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49話 いざクエストへ

その後、何も知らないビヨルンは、受付の前で唖然とするアルシュとマリカに首を傾げた。


「そ、そりゃねえよ!」

「ありますよ!散々店の中で暴れておいて、タダで済むと思ってるんですか?修理費はキッチリ払ってもらいますからニャ!」

「そ、そんな...」


受付嬢は店の中で暴れ、食器や家具を壊したアルシュとマリカに弁償として、これからの資源調達任務で得られる報酬の全額を求めていた。

アルシュにとって、報酬が貰えるのはビヨルンのいざこざに付き合わされる中で唯一の楽しみではあったが、まさかそれがこうも不意に霧散するとは思いもしなかった。

アルシュは助けを求めるように、チラリとフェリクスに視線を送る。


「おいおい勘弁してくれよ...俺に店の修理費なんて出させたら酒も飲めなくなっちまうよ」


アルシュは即答で無言の頼みを断られて望みを完全に失う。そして今度はマリカに対し、恨みと悲しみの入り混じった視線を送る。


「な、何よ。私が悪いって言うの?大体、先に相手を殴ったのはあなたじゃない!むしろ一番損をしているのは私なのよ?」


自分勝手な物言いに普段であれば怒髪天を突くところだが、今は喧嘩をする気分にもなれない。

何せ今からこの無責任な少女と呆けたツラをしたビヨルンと共にクエストへ向かわなければならないのだ。

アルシュは削られた気力をなるべく温存しておくためにも怒りを堪え、ため息で感情を誤魔化す。


「おいおい、喧嘩はよせよ。これからクエストだろ?大丈夫だって、俺に任せとけ!鉱石かき集めて帳消しどころかたんまり稼がせてやるからよ!」


空気の読めないビヨルンは白く光る歯を見せて笑って見せた。

アルシュは「お前はいいよなと」小さく呟いたが、その声は本人の元には届かなかった。


「じゃあなお前ら。あんまり無茶すんなよ?俺はもう少し寝るから。それと、ホウレンソウを怠らないようにな」

「何が補佐だよ。寝てばっかじゃねえか」

「分かってねえなぁ。偉くなったからこそ、いつ如何なる時でも的確な判断ができるように備えておくんだよ」


アルシュの小さな愚痴を軽くあしらい、背中を見せて手をヒラリと挙げて挨拶すると、フェリクスは受付嬢の横を過ぎて階段に登って行った。


「やっぱり、俺はあいつ嫌い」

「そうかしら、案外いい人に見えたけど」


マリカの中で、フェリクスはそれなりの高評価だった。ある一定の距離感を保ちつつ、言葉を選んだ大人の対応が功を奏したのだろうか。

事情を知らないビヨルンは一切話の輪に入れなかったため、無理やりにでも割ってはいる。


「あの、遅れて来た俺が言うのもなんだけど、早く行こうぜ。じゃないと日が暮れちまうよ」

「うるさいわね。いちいち私に指図しないで。と言うかビヨルン、あなたいつに間にいたの?何でここにいるの?キルガは一緒じゃないの?」


ビヨルンはマリカに存在すら認識されていなかった事に気づき、自分の影の薄さにへこみながらも、なんとか食いつく。


「あ、あいつは二日酔いでな。一度誘ったんだがビヨルンだけで行ってこいって...」

「知らないわよ。そんな事どうだっていい。今私は機嫌が悪いの。アルシュはともかく、あなたと一緒にクエストに行く気はないわ」

「え?」


ビヨルンの耳にマリカの言葉が引っかかったが、気のせいだと、心の中で何度も願った。


「マリカ、そんな言い方はないだろ?ビヨルンはせっかく俺たちに協力してくれるって言ってるんだぞ?もしビヨルンが行かないなら、俺も行かない」

「だ、だったら仕方ないわね。それじゃあ協力してあげるわよ」


アルシュの言い分にマリカは先程の冷淡な態度からは打って変わり、素直に自分の非を認める。

ビヨルンの願いも虚しく、最悪の確信が彼の脳裏によぎった。

マリカはアルシュに懐いている。寮が同じとはいえ、散々彼女に愚痴を聞かされていただけに、ショックは大きかった。

ビヨルンは怪訝な眼差しを向けると、アルシュはそれを苦笑いで返した。


こうして、三人は拠点の周囲の巡回クエストを開始した。

この任務は基本、拠点の周辺の巡回、調査を行い、敵が攻めて来ないかを確認する事が第一の目的であるが、周囲の資源の採取。出現した魔物の討伐もこのクエストの達成条件に含まれている。


