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40話 変わり果てた仲間

ザッケスは百人の同胞を引き連れて破壊した門の奥へとつき進んでいく。

門の内部には、通路が一本の通路が設けられており、深淵が続いていた。

夜明けの団は魔力の光で道を照らし、武器と盾を構えながら恐る恐る進んでいく。

そんな中、アルシュはフェリクスを見つけ、彼の元へ向かう。


「なんだよ小僧。俺に何か言いたい事でもあるのか?」

「さっきは庇ってくれてありがとな」

「何勘違いしてんだ?アホか、アホなのか?俺がお前を助けたのはお前を砦に同行させるために決まってんだろ?利用価値が無いのにわざわざ連れて行くかよ。っていうか、今こんな時に話しかけてくんな。ホレホレあっちへ行け」


返答の辛辣さが、アルシュの眉間を歪ませる。フェリクスは彼の心に不信を残した事を最後に足を早め、砦の門を進んでいく。


「アホって二回も言いやがって...人が下手に出てやったらこれかよ...」


苛立ちが込み上げ、憤りが燻る。そして、アイツが拠点から生きて帰って来れたとしても二度と口を聞いてやらないと誓う。



門を抜けると、庭が広がっており、その奥には石造りでできた三階建ての宿舎が構えている。


「おい、本当に誰もいないぞ」

「何が起こったんだ?」


砦の中には見張りはおろか、人の気配すら感じない。兵士の一人が魔力探知を使って見せるが、人らしい気配は一切見当たらない。


「バカな、救援要請を送ってきたのは確かなはず。部屋の隅々まで手がかりを探せ!きっと何かが見つかるはずだ!」

「待って、今ここで散り散りになるのは危ないわ。皆で固まって行動しましょう!」

「ダメだ!外には負傷した同胞達が我々の帰りを待っているんだ!彼らをいつまでも野放しにはしておけん。ここは効率を重視して一旦周囲を調査するべきだ!」


ザッケスにとって、砦の中に誰もいない事は予測できていた。そこで彼はそれを利用して、あえて百人の兵士を砦内に散らせる事で、アルシュの隙を伺い、殺害しようと考えていた。


あの竜族の存在意義などもはやどうでも良かった。ザッケスにとって、必要なのは威厳であり、アルシュは邪魔だった。あのガキがいる事で、益々団長としての自分に向けられる熱は冷めていく一方だ。やつを消さなくて夜明けは来ない。


そして、指示を受けた後、百人の兵士達は散り散りになろうとした瞬間、砦の庭の奥にある建物の木の扉が錆びついた音を立てて開いた。


ザッケスは自分の計画が瓦解したことに苛立ちを感じながらも、開くはずのない扉に驚きを隠せない。


「扉が開いたぞ!?」

「バカな、魔力を感知しても反応がなかったんだぞ!?魔物だったとしても何かしらの反応があるはすなのに...!」

「みんな落ち着いて!武器を構えるのよ!」


エリンの声に従い、兵士たちは剣や杖を構え、動揺を見せる。扉の奥の深淵から現れる得体の知れない存在に息を呑む。


そして人か、それ以外の怪物かも判断がつかないその人影はようやく夕陽の元に姿を現した。


「やっとここまで来たか。もう待ちくたびれたよ」


剣を構えるアルシュの力は緩みかかった。目前にいるのは魔物でもなく、ただの人間に見えた。掻き乱した黒髪の華奢な体をした青年。

しかし、着用していた衣服に目が行く。白のシャツに、黒のジーンズ。

その見たこともない珍しい着こなしに、得体の知れない不気味さを感じた。


ザッケスは華奢な少年を見て鼻を鳴らし、団長として、たじろぐ訳には行かないと前に出る。そして突然姿を現した謎の青年に尋ねた。


「貴様は何者だ。なぜ砦内には誰も人がいないんだ」

「簡単さ、俺が全員解放してやったんだ。つまらない体からね」


青年が言葉を発した瞬間、ザッケスは固まるように体が強張り動けない。自然と手足に緊張が走る。

それは背後の同胞たちも同じだった。エリンの構える剣がカタカタとふるえている。


アルシュの額から鼻を避けて、滝のような汗が流れ落ちる。そして心臓の鼓動が高鳴り、生命としての本能が眼前にいる青年に対して警鐘を呼びかける。


『あの青年とは絶対に戦ってはいけない』


青年は口を開いただけで発せられた魔力ではない何かが、その場にいる者達全員を恐怖で凍り付かせた。


「ははっ、そんなにビビるなって。君たちの相手は僕じゃないんだから。ただ、ここにいるのはあくまでも修行のためさ。だから、ゲームをするとでも思って僕に付き合ってよ。 命を賭けて」


