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竜族の異端者 〜嫌われ者の大冒険〜  作者: 黒部
無情のジルドラス編
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4話 畏怖と憧れ



アルシュは恐怖のあまり、いざる。煤の入ったローブ姿の壮年の男は、焦点の合っていない、黄土色の眼でアルシュを値踏みするかのように眺めて、口角を持ち上げる。



「誰か!!」



アルシュは助けを呼ぶために大声を出すが、周りには誰もいない。ただ木々のざわめきだけが耳の奥へ突き抜けて行く。



「無駄だよぉ、誰も来ないさぁ。大人しくしててくれよぉ?俺はもう空腹で仕方がないんだぁ」



逃げようとしたが、こんな時に限って足がすくんで動けない。



「クソッ!こんな時に、どうして....っ!」



手が震え、足も力が入らず使いものにもならない。

逃げ場のない窮地に立たされた少年の鼓動は早まり、経験した事もないような寒気が身体中を駆け巡る。



「どうしよう、このままじゃあいつに...!」



やはり戦士なんて向いていないのか。あの時なんで父さんに対してあそこまでカッとなってしまったのか、今となっては不思議なくらいだ。


でも、夢も生きる事も諦めたくはない。なぜなら生まれて来たのだから。生を受けたからこそ全力を尽くしたい。だからお願いだ。



「見逃してくれ」



アルシュが命乞いをすると、男の哄笑が森の中を包んだ。



「お前は久しぶりの食事なんだぁ!そんな事言ったって、見逃すわけないだろぉ!」



このローブの男はアルシュを同じ生き物として見ていない。どうやら飢えを凌ぐために誰かを殺してはその肉を喰らってきたようだ。男はニィッと人の油のついた茶色い歯を見せつけて歪んだ笑みを浮かべる。


震えは止まらず、手には汗が滲む。しかし、泣く事はなかった。戦士であるなら恐怖を感じないはずだ。アルシュは唇を噛んで、必死に涙を堪える。それから地面に落ちていた小枝を拾い、男に向ける。



「来るならこい…俺は…逃げない!」

「なんだそりゃ、まさか剣を構えているつもりかぁ?いいぜぇ、それなら受けて立ってやるよぉ!」



その瞬間、アルシュの胸が熱くなるような感覚に襲われる。こんな時に限って、焼けるような痛みは治らず、少年は胸を抑えて膝をつく。



「クソっ!なんだ...これ...!?」

「どうしたぁ?諦めたかぁ!?」



少年の異変など知った事ではないと、ローブの男はアルシュに歩み寄ろうとした瞬間、投擲物が風を切ってアルシュの耳もとにヒュンと囁く。再び意識を男に向けると、彼の掌をナイフが掠め、鮮やかな血の赤が飛び散った。



「い、痛えぇ!」



男はたまらず持っていた凶器を手放し、流血の止まらない手の傷口を押さえながら、刃の飛んできた方向を睨む。

そこには黒いボロマントを(まと)い、乱れた黒髪の男が馬から降りて男を物珍しそうに見つめながら向かって来る。



「やっぱりここにもいたか。ガキにとってもそうだが、どうやら今日、俺はついてるらしい」

「た、頼むぅ!殺さないでくれぇ!俺には家族がいるんらぁ!」



ローブの男の威勢は消え失せ膝を付いて首を垂れる。その必死故か、呂律(ろれつ)が回っていない。その姿は見窄らしく、同情すら湧き上がってくる。



「家族か、そう言えば俺にもいたよ、お互い大変だな」



男に家族などいない。咄嗟についた嘘で隙を作り、懐に隠し持った刃物で黒服の男に襲いかかるのが狙いだった。

黒マントの男が近寄ってくるのを見計らい、彼は懐の獲物に手を伸ばす。



「舐めやがって...!しっ...!」



が、刃物を取り出す事はなかった。懐に手を伸ばそうとした刹那、黒服の男が懐から引き抜いた刃でローブの男の首を下から撫で付けるように切り付け、胴体と頭が分かれた。



「ね!?っ....あ....あれ....?」



それはあまりの一瞬の出来事で、アルシュには剣を振り下ろす姿は肉眼で捉えきれない。

気付いた時には、ローブの男の首元より上が食えていた。


胴の真っ直ぐな切り口からは、鮮やかな赤い血が噴き出し、血溜まりからは魚を捌いた時のような異臭が漂って来る。

頭は鮮血を噴出しながら勢いよく転がり、木の幹に当たる事で動きを止め、空を眺めた。


その時、まだ意識はあった。頭だけになった彼は、自分の身に何があったのかすら理解できないまま、ゆっくりと目の前の暗闇を受け入れ、事切れる。



「すまないな、俺はお前を殺して稼いだ金で飯が食いたいんだ」



黒服の男は顔色を何一つ変えずに、同族狩りの男を肉塊にして見せた。おそらくこれが初めてではない。これまでにも何度もの人を殺めてきたのだろう。

アルシュは初めて人が死ぬ瞬間を目の当たりにし、あまりの衝撃による脳内の混乱で気分が悪くなり、膝をついて地面に吐瀉物を吐き捨てた。



「う、嘘だろ...?なんで...こんな...!」



狂気に満ちた光景にアルシュは一刻もその場から離れたい気持ちがあったが、体が思うように動かない。人を涼しげな表情で殺して見せたその男はは何事もなかったかのように、動揺する少年を見つめている。



