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41話 団長への僅かな期待

エリンはかつてザッケスだったその失敗作と呼ばれる異形の姿に逡巡しながらもまだ理性が残っているかもしれないという僅かな希望を胸に抱き、声をかける。


「団、長?」


するとその怪物は彼女の呼びかけに返答する。衝撃波を乗せた咆哮を上げて。


砂埃が舞い、エリンやアルシュ、他の団員たちは、荒まじい風圧を受ける事になる。

その中には吹き飛ばされる者も少なくない。

束の間に現れた嵐は団員達を狂乱に陥れ、静まり返った頃には、調査に来た約三分の一が壁に叩きつけられ、背後の壁を赤く染めていた。


ただ声を発しただけで、周囲が惨劇と化した。規格外の怪物を前にアルシュは剣を構えるが、トルナドとの一戦を生き抜いた彼の体力は限られている。しかし、怪物が赤い視線をアルシュに刺すように向ける。


『ユル...サナイ!!』


エリンは長剣を構えて、巨人に立ち向かうおうと地を踏み込もうとした時、団長の僅かに残った理性から搾り取られた声を聞き、目を白黒させる。禍々しく変わり果てても、あの怪物は私たちの団長なのだと。彼女は躊躇する。


しかし、その間にも巨大な腕を下ろしアルシュを捻り潰そうとする。跳躍する事で回避し、巨人は地面を穿つ。

荒まじ轟音と地響きにより、粉塵が立ち込め、堅牢とも思われた砦内の宿舎の一部が崩れ落ちる。


動きは遅かったが、一撃でも受ければ終わるであろうその圧倒的な威力を前に、アルシュは背筋を震わせる。


その隙に他の兵士たちは魔力弾、矢を団長の体に向けて放つ。魔力弾は小さな火傷を残す程度で矢は胸や、頭部には刺さるが浅く、致命傷には至らない。

そして団長の視線は攻撃者に向けられる。

ズンと鈍い音を鳴らし、地響きを起こしながら歩みを進める。


「き、効かねえぞ!」

「こっちに来る!一旦退くぞ!」


生き残った兵士達の抵抗心は完全に吹き消され、悪夢から逃れる事に邁進する。

しかし団長は彼らを逃そうとは思わない。太い足で大地を踏み砕き、土煙と共に自分の巨躯を跳ね上げて、彼らを八つ裂きにしようと拳を振るう。

そして叩き潰されるかと思ったが、巨人の拳は一人の少年によって阻止される。


「ふぎぎぎぎぎ...!!」


本来であれば即座に叩き潰されるであろうアルシュの体は危機感と共に驚異的な膂力を発揮する事により持ち堪えているが、今度こそ体が保たないと思った。


先程トルナドとの戦いで消耗していたアルシュの体は瞬時に大勢を崩し、今にも自分の体の半分をも覆い尽くすその拳に打ち砕かれそうだった。


「あなたの相手はアルシュだけじゃないでしょ!」


ザッケスの腕にクリーム色の髪を靡かせた戦士が駆けつける。

エリンの魔力を纏った刃は巨人の腕を切り裂き、皮膚からは黒い体液を吹き出す。


「ヴオオオオオ!!」


巨人は唯一残された腕に不意にエリンの一閃を受けた事で注意が腕の傷に向けられる。アルシュに掛かっていた圧力が解かれ、その隙に彼の元へ瞬時に駆けつけて、その左腕を右肩に回して抱き寄せるようにして距離を置いた。


「大丈夫!?」

「ハハハっ、ごめんなエリン...今のはまじで死ぬかと思ったよ」

「だから無茶しないでって言ってるじゃない!」


そう言っているうちに、唯一の腕から痛ましい傷痕を見せつけて怪物は黄ばんだ歯を軋ませる。

もはや怪物と化したザッケスには痛みを知らない。唯一残された感情は怒りと憎しみのみ。

団長はただ激情のままに、かつての仲間を肉片に変えようと歩みを進める。


他の団員達のほとんどは恐怖のあまり逃げ去ってしまった。

相手はかつて団長だった規格外の怪物。それはエリンですら勝ち目は薄いと思われていた。しかし、エリンやアルシュは逃げることを許されない。なぜなら砦の前には負傷した戦士達が今も、帰りを待っている。退くことはできなかった。


そんな二人に怒号を上げて巨人は拳を握りしめて飛び掛かる。

そんな巨人の眼前に、一人の男が矢を穿つ。矢は炎を纏い、月の見え始めた黒みがかった空に鮮やかな橙色の軌跡を描き、ザッケスの左目に突き刺さった。

ザッケスは唐突に光を失った事に動揺し、激しいく取り乱す。そして後ろに下り、凄まじく振られた拳によって、崩れかかっていた建物の外壁が破壊され、瓦礫が積もる事で、内部が露見し、原型が失われた。


「君、逃げたんじゃないの?」

「ふざけんな。せっかく戦いで生き延びたっていうのに、こんな意味不明なやつに勝ちを奪われてたまるかよ」


砦を出る前にザッケスに反発した、ブロンドの髪を下ろしたフェリクスは得意げに言って見せる。


「あんたらだって同じだろ。死ぬんじゃねえぞ。俺は後ろから支援を行う。エリンと坊主は、そうだな...隙を見て切りまくれ!」

「慣れない指示をどうも!」


勝手に指揮を取るフェリクスは矢を取り出して構え、残った眼球を目掛けて放つ。しかし、ザッケスとしての理性の一部、戦士として残された直感が働き、腕を縦にして防ぐ。


「チッっ!さすがに腐っても団長だぜ。さっきのはマグレだったか?」


もはや怪物と化した団長に

しかし、矢での攻撃はあくまでも陽動に過ぎず、巨人が禿頭の男に視線を向けている隙にアルシュとエリンは巨人の元へ向かう。


「アルシュ!今からあいつの両足を動きを止めめるわ!」

「ああ!分かった!」


そして巨人から視線が逸れた瞬間に地を踏み出して疾走する。エリンには迷いがあった。もしかしたら、彼を元に戻せるんじゃないかと信じていた。

ザッケスは村を失ったエリンを拾ってくれた存在でもあったし、まるで父親のようにも思ったことがあった。だからこそ、いつかは分かり合える日が来ると信じていた。


しかし、このままでは彼をこのまま放置しておけば、いつかはアルシュや仲間達がみんな死ぬは目になる。エリンは覚悟を決めて、かつての育て親に引導を渡すため、刃を構えて駆け抜ける。

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