突如として凍りつくような体がほぐれた瞬間、兵士たちの威勢はかき消され、たじろぎ、取り乱す。


相手は一人。その考えが浅ましい事はザッケスやエリンにも容易に理解ができた。眼前にいるのはトルナドさえ赤子とも思える程の怪物。


「魔物ならどんなに良かったことか...!」


いつも強気なエリンは眼前の怪物を前に剣を構えながらも吐き捨てる弱音を傍でアルシュは聞いた。

そして剣の達人とも言えるエリンですら到底太刀打ちできない事を知り、恐怖を抱いた。大切なものを失う恐怖を。


「おおおおおお!」


アルシュは声をあげて自身を奮い立たせる。もう失ってたまるかと、皆んなで生きて帰るのだと。

そして残された力で地面を蹴り上げる。


「アルシュ!ダメ!」


エリンの静止を聞かず、アルシュは相対する青年に刃を振り翳した。今放てる全力の一撃。しかし、青年は避ける動きも見せず、立ち尽くし、自身に襲い来る少年を見て口角を上げて白い歯を見せた。


そしてアルシュは抵抗を見せない青年を力強く切りつけ、やがてその胴体は地に崩れ去るだろうと誰もが思った。


「な...なんで?」

「うん、坊や。百点満点だよ。僕じゃ無かったら、今頃真っ二つかな」


切ったはずの体どころか衣服にも一切の傷がなく、刃には血糊はついていない。

アルシュは自分の頭を優しく撫でた青年の見せた笑顔を覗き、戦慄に青ざめ、アルシュは逃げるように距離を置いた。

その場にもし、もう少し長く立ち尽くしていれば命が危なかった。


「あれ?君達どうしたの?まさかその子に戦わせておいて大人達は黙って見ているつもり?全く滑稽だよ」


兵士たちを挑発しながら奇妙に笑い出す。そしてある男に向けて指を刺す。


「特に君だよ。え〜っと、みんなからは団長って言われてる君さ。片腕がないとは言え、アルシュを殺したいんならもう少し頑張りなよ。みんなを散り散りするくらいじゃどの道その子は殺れないよ?」

「なんだと!?」


ザッケスは状況が飲み込めなかった。この青年とは今対面したばかりなのに、なぜこちらの意図を読んでいるのか。なぜ周囲に自身の企みがバレる事になったのか。


「団長...それ、本当ですか?」

「嘘でしょ...!?」


青年の言葉はなぜか真実味があるものだった。なぜならザッケスはアルシュを仲間とは認めておらず、すぐにでも始末するとまで言って見せた程だ。


「ち、違う!俺はこの砦内の調査のために...!」

「はいはい分かったよ。君は夜明けの団の団長だ。だからプライドが高く、その地位に固執するが故に何人もの団員を殺してきた。イシュアンは知ってたらしいけど...」

「やめろオオオオオ!!」


自身の隠していた全ての秘密が、名も知らぬ脅威によって露見された今、彼の尊厳や威厳は砕け散り、残されたのは眼前にいる青年に向ける殺意のみ、奴の正体などどうでもいい。とにかくあの腑抜けた胴体にこの槍を突き立てなければ気が済まない。


ザッケスは片腕だけで槍を構え、青年に襲いかかろうとした。しかし、その時には青年はザッケス真横に移動していた。魔力をもってしても、肉眼を持ってしても、その青年の動きを予測できたものはいない。捉えられる者はいない。


