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幕間 異種族の来訪


竜族が住まう国、ジルドラス王国では、多くの者が戦争の影が心の片隅に翳りを作るも、近年のエウドラの予言による竜族の敗北を信じる者は誰一人として存在しなかった。

しかし、ジルドラス軍は名将であるトルナドをエレハイネ砦で失った事を皮切りに、かつての隆盛を失いかけていた。


ヨルム王は玉座に腰を下ろし、顎の白い髭を弄びながらイルヴァラの報告を聞く。


「ほう、トルナドが討たれたか。惜しい男を失ったものだ。女、子ども問わず喜んで殺めるあの冷酷さはジルドラスの力を知らしめるのに必要だったのだが...それで?エレハイネ砦以降、お主らは何か勝利に近づくための収穫は得られたのか...?」

「恐れながら陛下。あれから一月経ちましたが、拠点軍の守備が固く、未だ敵の領土に踏み込めてはいません」


イルヴァラは肉付きの良い長身の体を縮こませてヨルム王の返答を待ったが、返ってきたのは小太りの男から放たれた侮蔑だった。


「部隊長ともあろう者が怖気付いたか!?未だジルドラス軍の数はこちらが上なのだぞ?それなのに、なぜこうも侵攻が滞るのだ!」

「助言者ドルゲ殿、カヤール軍の攻略は一筋縄で行くものではありません。我々は一つの種族である事に対し、奴らは多種族の住まう国。つまり、多様性を活かした戦略を得意としているため不用意には攻められないのです」

「つまりはカヤール軍が我々の軍よりも強いと言うのか?貴様、王の御前でよくも恥晒しな発言ができたものだな!」


ゾルゲはイルヴァラの言い訳に呆れ果て、恐れずにジルドラス軍のあり方に否定したイルヴァラを咎めた。

しかし、ヨルム王は一言も発する事なく、厳な表情をイルヴァラに向けている。


「私は別にジルドラスを否定するつもりはありません。しかし、昨今カヤール国は確実に力をつけてきております。対して我が国は弱体の一途を辿る。実際のところ、邪王が倒れて五十年の間に魔力の一定値を超える戦士が減って来ているのも事実です。このままでは、仮にかのガルド族が侵攻してくればひとたまりも無いでしょう」


ゾルゲはイルヴァラの発言に苦虫を噛み潰したかのような顔で提案に乗り出す。


「では軍事力の増強を図れは良い。国民から戦士を募るのだ。そうすればジルドラスはかつての力を取り戻すはずだ」

「いえ、それでは不十分かと」


ゾルゲは自信のあった意見を否定された事が気に入らず、眉間を歪ませるが、ヨルム王が「続けよ」と言った事でイルヴァラは提案を口にする。


「他国の協力を求めるのです。かつてのエウドラ様の予言。それは竜族のみで構成された軍の力のみに頼った結果と言えるでしょう。それにカヤールには友好国であるシルヴァリアがおります。万が一、彼の国が協力するとなれば我が軍の敗北は免れません」

「貴様っ!誇り高き竜族の軍隊長が何を抜かすか!我ら竜族は至高の種族!他の国に助けを求めるなど、あり得ない!」


軍隊長とは思えぬ弱音にゾルゲは青筋を浮かべるが、イルヴァラは自身の発言に迷いはなかった。


「ですが、このままでは敵国に侵攻する事はおろか、国を守る事も困難になるでしょう!確かに、我が軍はかつての邪王討伐に力を貸す事はありませんでした。しかし、それでも勝利を掴むのであれば他国の協力は必要です!」

「ふん、もう良い。竜族の力を信じられ無い愚か者によくぞ今まで軍隊長の座が務まったものだ」


ゾルゲはイルヴァラに呆れてもはや反論する事すらも面倒に思い、ヨルム王に意見を促した。


「ゾルゲの言い分も最もだ。竜族は至高の種族。故にその力を知らしめる事で我らは全種族の頂点に至った。しかし、現在では力が落ちて来ている事も否めぬ。そこで、イルヴァラの意見を飲むことにしよう」

「ありがとうございます!陛下!」


ヨルム王が頷いた事で、イルヴァラの頬は緩んだが、竜族の顔に泥を塗る選択を選んだ事で、ゾルゲは、飲み込めるはずもなく反芻する。


「なっ、正気ですか陛下!?誇りあるジルドラスが他国に頭を下げると言うのですか!?」

「ゾルゲよ、思い違いをするな。我が他国に頭を下げるわけがあるまい。ちょうど今、このマジュドアル宮に客人が来ていてな?ジルドラス軍に協力するのは彼のみだ」


二人はヨルム王が何を言っているのか理解するのに数秒かかった。


「恐れながら陛下、今は冗談を言っている場合ではありません。我が軍は窮地に立たされているのです」

「何卒、真剣にお考えいただきたい。」


ヨルム王はイルヴァラとゾルゲの不満に厳な表情のまま笑みを浮かべる。


「無論、我が言動に曇りはない。お主らはまだ、彼に会った事はないのだったな」


ヨルム王は「入れ」と言うと、玉座の間の扉がゆっくりと開き、黒いローブを着た黒く乱れた長髪で口元に無精髭を生やした男が姿を現し、玉座に腰を下ろすヨルム王の横に並んだ。

