と見せびらかすな」
「アンタは黙ってろ。今のことも絶対に誰にも言うなよ?特にビヨルンにはな!」
この状況に笑みを浮かべるミカイルに腹を立てつつも、この場にいたのがビヨルンじゃなくて良かったと、アルシュは深くを吐いた。
「で?みんなはどこにいるんだ?案内してくれるんだろ?」
「あなた、さっきの今でよくすぐに話を切り替えられるわね」
マリカは手を引かず、「付いてきて」と、かつてアルシュがこの村にきた時と同じように背中を見せて、案内する。
「じゃあ、ミカイル。なんか用があるみたいだから」
「ああ、今みたいに、仲間との思い出はたくさん作っておけ」
「あんた、やっぱりあの状況楽しんでただろ」
ミカイルは口角の片方をニィっと持ち上げて笑って見せた。
「アルシュ、何やってるの?置いてくわよ!」
それに対してアルシュは無言で肯定するミカイルに苛立ちを感じながらも、マリカの声に引かれるように、墓地を後にした。
アルシュは沈黙を突き通すマリカの背中を見ながら、いつもの大通りを歩く。
その後ろ姿に懐かしさを覚える。最初の頃は、村を案内するときも、マリカはアルシュに背中を向けていた。
村は敵襲によって破壊されて変わってしまったことに寂しさはあったが、その中でもマリカは以前との容姿が変わっていないように思えた。
「お前ってあの時と比べてあんまり身長とか変わらないよな」
「失礼ね。変わったわよ。エリンにだって背が伸びたって言われたもの。アルシュの目がおかしいんじゃないかしら?」
「うるせえ、俺の目は正常だ」
マリカは久しぶりにアルシュに悪態を突き、眉を顰める。
現に彼女の身長は以前よりも頭一個分ほどは大きくなったのだが、それに比例してアルシュの身長も同じくらいに伸びているため、マリカの成長がアルシュには分からなかった。
「ビヨルンには謝ったのか?」
アルシュはふと昨日の落ち込んでいたビヨルンを思い出してマリカに問うと、妖精族特有の尖った耳がピクっと動く。
「あ、謝っ...たわよ!」
「謝ってないな、お前」
アルシュは突然口調が途切れ途切れになる事で、マリカの嘘を見抜く。
「本当に謝るわよ!」
アルシュは信用しきれない彼女の宣言に肩をすくめる。そして、後で自分からビヨルンの元に行こうと決めるていると、村長の家の後ろの小道を抜けて進んだ先にある巨大な黒い石柱が見えた。石柱には縦に何やら文字が刻まれているようだったが、古文だろうか。
見たこともない形の文字をアルシュは読む事ができない。
その石柱の周囲を団員と村人が囲んでおり、エリンやキルガ、ビヨルンも集いに参加しており、手を合わせている。
「こ、これは?」
「知らないの?これは死者が神の住まう国に辿り着けるように祈る儀式よ」
神聖な空間によってもたらされる静寂な空間の中、マリカは儀式の邪魔にならないようにアルシュの疑問に答える。
アルシュがこの儀式に参加するのはこれで初めてだった。
周囲には、エリンやキルガ、ビヨルンが手を合わせている。
声をかけようと思ったが、マリカに背中を叩かれることで、思いとどまった。
墓石柱の前では白いローブを見に纏う司祭と思しき老人が魔物の襲撃によって命を奪われた団員達の名前を次々と挙げている。
そして中には涙する者もいて、静寂でありつつも、重い空気が参加者達を押し潰そうとしているようだ。
「我らが神、ユピテルよ!どうか我らが英霊を永遠の国へと導かん事を!」
そして司祭は全員の名前を言い終えると、片手に持っていた、煌びやかな装飾が施され、先端に魔力石のついた長い杖を掲げた。
すると、黒い石柱に刻まれた、文字が青白い光を強く放つ。
「何が起こるんだ?」
「しっ...静かに...!今魂を神の国に送っているところよ...!」
光の中、参加者達の表情が一層険しくなったようにも思える。
アルシュがマリカやエリンを友とするように、団員一人一人にも大切な者たちがいたのだ。
この儀式はそんなかけがえのない者との別れの儀式である。
アルシュは胸を抑え、苦しむ。一体彼らは何回この儀式を行い、友の死を悼んできたのだろうか。
いつかは自分にとっての友人たちもこの儀式によって送られるのかと思うと怖くて仕方がなかった。
多くの人々が死者が無事に旅を終えられるように祈る中、アルシュはただ石柱を睨みつけた。
もし、神が存在するのであれば、この世界にこれほど残酷な現状があると言うのに、救いを差し伸べず、ただ見ているだけの存在がアルシュには許せなかった。