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51話 各拠点の壊滅について

後日、クモレイア村にてフェリクスが荷物の入った麻袋を肩に背負い、村長の屋敷に向かって走る。


「ゼェっ!くそっ!昨日は飲みすぎた!」


補佐という重要な役職を得てまだ間もない彼は、重要な話し合いがある事を忘れて眠りこけていた。

それも今回は、アルバ村を拠点とする歩兵師団の団長達との話し合いだ。遅れれば団長達からの顰蹙を買いかねない。

フェリクスは額から流れる汗をむかい風で吹き飛ばしながら家屋や鍛冶屋のある通りを走り抜けると、やがて突き当たりの広場の奥に、一際大きな屋敷が姿を現す。

木造の外壁は白く塗装されており、屋根は茶色い瓦屋根で成り立っている。

内部は広々としており、玄関を過ぎると大広間から始まり、食堂や寝室、居間などの生活空間の他に、会議室が設けられている。


フェリクスの足音に、村長は白髪頭の上に生えた獣の耳をピクッと動かして、屋敷の玄関のノブにシワで覆われた細い腕を伸ばし、優しくドアを開けた。


「良く来たな、フェリクス殿」

「遅くなってすまないギーク」

「良い良い。まだ会議は始まってはおらん」


その言葉を聞き、フェリクスは心を落ち着かせ、手で額の汗を拭った。

それから村長は「さあこちらへ」と白いローブと長い髭を揺らして、フェリクスを会議室に導く。


ギーク村長に案内される内に、長い廊下に飾られている絵画を眺めながら、体の強張りが強くなっていくのを感じる。


「やっぱ、何度屋敷に来てもここに来ると息が詰まりそうになるよ」

「ほっほっほ、心配は無用じゃ。肩の力を抜きなさい。お主はエリン団長の補佐として胸を張っておれば良い」


そして、二人は扉の前に立ち止まり、村長が片方のノブに手をかけてゆっくりと開けると、すでに会議の参加者達は暖炉の前に置かれた長テーブルの両側に置かれた椅子に腰を下ろして談笑していた。


