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58話 最後の謝罪

ミカイルは葛藤を抱えながらも、クモレイア村を守ろうとする傭兵師団の団員たちの奮闘に心を揺り動かされ、ニルバの決別を心に決めて、エリンの前に立つ。


「ミカイル...大丈夫なの?」

「覚悟ならできている!たとえ敵が友であろうと、俺は戦わなければいけない!」


これ以上、ただ見ている事など出来なかった。なぜならクモレイアの誰しもが武器を手に取り、未来のために戦っているのだ。


エリンはミカイルの言動に目を見開いた。彼は前に進む為に仲間をとの決別を心に決めた。その眼に曇りはなく、強い意志が感じられる。

そして、ニルバはアルシュとビヨルンから目を逸らし、ミカイルに視線を向けた瞬間、夜空に魔術によって作られた合図の花火が舞って散った。

エリンは誰よりも早くその光を翡翠の瞳に映し出した。


「あの方角は集会広場...と言う事は、遠距離武器の奴らが着いたって事!?」


兵士たちの目に光明が見え隠れする中、ニルバの背後には憔悴しきったアルシュとビヨルンがなす術なく佇んでいる。


「ちっ!アルシュ、花火が鳴ったって言うのに、お前がでしゃばったせい団員達が周回広場へ行けねえじゃねえか!」

「お前が言うなよ...俺に続くように突っ込んできやがって...!」


口だけはよく回り、二人は壁際で歪み合う。しかし、ニルバがこちらへ向かって来るのを見ると、それどころでは無くなった。


「こっちを、向きなさい!」


エリンは刃に風を纏い、刺突によって風圧を放とうとしたが、ちょうどその軌道上にはアルシュとビヨルンがいるため、最悪彼らに攻撃が当たってしまうと考えて躊躇する。


「私じゃダメ、この状況であの二人を助ける事はできない」

「そうか...では俺に任せろ」


エリンは歯噛みして、無力感に苛まれる中、ミカイルが覚悟を決めて彼女の前に出る。


「ミカイル、何か良い案でもあるの?」

「ああ、俺はこう見えても妖精族。あいつの気を引くための魔術なら持ち合わせている」


魔物との遭遇がこれで初めてではないミカイルは、手をかざして対魔物用に魔術を発動する。


「個性魔術・誘引」


すると、ミカイルの手の周囲が赤い光を帯びたかと思うと、ニルバは後ろを振り向いた。

そして六本の足を駆動させてエリンや団員達のいる方へ注意を向けた。

エリンは二人が窮地から免れた事に安堵しながらも、団員達に声を張り上げる。


「こ、こっちに来るぞ!」

「集会広場まで走るわ!」


その声を聞いて、エリンをはじめとする団員達は踵を返して次々と周回広場へと走り、ニルバも標的を逃すまいと後に続く。


「あのおっさん、腑抜けだと思ったが最後の最後でやりやがったな」


その後ろを姿を見てアルシュは膝を立てて座り込み、笑って見せるが、ビヨルンはため息をついて疑問を口にする。


「アルシュ、お前なぁ。ミカイル団長があんな魔術を使っていなかったらどうするつもりだったんだよ」

「どうするって、最後まで戦うに決まってんだろ」


ビヨルンは「はぁ?」と大きく目を見開き、アルシュの言動に呆れ返る。


「最後ってなんだよ。ふざけんなよ、お前と一緒に死ぬなんて死んでもごめんだね」

「別に頼んでもねえよ。まぁ、感謝はしてるが...」


アルシュはビヨルンから目を背けた。むず痒かったが、彼がいなければより多くの犠牲者が出ていた事は間違いなかった。


「感謝なんていらねえよ。その代わり、マリカを俺に惚れさせるのに協力するって約束忘れんじゃねえぞ」

「当たり前だろ」


アルシュとビヨルンはそれ以上の言葉を交わさず、互いの拳をぶつけた。



エリンは団員を誘導しながらひた走る。

団員達は魔力で走力をあげているが、それができない兵士達は徐々に群がりの最後尾で彼らに追いつこうと必死に足を動かす。

