56話 秘められた怪力
ミカイルが変わり果てた仲間の姿を見て、悲観に暮れるが、アルシュは躊躇う事なく剣を引き抜き、マリカは掌に稲光を纏う。
「ミカイルがニンバをどう思ってようと関係ない。上等よ。あいつをぶっ飛ばす口実ができたんだもの、私にとっては好都合よ!」
戦う事を諦めたミカイルの横を青い稲妻が過ぎる。ニルバは尾の側面を前に出してマリカの魔術を防いだ。
「へぇ、いい反応じゃない。いつまで保つかしら!」
マリカから放たれる稲光がニルバを襲うが、長い尾を巧みに使い、防ぎ切る。
その隙にエリンも剣を抜き、風を纏わせた刀身を向けて接近する。
しかし、魔術を防ぎながらも的確にマリカとエリンを狙い刺突を仕掛けるため、接近は容易ではない。
それでもエリンがニルバの前足に辿り着き、剣を延伸力に任せて振ろうとした時、ニルバは六本の足を駆使してその巨躯を宙に浮かせる。
「気を付けて!」
そして真下にいる目を大きく見開いた少女に向けて重力に任せて勢いよく突進し、地面が砕け散った。
エリンはマリカを心配したが、彼女は地面を蹴って跳躍する事で何とか回避したのを見て吐息を吐き出すと共に安堵する。
「なんてやつなの?あの体であのジャンプ力なんて反則よ!ところでアルシュは一体...!」
気付けばアルシュの姿が見えなかったが、土煙が舞う中アルシュは跳躍し、ニルバの後頭部に狙いを定めていた。
「オオオオオ!!」
そして刀を振り下ろすも、尾で防がれる。そして空中にいるアルシュは巨大な尾の力によって押し除けられ、そのまま弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「アルシュ!」
「く、そっ...!いってえ!」
決めたと思い込んでいただけに、今の一撃を容易に防がれた事は悔しくて、痛みをものともせず勢いよく上体を起こそうちすると、自身の頭蓋にニルバの刺突が放たれるのを見て青ざめる。
『ヴゥワアアアアアア!!』
そこでエリンがアルシュの前に立ち、風を剣に纏わせて前方に突き出す事でニルバの針の軌道を逸らす。
「クソって、あともう少しでオデコの辺りに風穴が開くところだった....!ありがとうエリン...!」
「もう、無茶しないっていつも言ってるじゃない!」
エリンはニルバの攻撃をいなし、アルシュに背中を向けながら声を張り上げる。
現に今回は剣に魔力を纏わせたから、攻撃を防ぐことが出来た。しかし、魔力の量にも限りがある。
毎回同じように救える訳ではない。このままではアルシュだけではない。より大勢の団員達が命を落とす事になる。
ニルバは再びエリンとアルシュに向けて刺突を繰り出そうとした時、青白い光が夜空に軌跡を描いて顔に直撃し、打撃にも似た衝撃がその巨体をよろめかせる。
「エリン団長!助けに来たぞ!」
「なんだあの化け物は!?」
アルシュが振り返ると、村人の避難を済ませた数百程の団員達が村の奥から群れを成して駆けつけて来るのが見えた。
「よっしゃ!救援が来た、行けるぞ!」
ビヨルンはそれを見て淀んだ青い瞳に光明を宿す。
「キルガ!村人達の避難は!?」
「案外早く済んだよ!やっぱり訓練しておいたのは正解。あとはこの魔物をどうするかだ」
これまでに行ってきた定期的な避難訓練が功を奏したようだ。
エリンは村人安全を知り胸を撫で下ろしたが、その直後に団員達への懸念が再び彼女の奥底に翳りを残す。
「とっととくたばりやがれ!」
「これでも食らえっ!!」
団員達はエリンの指示がなくともまばらに動き、それぞれの意思で攻撃を始める。
「ヴウウウウウ...!」
ニルバが痛みに耐えかねて唸り声を上げる。
的がでかいだけあって、魔術や矢の直撃はニルバの体に少なくとも、確実にダメージを与えて行き、白い肌からは黒い体液で灰色に染まっていく。
「行けるぞ!続け!」
剣や斧などの近接武器を持った兵士たちも、その勢いに任せて尾の脅威を認識しないままニルバに立ち向かう。
「待って、止まって!攻撃が来る!」
エリンが呼び止めた事と、前方の凶器に気付き、半数以上のの団員が足を止めるが、ニルバは自身の身を回転させながら立ち向かう団員達へ突進し、鋭利な針を備えた槍のような尾を半円を描くように振った。
