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54話 村への帰路

屋敷内での会議が終わった後、アルバ村の再建のために協力し合うはずの二人の間には亀裂が入っていた。

ミカイルはニルバと横に並び、歩きながら、彼に会議での態度の真意を尋ねる。


「ニルバ、答えろ。先程の言葉は本当か?お前は夜明けの団を本当に金に囚われた浅ましい集団だと思っているのか?」

「それが一体どうしたと言うのだ?私たちはこれまで王のために、国のために剣を取ったと言うのに、奴らは所詮、食い繋ぐ事を目的として集まっただけに者たちだろう?」


ニルバは肩をすくめる。彼は夜明けの団を侮辱した事に少しの負い目も感じていない。

ミカイルは罪深くもあっけらかんとするその男の態度に唖然とする。


「お前...それが恩人へ向ける言葉なのか?お前には罪悪感というものは無いのか...?エリンが来なければ、今頃土の中にいたんだぞ?」

「罪悪感だと?我々と肩を並べる以上、目の前に窮地に立たされている者がいれば助けるのはちうぜんだ!大体、ミカイル殿も悔しいと思わないのか?」


ニルバは夜明けの団を見下し、ただの道具としか思っていない。

失望した。いつからこの男は他を見下す考えを持つようになったのか。最初は誰にでも平等に愛想を振り撒くような奴だったのに。

それ以上を口に出そうとはせず、ミカイルは隣で歩く膝下ほどの大きさのその男の頬を思い切り叩き、床に張り倒した。


「痛っ...!一体何を.....!?」


ニルバは口内から滲み出た血を拭う。それから半身を起こし、団長の顔を見上げて大きく目を見開いた。

もはやその顔には怒りは浮かばず、自身に向ける眼差しの光は消えて失意に沈んでいる。


そしてミカイルは地に腰を下ろすニルバに躊躇いもせず、その言葉を口にする。


「去れ。これ以上、この地をお前の汚れた足で踏み荒らされては同盟が滞るだけだ」

「一体何を....?これまであんたが団長としての役割を果たせて来れたのは俺のおかげの筈では...?」


突然の団長から放れた非常な命令を受け入れるのに、時間が掛かった。

これまで多くの時間を共に過ごして来た彼から放たれた心無い言葉にニルバは肩を落とすどころか憤りが込み上げてくる。


「今までご苦労だった。とりあえず、アルバ村に戻っていろ。俺はもう少しこの村を見て回る」

「へっ!こんな時に限って俺を切ろうってのか?さすが団長だ、大した判断力だよ!そりゃ自分の村も守れずに壊滅するわけだ!いいさ、だったらお望み通り村に帰るとするよ!」


小人族の男は怒りを露わにしながら肩をすくめ

、歯を噛み締めながらミカイルを睨み上げた後、背を向けてそのまま門へと向かって行った。


「許してくれ...」


ミカイルはニルバの背中を見ながらそっと呟いたが、その小さな謝罪が本人の耳に届くこともなく、やがては見えなくなって行った。



           