「これはこれはフェリクス、ご無沙汰だな。以前の敵襲への救援、誠に傷みうる」


初めに一礼とともにフェリクスに声をかけたのはアルバ村のミカイルだった。白いシャツと茶色いズボンで清楚な印象を感じさせる。

顔は痩せこけ、目元には黒いクマを浮かべており、アルバ村の復興への活動に疲れを見せているようだった。


「何をやっておったのだ。ミカイル団長と俺は昨日からクモレイア村におったというのに、未だ補佐としての自覚が足りていないように思える」

「あれ、どこだ?」

「ここだ間抜け!」


ミカイルが恭しく一礼するのとは対照的に、副団長のニルバは遅れてやってきたフェリクスを厳しく咎める。

しかし、フェリクスの視界には彼女の膝下と同程度の大きさの小人族の姿は映らず、慌ただしく両手をあげて左右にバタバタと手を降る事で、自身の存在を証明する。


「私もニルバに賛成。もう少し時間には気を使った方がいいわよ?」

「そ、そう怒らないでくれよ。ちょっと見せたいものを用意していたら遅れちまってな」



寝坊したから遅れたなどと口が裂けても言えないフェリクスはエリンから目を背け、顔から謎の汗を流しながら小さく嘘を言い切る。

それからフェリクスは自身の失態に苦笑いを浮かべるも、エリンとニルバの厳かな表情は緩まることはない。


「まぁまぁ、フェリクスも反省している事だから許してあげなされ。彼は補佐になってまだ間もない。それに今日はその事で話し合いに来たわけではないはず」


村長は三人の間に入り、叱責を浴び続けるフェリクスを庇うことで、なんとか二人の怒りは治ったが、今度はエリンがフェリクスが担いだ荷物に気付く。


「ちょっとフェリクス、それ本当に持って来たの!?」

「ああ、せっかく手に入ったんだ。利用する手はないと思ってな」


フェリクスの担いできた麻袋の中身を知っているエリンの顔色が青くなり、背筋を震わせる。

それを見たニンバが首を傾げる。


「ん?なんだその袋は、何やら血の匂いがするが、一体中に何が入っているんだ?」

「後で見せるよ。その前に言いたい事もあるんでな。ま、あんまり見ない方がいいと思うがね」

「ほう、つまりは後のお楽しみと言うことか」

「そう言うこと。全然楽しいもんじゃないがな」


ミカイルは頬を緩めてフェリクスの言葉を聞き入れたが、ニルバは相変わらず麻袋の中身が気になって仕方がないようだった。

しかしやがてはため息を吐いて自分の体よりも頭一個分ほど低い椅子の座面に跳ね上がり、足をつける。


フェリクスは荷物を下ろして席に腰を掛け、手を頭に回して「やれやれ」と言いながら魔力石の光によって輝く天井のシャンデリアを見上げた。


そして村長が長テーブルの先端にある椅子に腰を掛けるのかと思われた。


「では皆様方、元々は今いる参加者だけで会議を始めたいと思っていたが、つい先ほど、少々変更があってな。もう一人のあるお方が参加を希望しているため、もう暫し待っていただきたい」


「もう一人の客?誰だそいつは」


ミカイルは首を傾げた。気付けば椅子の数が一つ多い事に気づく。

ミカイルとニルバはおろか、エリンやフェリクスも六人目の参加者がいる事を知らない。と言うのも、それが決まったのはつい今し方の事だったからだ。


「おやおや、ちょうど今来られたようだ」


突如、フェリクスよりも遅れてやって来たその参加者の存在を察知した村長は、白い毛で覆われた耳をピクリと動かして、玄関の方へ向かって行った。


「おいおい、一体誰が来ると言うんだ?この村に住んでいる俺たちだって何も聞かされてないぞ?」

「私だって知らないわ?この村に来る手紙や伝達は全部見ているけど、そんな情報は見当たらなかったわ」

「団長まで知らないだと?そんなバカな話があるか?全く、クモレイア村の情報管理はどうなっているのだ?」

「落ち着けニルバ。これには何か事情があるのだ」


フェリクスとニルバが眉を顰めて不満を漏らしていると、再度扉がゆっくりと開き、ギークに続いて六人目の参加者が姿を現す。

見たところ齢は中年程だろうか、黒い短髪に土色の肌。体つきは筋骨隆々で、その場にいる誰よりも背丈が高く、圧倒的存在感が会議室を包み込む。


四人はその姿に目を見開き、なぜその男がこの場に集ったのか、疑問に思いながらも立ち上がり誰もが頑なに一礼しながらも、驚きを隠せない。


『エリオス将軍!?』


赤いラインの入った白銀のアーマーを装着し、白のマントを背景に、膨れ上がった上腕をのぞかせるエリオス将軍は色白の顔の目尻に皺を寄せ、髭で覆われた口角を上げて慌ただしく頭を垂れる部下達に含み笑いをする。


「同胞達よ、そう固くなるな。此度はお前達が興味深い話をすると聞いたのでこちらへ参ったまで。気にする必要はない、思いのまま会議を続けよ」


ミカイルは将軍への敬意を示すとともに、烏滸がましいと感じながらも、恐る恐る口を開く。


「ですがよろしいのですか?昨今、カヤール軍の拠点は次々と壊滅している。貴方は今、防衛の強化に忙しいはず」

「ああそうだとも、だからこそ、拠点を襲われたお前達の意見が聞きたいと思ってここに来た」


そう言いながら長テーブルの先端に位置する椅子に腰を下ろすと、村長が「会議を始めましょう」と合図をすると共に、エリオス将軍がここへ来た経緯を話す。


「ミカイル殿の言う通り、最近では拠点が一夜で壊滅し、占領もされずに放置されている事件が相次いでいてな。今俺は各拠点の再建と強化を行っている。兵士の増強、物的資源の増加。他にも拠点前に無数の罠を設置したり、周囲の壁を高くしたり、出来るだけの事はやって来ているつもりだ。しかし、どれだけ盤石な対策をしても再び壊滅する拠点が存在するのだ。おかしいとは思わないか?」


参加者全員が息を呑んだ。本来拠点を奪えばジルドラス軍にとっての有利となるはず。しかし、ただ拠点の兵士を討ち取るだけで、何も奪わずに去っていく敵の動機が全く見えない。

しかしエリンに誰もが思い付かないような発想が浮かんだ。


「つまり、敵は軍を引き連れていないって事?」

「そんなわけがあるか!?エリオス将軍が言ってただろ?対策は万全だったんだ、仮にゴロツキ共が拠点に奇襲を仕掛けられたところで、統制の取れた軍に敵うはずがないだろ!?」