しかし、ニルバの魔の手が迫る。速度は遅い物の、徐々に団員達を追い詰めて行き、最後尾の兵士が喰われることで動きを遅くする。


「早く走れ!このままじゃ全滅するぞ!」


獣族のキルガが声を張り上げて後ろを振り向くと、すでに仲間の一人がニルバの口の中へ入っていくのが見えた。


「くそっ!」


キルガに戦慄が走る。それでも走るしかなかった。仲間がどれだけ危険に晒されようと、助けを求めても、今はただひたすらに足を動かすしかなかった。

エリンは後ろを振り返る事はしなかった。皆が自分を信じて命を賭けてくれた事を無駄にはできない。


「た、助け...!ぎゃあああああ!」


一人、また一人と団員達がニルバの口の中で咀嚼されて行く。



「走って!ここは私が食い止める!」


エリンは兵士たちの断末魔に耐えきれずに振り返り、剣に魔力を込めたが、その前方に白いシャツの男が長いブロンドの髪を靡かせる。


「お前はこの傭兵団の団長だろ?だったら、生きる事だけを考えろ!」


ミカイルは掌に赤い光をうっすらと浮かべてニルバに向ける。


『個性魔術・鈍化』


するとニルバの勢いが弱まり、団員達との距離が開いて行く。

団員達は胸を撫で下ろしながらも必死に足を進める。


「なんなの?今の魔術は!?」

「セルヴァリア王国に伝わる個性魔術だ。物理法則を歪める効果を持っている。魔力消費が激しくて何度も使う事はできないが、これで何とか周回広場まで保つだろう」


魔術を使った直後、余裕のあったミカイルの息が荒くなる。次に同じ魔術を使えば足が止まり、命を落とす事になるだろう。しかし、彼の英断はエリンや団員達の中に希望を見出す。


「あそこよ!急いで!」


大通りを走り、ついに集会広場へと続く曲がり角に差し掛かり、全員がその道へ入った後、ミカイルの、魔術が解ける。


「ヴゥワアアアアアア!!」


ニルバは加速して最後尾の兵士を標的目掛け、口を開けて突進する。

エリンは剣の柄を握るが、ここで止まればこれまで積み上げて来た団員達の命懸けの努力は瓦解する。ミカイルの魔力も残り半分を切り、息を切らしている。


「このままじゃ...」


全滅は免れないと悟り、窮地に立たされたが、前方からの三本の矢がニルバの背中に突き刺さり、絶叫する。


「グズグズすんな!早くこっちに来い!」

「フェリクス...!」


フェリクスの救援によってニルバの動きは明らかに鈍くなり、痛みに悶えながらも足を進める。


「みんなもう少しよ!急いで!」


そして、エリンの心は軽くなり、眼前に見える集会広場まで、後ろを見ずに突き進む。


「エリンが来たわ!」

「魔力砲撃、弓撃、準備だ!」


エリンが集会広場に到達する事で、マリカはそれを伝えると、団員達は魔術使いは魔力を込め、弓兵達は弓を構える。


そして生き残った全員が集会広場に到達した頃、彼らを喰らわんとする巨大な体を持つ魔物が一頭、家屋に囲われたその場に姿を現す。

それから後ろにいた兵士を喰らおうと魔物が広場の中心地に至る。


「撃てええええぇー‼︎」


魔術師や弓兵からの空に矢と魔力弾が軌跡を描き、雨のようにニルバに降りかかる。


「ヴゥワアアアアアア‼︎」


苦しみに足掻くように叫びながらも、ニルバはよろめいて身動きすら取れない。団員達からの一斉掃射によってその巨体は壮大な轟音と光と共に黒い血を噴き出して、瞬く間に崩れて行く。



「ニルバ...すまない」


その姿を見て、ミカイルの頬に涙が伝う。助かる可能性があるかもしれない、そんな希望を捨てきれなかったが故に直面した現実は残酷だった。かつて共に笑い、これからの展望を語り合ったニルバだったその異形の体は瞬く間に朽ち果てて行き、六本の内の二本を残して地面に崩れた。


「勝ったぞおおおお!!」


ミカイルの実情とは相反して、誰もがニルバが塵となって舞う夜空に勝鬨を放ち、兵士たちの雄叫びは村中に響き渡った。

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