ニルバから繰り出された波状攻撃は尾の軌道範囲内にいた百人の兵達を八つ裂きにして周囲の壁や地面に赤い血の花を咲かせる。
「そ、そんな...!」
エリンは大勢の団員達が犠牲となった事で自責の念を抱くが、思考を止めている暇はない。
ニルバはこうしている今も団員達を噛み砕き、尾で押し潰して行く。
ビヨルンは惨状を前に息を呑む。これまで共に戦ってきた団員達が無惨にも胴を穿たれて最後の言葉も残さずに死んでいく。
別に好きな連中ではなかったが、それをただ黙って見ている事に我慢がならない。
「ウオオオオオ!!」
ビヨルンは恐怖を振り払い。自分に対する怒りに身を任せて斧を掲げて地面を蹴り上げる。
そんなビヨルン頬をニルバの針が掠める事で、体が凍りつきそうだ。
しかし、心の燻りによってその体は動きを止める事はない。
「これ以上、黙って見てられるかよ!」
ビヨルンは斧に魔力を込めて斧を振り下ろす。ニルバはビヨルンの威圧によって距離を取ったが、斧による斬撃が顔に刻まれ、斜めに裂ける。
ビヨルンはしてやったような顔をしたが、実際にそれはニルバの激情を誘導したに過ぎない。
「ヴゥオオオオオオオ!!」
眼球の見えない深淵の奥から不気味な光を覗かせてニルバは怒り狂うようにビヨルンに向けて突進し、尾を振るう。
「終わり...なのか?」
ビヨルンの燻りは冷め、どうしようもない現状に戸惑いを見せながらも、ただ自身に振られる巨大な尾を受け入れる他ないと思考を過らせたが、自分の体が叩き潰される前にアルシュがその巨大な荒れ狂う尾の動きを自力で止める。
「な、なんだよ...その力は一体どうなってるんだ!?」
「俺だって分からない...!」
ビヨルンは眼前の現状を受け入れる事ができず、
アルシュも自分の力が信じられない。
ビヨルンを救いたい一心で無意識のうちに体が動き、気づけばニンバの強烈な一振りを受け止めていた。
アルシュの力はザッケスとの戦いの際も発揮されていたが、竜族としての特性なのだろうか。
その真意は誰にも分からない。
「な、なんなのよ。あいつ...あり得ないわ!あの体のどこにあんな力があるのよ...!」
マリカは以前までアルシュとの実力差に優位性を感じていただけに、その衝撃は大きい。
これまでのアルシュは全力ではなかった。そう考えてると、自然と口元の歯が軋む。
「わ、分からないってお前、自分の力量も分からないで俺を助けに来たのか...?バカにも程があんだろ!!」
ビヨルンは自分の力を把握できずに突進してきた事に対し、口角を持ち上げる。
「そ、それじゃあ...お前はそのままこいつにぶっ飛ばされてた方が良かったのかよ?」
アルシュは尾の重圧に耐えながら口を開く。この一振りを止めなけれはビヨルンは息絶えていた。
にも関わらず、自分が死んだ方がマシだと豪語するかのような彼の口ぶりに、苛立ちが込み上げた。
「ふ、ふざけんな...仲間の事も考えず、何自分だけ勝手に行こうとしてんだよ。お前の計画はまだ終わってねえだろ...!そんなんで、あいつが振り向くと思ってんのか!?」
アルシュは尾の重圧を背後に逸らし、いなすと、ニンバは勢いよく尾をしならせて後ろに引き戻し、その遠心力で背後の門の壁が崩れた。
二人は退避し、ニンバの距離をとる。
ビヨルンはアルシュの説得により、本来の自分の目標に向き直る。
まだ、マリカに自分の思いを伝えられてはいない。いつか、それが叶うまでは逝くことなんてできない。
「へっ...余計なお世話だ。誰が死ぬつもりだって?お前が来なくてもうまくやった!」
「嘘だな」
「言いやがったな!?じゃあ俺がこいつをぶっ倒してさっさとそれを証明してやる!」
「二人とも、何をブツブツ言ってるのか知らないけど、今はあの魔物に集中!」
アルシュの疑いに、ビヨルンは憤りと共に闘志をみなぎらせたが、キルガの指示によって現実に向き直る。
見栄を張ったはいいものの、あの巨体を持った魔物は一筋縄では行かない。
幸い、ニルバは兵士達の奮闘もあってか門付近から村の奥へは足を進められていない。
団員たちは怖気付いていたが、アルシュの奮闘に背中を押され、己の武器を持つ手に力を込める。