「なぁ、もう少しゆっくり歩かないか?」

「何言ってるのよ。あなたらしくないわ」

「そ、そうだぞアルシュ。アルバ村の時の威勢はどうしたんだ?」


アルシュのやる気はすでに無いにも等しく、手伝ってやっているにも関わらず、燃えるだけ燃えて頭の中は空っぽのビヨルンに苛立ちすら感じていた。


「きょ、今日はいい天気になってよかったな」

「あっそ」

「森が見えて来たぞ。これは俺の腕が鳴るぜ、アッハッハ...」

「だから何?」


ビヨルンの内心も穏やかではない。思い人が隣にいる事を意識すると、判断力が鈍って何を話せばいいのか分からなくなり、ただ顔を赤く染めるだけだった。

それでも振り絞って放たれる一言一言はマリカの冷めたあしらいによって熱を失う。


「最近聞いたんだがあそこ、魔物が出るって噂らしいぜ」

「魔物ですって?本当?それは楽しみね!早く行きましょう!」


ビヨルンへの冷遇とは裏腹にアルシュの言伝によってマリカの冷え切った青い瞳に光明が見え始める。


それは先程から虫の居所が悪いマリカの機嫌を取り戻す為の手段でもあったが逆にビヨルンの心に翳りが生じ始め、アルシュの背中を軽く小突いた。


「...っ!何すんだよ....?」

「おい、これは俺がマリカにいい所を見せるための作戦だろ?お前が目立ってどうするんだ....?」


ビヨルンは爛々と歩みを早めたマリカの背中が小さくなって行く背後で、燻りを堪えきれなくなり、アルシュに緑色の眼差しをぶつけながら、彼女に聞こえないように抗議する。


「だって仕方ないだろ?あいつのさっきの冷め切った顔見ただろ?あのまま放置しといたら作戦どころじゃなかったと思うぞ?」

「だとしても、そこも含めて俺にやらせろって言ってんだよ!お前はもっと別のアクシデントの解決をだな...!」


アクシデントにならこれまで散々対処して来たが、ビヨルンはその苦労を知らない。そしてマリカの暴虐っぷりも分かっていない。


「何やってるのよ二人とも!ノロノロ歩いてないで早く来なさい!」


気付くとマリカは村の外壁から離れ、アルシュの視界からは点に見えていた。


「おい!本当に森に行くのかよ!」

「いいじゃねえか、このクエスト資源の採取や魔物討伐もできるんだろ?それにマリカが行きたいって言ってんだ!燃えて来たぜ!」

「ちょっと待てってビヨルン!...クソッ

!」


ビヨルンの口角は自然と持ち上がり、緑の双眸を輝かせながら、マリカの元へ走って行く。アルシュは困惑しながら後を追って森の方へ向かうのだった。


「やっと森に着いたわ。二人がグズグズしているせいで遅れてしまったじゃないの」

「ふざけ....ご、ごめん...‼︎」


アルシュの沸点は上昇し、感情を抑えるのも面倒になって来た。

その森は拠点から南方に少しばかり進んだ地点に位置する。

日差しが差し込みやすいため、日中は明るく、ウサギやシカなどの動物が多く棲みついている。

森の奥には鉱山地帯も存在しており、鉱石や魔力石の採取にも最適だった。


「よっしゃ!採りまくって狩りまくって儲けるぞ!」


やる気に満ち溢れたビヨルンが胸を張って先頭を進もうとしたが、マリカが訝しげにそれを拒み、ビヨルンの肩を掴んで後ろに押し退けた。


「邪魔よ!あなたは後ろに下がってなさい!」

「うおっ!」


マリカは二人に背中を向けて足早に歩を進めて行った。それからアルシュが動揺するビヨルンの耳に囁く。


「分かっただろビヨルン、これがあいつの本性だ。今回の作戦がうまく行ってもお前はこれから苦労する事になる。悪い事は言わねえから諦める事を勧めるぜ」

「へっ、舐めんじゃねえ。こんな事で弱音を吐けるかよ。俺は自分が決めた事は最後までやり遂げるんだ...!」


ビヨルンは一切へこたれる様子を見せず、マリカに続いて行く。

アルシュは大きく息を吐いた。一体何がビヨルンのやる気を引き出させているのか分からない。

もしかして彼は嫌がらせを受けたら喜ぶタイプなのだろうか。

考えれば考えるほど、ビヨルンの人格への疑いが増すばかりだ。

しかし、彼が作戦を続ける意欲が失われていないのであれば、続けると言うのが約束だ。

アルシュは重い足を動かして、二人に続いていくのだった。


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