黒いローブの男が二人の前に立った瞬間、玉座の間全体がその男の魔力に包まれてイルヴァラは体が強張るが口をなんとか動かす。


「こ、これは...!この魔力は...本当に一人の戦士から放たれるものなのか...!」


ゾルゲは体の震えが止まらず、寒さを堪えるのに精一杯で、ヨルム王の提案に対する反論が思いつかなくなった。


「ふっふっふ、これで我が提案を受け入れてもらえるかな。この男は『死神』と呼ばれるプーティアの傭兵だ。本来であれば依頼をするどころか見つける事すらも困難なのだが、どう言うわけか、自ら我が前に姿を現したのだ」

「『死神』ですと?それなら聞いた事があります。かの奴隷国の傭兵が一個軍隊に匹敵すると...。ですがなぜこのジルドラスに...」


ジルドラスへの入国は可能ではあるが、竜族の差別意識が高いだけに、他種族を見下す考えは国民達の中にも存在していて、ましてや今は戦争中だ。自分から好んで竜族の国に足を踏み入れるもの好きなどそうはいない。

ゾルゲはようやく口が開くと、はヨルム王に促されるのを待たずに笑みを溢してそっと口を開く。


「俺は傭兵だ。つまり金目当てで戦争に参加するのは当然だろ?それに、勝ち誇ったツラをする奴の泣き寝入りが見たくてな」


誇りを持たない死神の無礼な言葉遣いにゾルゲは怒りを露わにするどころか、その場の空気に圧倒されて、ぐうの音も出ない。


「つまりは、この男は富さえ得られれば我が軍と共に戦うと言っているのだ。悪い条件ではあるまい」

「ですが陛下、何せ我々は彼の実績を知りません!本当に彼は、我々の望む結果を残してくれるのでしょうか!?」


イルヴァラは納得しきれずに異議を放つ。死神と呼ばれる男の実力は分かるが、ゾルゲから聞いた噂話を信じられるほど楽観的ではない。


「そうかイルヴァラ、お前はこの男の実力を信用し切れんか。良いだろう。では、死神とやらよ。まずは手始めに、こちらが指定する敵の拠点を潰し、我々の信頼を勝ち取るのだ」


ヨルム王は迷う事なく死神に命令する。本来であれば無理難題であるはずだが、彼は「分かった」と、すんなりと受け入れ、黒いボロ布揺らめかせて、その場にいた三人に背中を向けると、玉座の間を後にする。


「陛下、本当に大丈夫なのでしょうか?本当にあの男は我々の勝利に貢献できるのでしょうか?」

「無論だ。なぜ皆があの男を『死神』と呼ぶか分かるか?あの男はこれまでに一度も標的を仕留め損ねた事がないからだ」

「なるほど...それは頼もしい」


ヨルム王は得意げに語り、ゾルゲは関心を示しているが、イルヴァラは別の疑問が募る。


「ですが、なぜ陛下はそこまであの男に詳しいのですか?あなたはジルドラスの王であられる故、奴隷王国の者たちとはそれ程のつながりはない筈...」

「昔、我がまだ婿として王族に迎え入れられる前、訳あってプーティアに住んでいたことがあってな。その頃からの人脈が今になって生きていた、と言うだけの話だ」

「なるほど、それは興味深い」


イルヴァラはヨルム王の知らなかった過去に頷いて関心を示す。


「勿論その頃は貴族としてその場に住んだが、あそこは酷い場所だった。常にゴミか血の匂いが漂っていた。もし、今は亡き先王である我妻ルミルスがいなければ、今頃はあそこで朽ち果てていたやもしれぬ。故に我は勝利を掴みたいものだ。彼女が愛したこのジルドラスを豊かにするためにもな」


王は即位してから、妻が愛した国民を自らも愛そうと、努力してきたつもりだ。

かつてのジルドラスを取り戻すためにカヤールを襲い、戦争が激化している。

国民からの不満も多かったが、それはこの国の栄光を示すためのでもあり、ヨルム王に躊躇いはなかった。


「ですが悲しいことに、昨今ではそんな竜族の少年が一人、カヤールに寝返ったと聞いております」

「なんだと?それは初めて聞いた。名前を聞きたい。其奴は捕まえて首を刎ねて国民の前に晒す


ドルゲから聞かされ」情報に、ヨルム王は動揺して怒りを露わにする。


「確か名前はアルシュと言います。かつて陛下が戦場へ送った罪人でございます」

「アルシュ...知らんな。誰だそやつは?」


それはかつて、ヨルム王自らが幸せを奪い、地獄に叩き落とした者の名前だったが、戦争への思考を最優先する彼にとってはもはやどうでもいい事だった為、記憶には残っていない。

彼は久しぶりに聞いた罪人の名前を聞いて目を白黒させた後、「そんな事より」と、すぐに話を切り替えた。

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