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62話 竜族への偏見

ふと、力強くも穏やかな声がアルシュの耳を突き、二人の会話の中に入り込む。


「その息だ、ミカイル」


振り返ると、がっしりとした体格でアルシュよりも頭二個分ほどの長身の黒い短髪の中年男性が口髭で覆われた口を動かしながら向かってくる。


「おっさんは誰だ?」

「お、おいアルシュ!失礼だぞ!彼の方はカヤール軍を指揮するエリオス将軍だ!」

「将軍?って事は、アンタよりも偉いって事か」

「当たり前だ!」

「そんな人が何でこんな所にいるんだ?暇なのか?」

「おい!」


ミカイルは言動を改めない少年に肝を冷やす。アルシュは礼節など無視してエリオス将軍を真下から睨みつける。


「ほう、お前がアルシュか。いい面構えではないか」


エリオス将軍は髭に覆われた口角を持ち上げてその威厳のある顔をアルシュに近付ける。

アルシュはその眼光から放たれる底知れない迫力に動揺するが、瞳に込めた怒りを将軍から逸らすつもりはなかった。

その厚い筋肉に覆われた体と底知れない風格を見れば分かる。

この男は強い。エリンやマリカとは比べられない程に。将軍と呼ばれるのも納得ができた。だからこそ気に入らない。

一体今更何をしに来たのか。威厳のある面持ちをしているものの、クモレイア村が震撼している時に、この男が村に現れる事はなかった。

それにアルシュはエリオス将軍に存在を知られるのも嫌だった。

大体の多くは、彼を竜族だと知った途端に冷淡になる。マリカやエリンのような部類はそうはいない。恐らくこの男も同じだろう。


「ガッハッハッハッハ!」


しかし、エリオス将軍は侮蔑を吐き捨てるでもなく、声をあげて高らかに笑い、魔力が風圧となって周囲に吹き荒れ、アルシュとミカイルは思わず後退り、腕で顔を覆った。


「何だよ、これ...!突然笑い出したと思ったら...!これって全部魔力なのか!?」


「エリオス将軍!おやめください!周囲の墓まで吹き飛んでしまいます!」


エリオス将軍はミカイルの声かけに気付いて「おっと」と言うと魔力の嵐を鎮め、ミカイルに手を上げて謝罪する。


「すまんすまん、久しぶりにこれほどの強者に会えたことが嬉しくてな」


そしてアルシュに向き直る。


「小僧、大したものだ。それほどの強さなら皆からの信頼も納得できよう!」


アルシュはエリオス将軍が何に納得しているのか分からず、首を傾げる。


「何言ってんだ?俺をじっと見つめただけで、なんで強いかどうかが分かるんだ?」

「成長すればそのうち分かる。それよりどうだ?お前にとっておきの提案があるのだが」

「提案?」


アルシュは疑問を解消しないままエリオス将軍から突きつけられた提案に耳を傾ける。


「精鋭師団に入らないか?」

「セイエイ、シダン?」


アルシュがエリオス将軍の返答に、またしても首を傾げる一方で、ミカイルは口を大きくける。


「精鋭師団ですと!?」

「ああ、俺は今そう言った」

「なんだよそれ、説明しろよ」


その羅列を知らないまま、話に一人取り残されるアルシュは青筋を浮かべて盛り上がる二人に聞き出そうとする。

ミカイルは「すまない」と言って説明する。


「お前は歩兵師団との関わりしか持たないため無理もないか。精鋭師団はカヤール軍屈指の戦闘力を持つ者のみで編成される、文字通りの精鋭だ。

構成員は僅か五人だが、その戦果は一個師団を凌駕する」

「つまりすごく強い奴らって事?」

「そうだ。特に師団長はカヤール屈指の魔剣使いとも聞く」


アルシュは精鋭師団の戦力が他の師団と桁外れなのだと認識したが、まだ腑に落ちない点が残る。


「待てよ、その精鋭師団ってのがすごいのは分かったけど、そんなに凄い奴らなら、なんでアルバ村やクモレイア村の救援に来なかったんだ?」


当然と言えば当然の疑問ではあった。返答次第では、アルシュが将軍の顔に拳を叩きつけようとしてもおかしくはなかった。


ミカイルはその答えを話し合いの最中に知っていたため、恐る恐る口にしようとしたが、エリオス将軍がその前に手を伸ばし、「俺が答える」と言うと、アルシュに厳かな顔を向ける。