「いえ、多分敵はゴロツキじゃない。それも私の見立てが正しければたった一人...」

「なんだと!?正気か!?こんな時に何をふざけた事を...それでも貴様は一個師団の団長か!?」


ニルバは自分の耳を疑った。何せエリンはたった一人の敵によって拠点が壊滅させられたのではと意見したのだ。


「よさんかニルバ!エリン団長は軍を率いて我々の命を救ってくれたのだぞ!?」

「ミカイル団長は可笑しいと思わないのか!?この女はたった一人の兵士が一夜で幾千の兵士を葬ったと言っているのだぞ!?」

「いや、それがおかしな話じゃないんだよ」


ミカイルとニルバの揉め合いに、フェリクスが涼しい表情で割って入る。


「フェリクス、お前も気が狂ったか?まさか夜明けの団の一員として、団長の顔を立てるために、その戯言を聞き入れたんじゃないだろうな?」

「ニルバ殿って散々人の指摘してるけど、あんたも副団長として適性があるか疑わしいと思うぞ?人の話は最後まで聞けよ」

「なんだと若造が!?この俺を...」

「ふむ、何か意見があるのかフェリクス?続けてみよ」


ニルバの怒りに歪んだ形相が今度はフェリクスに向けられ、怒鳴りちらそうとした時、将軍がその声を遮り、興味深そうに耳を傾ける。

ニンバは「チッ!」と舌打ちをして背もたれに腰をかけてフェリクスを睨みつける。


「将軍、俺たちのエレハイネ砦の戦に関する文は読みましたか?」


「ああ、無論読んだとも。かつての戦友ザッケスの訃報。そして突如として現れた謎の怪物。不思議な魔術を使う青年。どれも信じ難い情報ばかりだった」


エレハイネ砦での情報はカヤール軍の全ての拠点に伝令を通じて行き届いていた。しかし、誰もがその情報を鵜呑みにした訳ではない。むしろ、何かの冗談と笑い飛ばす者の方が多かった。


「その文なら俺も読んだ。あの時は夜明けの団を疑ったよ!いつから冗談好きになったのかってな!」


「だが、気になる部分もあった。対象を怪物に変える魔術。それはこの目で見た事がある」


ニルバの苦言が絶えない中、ミカイルには見過ごす事のできない部分もあった。「魔導転生」、それはかつて百年前には使われていた魔術だ。


「信じられないでしょうけど、あの文に書いてある事は全部本当よ。昔、叔父から聞いた事があるの。死者を甦らせる呪文があるって。そして青年は確かにその呪文の名前を口にしていたわ。『魔導転生』、それは元々禁忌とされていた、忘れ去られた魔術」


エリンの中でエレハイネ砦での悲劇が記憶に蘇り、顔に痛切を浮かべる。

変わり果てたザッケス、死んで行った者たち。それらを思い出すだけで、手が小刻みに震え出す。


「つまり、フェリクスとエリンはその魔術が使える青年によって我々の拠点が滅ぼされた可能性があると?」


「はい。私たちはこれまで統率の取れた軍と緻密に練られた策、そして天命によって勝敗が決まると考えて来ました。しかし、中にはいるのです。一個軍隊に匹敵する戦力を持つ怪物が...」


エリンの強張る顔つきや、震える手つきから、エリオス将軍は彼女の証言が偽りではない事を悟り、頷いた。


「だが、それを確証づける証拠はどこにあるんだ?憶測だけで信用を得られるなどと考えている訳でもあるまい」


それでもニルバからは二人への疑いが晴れない。


「そう、だから今日はその証拠を見せたくって会議を開いてもらったんだ」


そこでフェリクスが息を吐いて、椅子の下に置いてあった重々しい何かが入った麻袋を机の上に乗せて袋の結びを解いて証拠品を取り出す。

エリンは手でその中身を隠し、目を背けている。


「うぅ、やっぱりそんな物持ってこない方がよかったんじゃ...」

「な、なんだそいつは!?魔物の死体か!?」

「いかにも」


エリンとフェリクスを除く参加者達は見たこともない生物の死骸を見て動揺が隠せない。それは以前、アルシュとマリカ、ビヨルンが討伐した魔物の頭部だった。

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