ザッケスは青ざめ、その殺意は、耳元でひっそりと囁かれた青年の一言によって方向を変える。


「イシュアン、殺されちゃったよね...アルシュに」


直後、ザッケスの形相は憎しみや怒りで歪みに歪み、目を飛び出しそうなほどに大きく開けて、悪魔にでも取り憑かれたかのような形相でアルシュに激しい憎しみを向ける。


「よくもイシュアンをぉおぉおぉおぉお!!」


アルシュは復讐鬼に豹変したザッケスに動揺を見せ、身構える。

なぜ青年がイシュアンの事を知っていたのか、事実は明るみになった事で周囲からの信頼を失ってしまうという恐怖はあったが、エリンは彼を見捨てる事はなかった。


「アルシュ、下がって」

「エリン、大丈夫だよ!あいつは俺が...」

「ダメよ、相手は団長よ」


エリンはアルシュの前にたち、片刃の刀を構えた。激しいザッケスの憎しみの魔力が身を打つように刺激する。


そして自身の呵責と向き合う。

これまで夜明けの団を引っ張ってきた団長と刃を交える事が正しい選択なのか。

彼女の翡翠に瞳には迷いがあった。できる事なら刃を向けたくはない。しかし、アルシュにその罪は背負わせたくはない。


「約束したはずよ。君を守るって」


アルシュは頬を赤くするも息を呑んだ。同胞であるはずのエリンとザッケスが互いに視線を向け合い、今にも命の奪い合いを始めようとしている。

兵士達全員に緊張が走る。二人を止める事はできない。


彼らはただ注視し、ただ夜明けの団の運命を見守ることしか出来ない。

しかし、その緊張が長引く事はなかった。


「団長、君の気持ちは痛いほど分かるよ。だから力を貸してやろう」


次の瞬間、ザッケスの胴体はレザーアーマーごと斜めに裂け、鮮血が吹き出す。

刃を放ってもいないにも関わらず、袈裟斬りにされたかのような傷を受け、ザッケスはその場に崩れ、動かなくなった。


「団長!?」

「そ、そんな!!」


団長から流れ出る赤黒い血が兵士たちの足元を伝う。

この状況を飲み込めるものなどいない。今は未知なる脅威への対応に追われ、唐突すぎるザッケスの死に、部下達は悼む余裕も怒る暇も無かった。


「さあ団長、君はこれでそのクソみたいな体から抜け出す事ができた。そして生まれ変るんだ、新たなる肉体、そして真の生命へと」


そして青年は顔の筋肉を強張らせたまま生き絶えたザッケスの亡骸に腕を伸ばしながら掌を翳す事でそっと呟いた。


『魔導転生....』


誰もが聞き覚えのないはずの呪文を聞いて、エリンは逡巡した。体は一掃強張り、呼吸が荒く、早くなっていく。表情は恐怖に歪み、変わり果てたザッケスから目が離せない。


「なんで...それが使えるのよ」


青年が呪文を唱えた直後、ザッケスを周囲に出現した黒い靄が出現し、その亡骸を包み込んだ。

黒い闇に覆われた団長を見て、誰もがたじろぎ、腰を抜かす者もいた。



やがて黒い靄は霧散していき、一体の怪物が姿を現す。体が筋肉によって膨張した灰色の肌を保つ隻腕の巨人。膨れ上がったその顔にはどことなく、夜明けの団を引っ張ってきた男の面影が残されている。


「あれ?失敗しちゃった?さっき力を使いすぎたかな。本当なら欠損部分も戻るはずなんだけど。まぁいいや。じゃあ僕は帰るよ。さっきから眠いんだ。生き残ったらまた会おう」


青年がそう言うと、月光によって照らされた夜空から悲鳴や金切り声にも似た奇怪な音が響き渡る。

誰もが夜空を見上げると、月明かりの中を一羽の鳥と思しき、輪郭がこちらに接近してくる。しかし、近づけば近づいてくるほど、その見た目が異常である事を認識し、団員達は空いた口が塞がらない。

鳥と呼ばれるその図体は砦の三十人が入っても三分のニ程の余白を残す空間の半分を覆い尽くすほどで、体や翼は羽毛で覆われているが、胸部は肋骨が剥き出しになっており、頭部は頭蓋骨が剥き出しで灰色の瞳をギョロっと動かしながら金切り声を上げる。

それは鳥の鳴き声には程遠く、悲鳴や人の絶叫と呼ぶ方が相応しい。


「もしかして、その悲鳴って...この砦の奴らのじゃ...」


アルシュに反吐が出るような妄想がよぎる。ザッケスが巨人にされたように、砦内に閉じ込められていた者たちは眼前の怪鳥にされてしまったのではないかと。


「ちょっと違うかな。一体を変身させたらこいつ、一人に乗らず食っちゃったんだよ。でも惜しかったよ」


青年は正解を言い当てた少年を称賛し、手を叩いて見せる。

アルシュは小根から腐っている唾棄すべき存在だと認識する。

戦場にとはいえ人の命を弄び、化け物に変えて使役しているのだ。

その度を逸した惨たらしさにやいし、怒りを通り越し、あまりの気分の悪さに眩暈がしそうだった。


「じゃあね。夜明けの団のみんな。この戦いを生き抜いたらまた会おう」


そして謎の青年を乗せた怪鳥は黒い羽を撒き散らし、悲鳴を上げながら羽ばたき、夜空の彼方へと消えて行った。

青年に対して「待て!」そう言う者は誰もいなかった。引き留めた所で彼をどうにもできない事は分かっていたし、むしろ幸運でもあった。

怪物と化したザッケスが赤い目を見開いて、今にもこの場を血の海にしようとしているのだから。

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