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59話 安堵と落ち込み

クモレイア村の夜に兵士たちの勝鬨が響く。その声にならない叫びは、壊滅を免れ、生き延びた喜び。

友や仲間を失った悲しみが混在し、一夜を包み込んだ。


アルシュは腕をビヨルンの肩に回して集会広場へ向かう。その道程では辺り血糊が飛び散っているものの、亡骸は落ちていなかった。


「あいつ、食いやがったのか...」

「だろうな。一番の武器は俺が切り落としてやったんだ。その次にあいつが得意としてたのは捕食だったからな」


ビヨルンは得意げに胸に手を当てて、自分の戦果を自慢して見せる。

しかし、心のどよめきは止まらず、アルシュがビヨルンの不安を更にかき乱す。


「あいつら、大丈夫かな」

「あ、当たり前だろっ!いっぱい犠牲者は出たみたいだが、エリンの作戦が失敗するなんて考えられねえよ!」


ビヨルンに根拠はなかったが、敢えて口にする事で自身の不安を和らげられる思っていた。しかし、効果は思っていたよりも薄い。


ニルバが団員たちを食らい、遺体はどこにも見つからないのだ。そのため友の安否すら分からず、ただ祈るしかない。


「そうだな。確かにエリンはそう簡単にやられねえ」


アルシュはビヨルンの心情を悟り、それ以上口を開く事はなく、勝利を心の底から願う。

すると、集会広場の方から、何やら悲鳴とも喝采とも分からない声が暗い夜を照らす。


そして集会広場に辿り着くと、中心で朽ち果てて行くニルバを囲み、誰もが勝利に喜び、涙する者もいた。


「勝ったんだ...俺たち、勝ったんだ!」


状況を知ったビヨルンが勝利に声を挙げた。アルシュは耳元で叫ばれたため、「うるさい」と言うと、その声は小さくなる。


「アルシュ!?大丈夫!?」

「なっ...!?」


マリカが担がれたアルシュの姿に気付き、駆け寄る。しかし、隣で動揺を見せるビヨルンには目もくれないどころか


「ちょっと、なんであなたが付いていながらアルシュがこんな目に遭ってるのよ!?」


「ちょっと待てって!これは俺が...」

「あなたは黙ってて!」


マリカはビヨルンをお前のせいだと言わんばかりに責めつける。

アルシュは事情を知らない彼女に説明しようとしたが、頭に血が登っているようで耳に入らない。

しかし、それではビヨルンがあまりにも報われないと思い、マリカを必死に説得しようとする。


「もういいよ、アルシュ...俺、行くわ」


そう言ってアルシュの体をマリカに預けてビヨルンは背中を向けて、押し潰れそうになりながら集会広場から去っていく。

マリカはアルシュの肩に手をやりながらも声をあげる。


「ちょっと待ちなさいよ!あなたにはもっと...」

「マリカ...!お前、いい加減にしろ...!」

「アルシュ...?なんであなたがそんなに怒るのよ」

「あいつだって...必死に戦ったんだぞ。自分のためだけじゃない。俺たちのためにだ!」


ビヨルンは懸命に魔物と戦った姿を知っているため、マリカが分からずに文句を吐き捨てる様子に納得がいかない。


「わ、悪かったわよ!あいつにも後で謝っておくわ!」

「絶対だぞ?」

「しつこいわよ!」


アルシュの普段では見られない鋭い眼光にマリカは動揺し、命を賭けて戦った者への自分の配慮があまりにも足りていない事に気付く。そしてビヨルンへの謝罪を約束した。

しかし、それでもビヨルンへの懸念が治らない。


「アルシュ!無事だったか!」


兵士たちの群がりからキルガが駆け寄って来るが、マリカは心の燻りが途絶えずそっぽを向いている。


「マリカはなんでご機嫌斜めなんだ?今は喜んでいいはずなんだけど」

「コイツはたった今、色々あって素直に喜べない」

「ふん!」


マリカは我ながらビヨルンに冷ややかな態度を取った事に負い目を感じて胸の奥底がむず痒くて仕方がない。

しかし、彼女もまた、アルシュの姿が見えなかった事に懸念に懸念を重ねて焦燥していたのだ。


「ふぅん、ところでビヨルンはどうしたんだ?姿が見えないんだが...」

「あいつは今さっき寮に戻ったよ。多分、今はそっとしといてやった方がいいと思う」

「なんでだ?」


当然、キルガは親友の姿が見えない事に不安を感じているようだった。

アルシュはマリカのせいだと言ってやろうと思ったが、腰に回されていたマリカの手が肉を掴み、ミシミシという感覚があったため、「色々あったんだ」と誤魔化した。


「まぁいいや。そのうち本人に聞けばいい事だし」

「ちょ、ちょっと!」

「なんだ?」


キルガは自分を呼び止めるマリカがビヨルンと何か揉めたのだろうと悟った。そこで揶揄うつもりで敢えて彼女に質問をしたが、案の定言葉を詰まらせたため、微笑を浮かべて去って行った。


「な、なんなのよあの笑顔、ムカつくわ!」

「悪いのはお前だよ」


ざまあみろと、内心でマリカにほくそ笑んでいると、兵士たちの群がりから歓声が湧き起こるのが聞こえた。

エリンはというと、団長であるだけに、団員たちに囲まれ、讃えられている。

彼女は犠牲を出した事に負い目を感じてはいたが、勝利を喜ぶ彼らに困惑しながらも共に笑顔を作っていた。

それを見たマリカは眉を落とし、寂しげに笑みを浮かべて息を吐いた。


「やっぱりエリンは団長なのね。なんだか、遠い人になっちゃった見たい」

「何言ってんだよ。マリカもエリンも夜明けの団じゃねえか。俺だって今度会ったら久しぶりに稽古でもつけて貰うからな」

「何言ってるのよ。次は私って決めてるのよ?」


マリカは頬を膨らませて勝手な約束を掲げるアルシュに嫉妬心を抱く。そんな彼女にアルシュは「ほらな」と口にする。


「俺たちはまた会えるんだ。それにまた稽古もできて、一緒に飯も食えて、一緒に戦う事になる。だから遠いなんて言うな」

「もう、分かったわよ。エリンは私たちとずっと一緒よ。絶対に離れない。そして...アルシュも」


マリカは顔を逸らす。そしてアルシュと話そうとすると現れる心の靄に気付くが、今の彼女にはその正体を知る由もない。


アルシュはマリカの心の変化に気付くこともなく、歯に噛んで「分かったよ」と受け入れた。


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