「坊主、今回は災難だったな。だが、戦場って言うのは大体こんなもんだ。いつ死ぬか分からねえ中で躊躇ってちゃ命が幾つあっても足りねえ。今は戦争の最中だ。ここが巻き込まれたっておかしくねえから忠告しておいてやるよ」



アルシュは突然見せられた未知の世界に怯えるが、助けてくれた事への感謝の思いはあった。彼が現れなければそこに倒れていたのは同族狩りの男ではなく、自分自身だ。

救われた少年はこの状況を飲み込めずにいたが、とりあえずお礼を言わなければと思い、深々と頭を下げる。



「あの...助けてくれてありがとう。名前が聞きたい...!」

「マシールだ、勘違いすんなよ。俺はただ金が欲しかっただけだ。お前の命なんてどうでもいい」



戦士の男はため息を吐きながらアルシュに背中を向ける。



「それとお前、同族狩りを前にして戦おうとする気概は良かったぜ。案外戦士に向いてるかもな」

「!」



アルシュ目の前で人が惨殺された事により、顔が青ざめ、寒気を感じている。何よりも悍ましいと感じたのは、マシールと名乗る男が躊躇わなかった事だ。

あの同族狩りの男にも家族がいたかもしれない。帰る場所があったかもしれないのに、なぜあそこまで惨たらしく切り伏せる事ができたのだろうか。


が、感謝の気持ちを抱かざる負えない。

命を救ってくれた事だけではない。父が戦士になると言う自身の夢を否定した事に対し、彼は肯定してくれたのだ。



「このままじゃ俺は弱いままだ、もっと強くならなくちゃ...!」



アルシュは現実に目を背けるどころか、心に火を灯し、身を引き締める。恐怖を超える熱い闘志を宿した少年は、意思を固める。

それから背中を向けて去って行くマシールを呼び止める。



「マ、マシール!」

「なんだ?」

「あ、あの...俺に、戦い方を教えてくれ!」



勇気を奮い立たせ、アルシュは大声でマシールに頼み込む。



「ハッ、冗談じゃねえ。俺は生憎、金を稼ぐのに忙しいんだ。それに、戦争の準備もある。戦うための刃は自分で研ぐんだな」



だがマシールは小さく微笑みながら彼の申し出を断り、同族狩りの男の頭部を抱えて馬に跨る。そして1人のひ弱な少年と、頭部を失った胴体を残して颯爽と去って行く。



去り際に残された木の屑や土、血の香りが空に舞い、風によってアルシュの鼻腔に誘われて行く。

それは戦いの香り、血で血を洗う戦場において常に漂っている物なのだと認識する。



アルシュは願いを受け入れてもらえなかった事を悔やみながら、既にマシールが見えなくなった、ナフィランドの外れの丘陵地帯の風景をただ眺めていた。

今回は戦い方を学ぶ機会を得られなかったが、諦めない。なんとか戦いを覚えて戦士になって活躍する様子を思い描く。


それからアルシュは森を出て、日が沈もうとしている日が沈みかけたの村を歩く。



「父さん、心配してるだろうな。とりあえず今日の事は黙っておこう」



言ったら分かってもらえるどころか、外出さえ出来なくなってしまうかもしれない。

戦士になる事の恐ろしさ、危険を叩き込まれた1日だったが、彼の意思は折れず、むしろずっと強固なものになっていた。

そしてマシールと言う男を思い出す。あのような強い男になりたい。

夢を抱く少年にとって彼はもはや羨望(せんぼう)の的だった。


「おい、アルシュ!」


後ろの方から自分を呼ぶ声がする。後ろを振り返るとそこには必死に息子を探す父親がいた。


「どこにいたんだ…!心配したんだぞ…!」


ジャミルは息子を心配し、息子をやっとの思いで見つけ出した父親は胸を撫で下ろし、安堵の息を吐き出す。


アルシュの両肩に乗せられた手は温かく、優しさが伝わってくる。

家に飛び出した時は、自身の望む将来を否定された事による怒りと悲しみで父親の事が嫌いになりそうだった。

しかし、必死に自分を心配してくれている父親を前にすると、身勝手な行動により迷惑をかけてしまった事への申し訳のない気持ちが込み上げて来る。



「ごめんなさい…」



アルシュは俯き、涙ぐみながらそっと呟いた。

だが、戦士になりたいと言う思いは捨てる事はできなかった。

マシール、そして父のように、なんとしてでも強くなって見せる。

彼は心の中で密かに戦士となった自分を強く、思い描くのだった。




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