その夜、ニルバは魔力光を浮かべて、夜闇を照らし、瓶に入った酒を煽りながら森を馬で進む。


「くそ〜っ...!俺の何が悪かったってんだ...!」


ニルバは失念するミカイルの真意が掴めず、ただ彼の言動に憤りを見せるだけだった。

そもそも歩兵師団が傭兵団に媚びるなど決してあってはならない。

カヤールの王との謁見を果たした彼にはプライドがあったし、無論富を得るためだけに戦場に来たわけでも無い。

彼はカヤールを竜族の棲みつく野蛮な国から守る命を受けて戦場へ来たのだ。

故に、王に忠誠も誓わず、ただ欲望のままに剣を振るう傭兵師団の存在に救われる事自体が、屈辱的で仕方がなかった。


「俺を副団長の座から下そうって言うんなら、俺にも考えがあるぞ」


突如、ニルバによからぬ考えが浮かび、口角が持ち上がった。

おそらくミカイルは暫くクモレイア村に居座る事だろう。であれば、今のうちに村人や兵士の信頼を得て、うまく取り込めば、奴を追い出す事が出来るかもしれない。

ニルバにとって、自身から地位を取り上げたミカイルは憎しみの対象でしか無い。

彼の苦しむ姿を思い浮かべるほど笑いが止まらない。



そこで突如、馬が気が変わったかのように、自分の意思で進路を変え始める。


「お、おい!どうしたんだ!そっちじゃ無いぞ!止まれ!」


ニルバは慌てて手綱を引くが馬は力づくで前にかがみ、指示を押し除けてアルバ村への進路から外れ、まるで何かから逃げるかのように全速力で森の奥へ突き進む。


酒に酔っていた事もあり、ニルバはバランスを崩して馬の蔵から転落。そして地を転がり、大木の幹に体をぶつける事で、その勢いは失う。


馬はそれでも気に留めず、森の奥へ走り去っていき、闇の中に消えて行った。


落ち葉と土に塗れたニルバは落馬の衝撃で右足の感覚がない。

見渡せば、あたりは闇に包まれており、風の音も、鳥の囀りさえも耳の中へ届く事はない。


ニルバは体をなんとか起こし、魔力光で辺りを照らすと、周囲には大木が聳え、夜空に光る星々すらも覆い隠していた。


「だ、大丈夫だ。明るくなれば誰かが通りすがるはず」


この状況に恐怖はあったが、望みは捨てた訳ではない。ニルバはそう言い聞かせて木の幹に寄りかかり、両腕で自身の体を覆う。


「な、なんだ!?」


無音である筈の暗闇の向こうから茂みをかき分ける音が聞こえる。小動物が通り過ぎたのだろうとニルバは思考したが、会議で話し合われた例の魔物である可能性を恐れ、腰に掛かった短剣を抜き取り、構える。

呼吸は乱れ、音の響く暗闇を見つめ続けるのに忙しく、足の異常を忘れる。

茂みの揺らぐ音は治るどころかそれはやがて足音に変わり、近づいて来る。その音の持ち主は小動物でもなければ魔物でもなく、人のようだった。


「だ、誰だ!?」


息を漏らしながら接近して来る生物を威嚇すると、その男は笑み暗闇で隠し、落ち着いた幼なげな口調で優しく返した。


「別に、ただの名もない道化だと思ってくれればいいよ。ちょうどここを通りかかったら、ニンバ副団長がいたもんだからびっくりしたよ」


ニルバはその男が自分を知ってる事に目を見開き、この窮地に光明が見えた。


「な!?俺を知っているのか?じゃあお前はクモレイア村の者か!?」

「違うね。そしてアルバ村の者でもない。まぁざっくり言えば、敵になるかな」


やがて男は魔力光の届く位置に姿を現す。長身で幼なげに感じながらも整った顔立ちの黒髪の青年。白の半袖に黒のジーンズと言った、カヤールでもジルドラスでも見慣れない服装を見て、ニルバはかつての笑い飛ばした伝令の言伝を思い出した。


「お、お前....は...エレ、ハイネ砦....の...」

「そうだよ、伝令さんの言ってた怪物を使役する謎の青年って僕の事だけど。流石にあれだけ暴れておけば、情報も伝わるか」


その青年は都合の悪そうに頭を掻きながらため息を吐いた。


「よ...夜明けの団...が....」


ニンバは顔が恐怖に氷付き、声が途切れ途切れになり、言葉の羅列がままならない。

体が強く震えるのは伝令の報告にあった全く同じ特徴を持つ青年が目の前にいるからだけではない。

さっきから風や鳥の鳴き声は聞こえない理由をようやく理解した。

青年から放たれる圧倒的な力によって風は止み、鳥たちは危険から逃れるために姿を消していたのだと。


「おや、こんな状況でもまだ俺に敵意を向けられるなんて、さすがは副団長だ。感服するよ」


ニルバは目の前の脅威に底知れない恐怖を感じたが、それでも短剣の刃先をその青年向けて外そうとはしない。

もし短剣を下ろせば王への忠誠に背くことになる。

故郷の国を追い出された自分を受け入れてくれた王に、そしてカヤールに勝利をもたらすと誓ったのだ。


「我々は全てを愛するために、戦わなければいけないのだ...‼︎うおおおおお‼︎」



ニルバは自身を奮い立たせ、雄叫びを上げる。その一瞬、青年は動揺を見せ、隙ができたと判断したニンバは唯一動く左足に魔力を込めて、力いっぱい踏みつけて跳躍し、青年の喉仏に目掛けて短剣を突き立てる。