そして、アルシュが殴る気すら起こらなくなるような答えを口にする。


「簡単だ、その精鋭師団の二人を除いた三人の団員が任務の途中で殺されたからだ」


アルシュは勧誘先の団員の訃報を突然知ることになり逡巡する。


「でもそいつらってカヤール軍で最強じゃないのかよ!?」

「ああ、団長ともう一人を除いても、間違いなくあの三人は強かったとも。だが相手が悪かったようだ」


「相手?一体どんな奴が...」

「まだ分かっていない。ただ、死因はどの団員も刀疵によるもので、その場に残された敵のものと見られる残存魔力の種類は一つ。つまりは一人の手によって精鋭師団のうちの半数以上が倒されたと言う事だ」


アルシュはエリオス将軍の意味不明な説明を理解する事に苦労することはなかった。

なぜなら、これまでのエレハイネ砦とこの村での体験で、それができる者が存在する事に確信を持っていたからだ。


「それって...エレハイネ砦と今回の件と何か...」

「いや、良い着眼点だがその可能性は低い。なぜなら遺体が残ったからだ。もし今回の件との関わりがあれば、死体は残らず怪物にされているはずだ。それに、エリンの報告した敵の特徴とはあまりにも違う」


アルシュは怪物を扱う魔導士と精鋭師団の団員三人の戦死を関連づけたが、エリオスは首を横に振りながらすぐに切り捨てた。

そして、生き残った団員から聞いた特徴によれば、黒いローブに乱れた黒髪、口元には無精髭。

アルシュはその特徴にどこか見覚えがあったが、思い出す事ができない。


「まぁとにかくだ。今は人員が少ない故に救援に割くことが出来なかった。だから、どうだ?お前なら適正があると思うのだが」

「エリオス将軍、正気ですか!?アルシュはまだこの団員になって間もないのです!」

「ミカイルよ。口を出すな。俺はアルシュに聞いているのだ」


ミカイルは半分冗談混じりだと思っていたが、エリオス将軍の目は真にアルシュを一人の戦士として見定めようとしているかのようだった。


「ふざけんな。変に圧かけてきやがって。俺の居場所はここなんだ。もし奪おうとしてみろ。敵でも味方でも容赦しねえ」


アルシュは黄金色の眼光でエリオス将軍の視線を押し戻した。

束の間を静寂が支配して、中空気がピリつくのを感じたミカイルは、アルシュの横暴な物言いが、エリオス将軍の逆鱗に触れないかと、汗を流しながら見守る。


「フン、お前には敵わん。よかろう、今回の勝負はお前の勝ちだ。いつかまた挑んでやるから覚悟しておけよ!ガッハッハ!」


しかし、エリオス将軍は背中を向けてその場を後にするのを見て、ミカイルは胸を撫で下ろす。

アルシュは将軍の言動に疑念を抱く。精鋭師団の事情は知らないが、あのギラついた眼からは歓迎でもなければ邪険でも無い。何か、ある真実を追求する意思が感じられた。

自分が竜族と言う立場にあるからこそ、エリオス将軍の話は本当だったのかすら怪しい。


「アルシュ、精鋭師団の勧誘を断ったのは間違いではないとは思うが、お前はもう少し儀礼を学ぶべきだ」

「いらねえよ。俺はアンタら以外の師団にも関わった事がないし、竜族だからいつ味方から命を狙われるか分からないだろ」

「お前は師団というより、カヤールを知らない。多種族が力を合わせて暮らす平等を重んじる国、それがカヤールだ。敵の種族といえども、誰しもがお前を冷遇するわけではない」

「平等、いい言葉だな。それ」

「そうだろう?いつか、お前にも連れて行ってやりたいものだ」


故郷のジルドラスでは見られなかったが故に、その言葉は聞き心地の良い物だった。

しかし、カヤールの国民の掲げる平等とはアルシュにとっては幻想でしかないのだと思考する。

なぜならカヤールには竜族がおらず、クモレイア村にも同族が見える事はなかったし、この村に来た時の団員たちの冷遇からも、竜族が平等に扱われない事は十分理解できる。


「行くわけないだろ。俺がもしカヤールに行ったら、パニックだろうぜ。中には本気で俺を倒そうとする人だって出てくるかも」

「そうか?きっと気にいると思うんだが...」


ミカイルはアルシュの意志に眉を落としたが、いつかはカヤールの景色を見せてやりたいと心の中で願うのだった。


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