「お...?」


青年以外の黒い影が、突如として現れ、すぐ横を通り過ぎる。その瞬間、ニルバの体が宙を舞って地面に崩れ落ちた。


「い、一体何が...」


なぜか左足、腰から下の感覚がない。突如、焼けるような熱さが全身を巡る。

しかし、大量の水が自分の体の下に水溜まりとなっているのを感じる。

眼前で、胴体のない人の足のような形をしたものが崩れ落ちている。

それが自分の下半身である事、周囲の水が全て自分の血液である事を理解するのに数秒も掛からなかった。


「ひ、ひぃっ...!」


声にもならない悲鳴を溢した後、引き攣ったニンバの頭部に刃が突き刺さり、血を吹き出したまま、彼は即座に思考を止めた。


ニルバを終わらせた男は無精髭に纏わりついた返り血を舐め回し、ため息を吐いた。


「数年も戦いから離れていれば、流石に勘が鈍ったな。苦しみ無く逝かせてやろうと思ったんだが、小人族って言うのはこんなにタフなのか?」

「マシールの切り口が鮮やかすぎたんだよ。むしろ前よりも強くなったんじゃない?」

「分かった口を聞いてんじゃねえよ、殺すぞ」

「おぉ〜怖い怖い、やめてくれよ。君にそんな事言われたら興奮して思わず殺しちゃいそうだよ〜」


青年は殺気の含んだ毒々しい笑みをマシールに向けるが、一切動揺を見せず青年の殺気に応じるように刀の向きを変える事で、無言の戦意を見せる。


「冗談だって、君と殺し合うつもりはない。数少ない協力関係なんだから贔屓にしてほしいよ」

「ふん、まぁいいさ。俺も金がかかってる」


マシールは刃に付着した血を振り払い、脇に鞘に収めると、青年は話題を切り替えた。


「それにしれもマシール。君って今ジルドラス軍にうまく受け入れてもらえたの?」

「ああ、なんとかな。最初は至高の竜族は他種族に頼らないなんて強気な事を抜かしていたが、戦況が曇って来た所で力を見せつけるとすぐに手のひら返しやがった」

「まさに猫の手も借りたいって所だろうね」

「なんだそりゃ?お前の故郷の言葉か?」

「まぁそんな所だよ」


マシールはその少年の故郷の聞きなれない言葉に関心を示し、首を傾げながらも話題を切り替える。


「それで、お前の方はどうなんだ?去年、エレハイネ砦ではかなりの騒ぎになってたみたいだが、見込みのありそう奴はいたのか?」

「うーん。正直ハズレだったよ。どいつもこいつも、少し小突いただけで死んじゃいそうなのばっかりでさ」


青年はエレハイネ砦で自身の登場で震え上がる兵士たちの姿を思い出して微笑するが、「あっ」と口に出し、何かを思い出して話を続ける。


「でも、一人面白そうなのがいたんだよ」

「へぇ、とりあえず聞いておこうか」


マシールはわずかな興味を青年の報告に向ける。


「そいつ、まだ小さな男の子なんだけど、すっごい剣幕で誰よりも先に俺に剣で切り掛かってくんの。しかも、思考も魔力も読めないんだぜ?」

「そりゃすごいな。じゃあ、もしそいつがデカくなったらお前を殺すかもな」


青年はマシールの言葉に期待するどころか、肩を落としてしょぼくれる。


「無理だよ。どの道あの子は近いうちに死ぬ。なんたって、あんたの指示通りに魔物を送り出してるんだから。このままじゃジルドラスの兵士に殺されるかのどちらかだよ。本当にそれでいいの?」

「別に構わん。俺は短気でな。会いたいのは強い戦士だ。見込みのある戦士じゃない」

「分かってるよ。だからこうやって愚痴を叩きながらもアンタに協力してやってるんだ」


青年は渋々マシールの意思を受け入れ、血溜まりの中に浮かぶニルバの亡骸に手を伸ばして、その耳に届くように意識しながら穏やかに囁いた。


『魔導転生』


すると、周囲の夜闇、血の黒ずんだ血溜まりから浮かび上がった黒い靄がニルバを包み込み、やがて黒い粘土のような物質となって膨張し、形を形成していく。


胴体は大木のように伸長し、六本の人のような足が生え、先頭には巨大な人の肩と腕が生えている。

長い尻尾の先端には鋭利な針が突き出る。

禿頭の中年男性を模した白面には、かつてのニルバの面影が残っているも、頬は痩せ細り、眼球がなく、その空洞からは深淵が漂っている。


「ヴゥワアアアアアア!!」


突如として二人の前に姿を変えたニルバは悲鳴にも似た慟哭を暗き森に響かせた。


「成功したのか?」

「そうみたいだ。じゃあ僕も眠たくなって来たし、そろそろ解散しよっか」

「そうだな。また今度面白い話を聞かせてくれ」

「ああ、そうするよ」


青年がそう言うと、マシールは自身を森の闇に溶け込ませるように気配を消して消えていった。


「さて、これで何人生き残るかな」


青年は気分を高揚させながら、怪物と化したニルバに最初で最後の命令を下す。


「元いた場所にお帰り」


すると、ムカデのような異形の姿になったニルバは悲鳴を上げて尻尾をゆらし、木々を破壊していきながら元いた道へ帰って行く。その後ろ姿を見て顔を不気味な笑みに歪めながら祈った。

あの子どもが生き残ってまた僕の前に現れますように、と。

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