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39話 開かずの門

負傷した兵士たちの治療が行われる中、アルシュはエリンに仰向けになるキルガの元へ案内される。


「おい、大丈夫か?」


キルガはトルナドの戦鎚によって横腹を負傷し、エリンに救われるまでは生死の境を彷徨っていたらしい。

彼は上着や鎖帷子を脱ぎ、腹部には包帯が巻かれ、その上からはじんわりと血が滲み出している。細々とした声がアルシュの不安を掻き立てた。


「あれ?アルシュじゃないか...?なんでこんなところに...痛っ....!」

「キルガ、まだ起き上がっちゃダメよ!まだ横になっていないと!」

「大丈夫だよ。エリンが助けてくれたから、まぁさっきは正直危なかったけど」


キルガは仲間たちの前では笑顔を振る舞ってはいるが、青みがかった顔色から、無理をしている事がわかる。


「強がってないで寝とけ!それで死んだら俺のせいだろうが!」

「ははっ分かったよ。今はアルシュの言うことを聞いておくよ」


そしてキルガは仰向けになった後でオレンジ色の差し掛かった青空を眺めながらエリンから事の次第を聞く。


「そりゃ大したもんだ、俺たちを助けるためにわざわざ地下牢から出て来るなんて、余程の度胸がなきゃできないよ」

「当たり前だろ?お前らが危険に遭ってるって言うのにじっとなんてしてられるわけないだろ」


しかし、アルシュはキルガを死なせてしまいそうだった事で、行き場のない怒りが込み上げ、歯を食い縛る。

その表情から、キルガはアルシュの必死さを想像して、頬を緩ませる。


「嬉しい話だが、お前も自分の命くらい大切にした方がいいぜ。それで死んでちゃ元も子もないからな」

「大丈夫だよ。俺は絶対に死なねえから」

「はははっ。全くお前って頑固だな、そう言うところはビヨルンにそっくりだよ」

「あいつと一緒にすんな」


キルガは見栄を張って見せるアルシュを見てビヨルンを彷彿とさせたが、以前喧嘩をした事を思い出し、口を紡いだ。


「ビヨルン、どうなった?」

「大丈夫よ。怪我をしてたけど、大した事なかったわ」

「そうか、良かった。俺はあいつとアルシュを仲直りさせるまで死なないって決めてるから。もしビヨルンが先に逝ってたらどうしようって不安だったんだけど、今それを聞いて安心したよ」

「俺があいつと?」


キルガは深く安堵の息をこぼし、その声は僅かながらに震えていた。彼も親友を失う事が怖かったのだ。彼は拠点での召集の際、アルシュとビヨルンの喧嘩を止められなかった事に責任を感じていたため、和解させようと考えていた。


「頼むよ。確かにあいつはバカだ。人の前では口下手なくせに無理やり輪に入ろうとして空気壊したり、戦争の事になると、誰よりもはしゃぎ出して自分の命を捨てに行こうとしたり」


「あいつ、ろくな所がねえな」


「ははっ、そうだろ?でもな、アイツは誰よりも仲間の事を考えようとする。アルシュ、召集の時、なんでお前に突っかかって行ったか分かるか?それはお前の命を守るためだったんだよ」


アルシュは大きく目を見開いた。あれほど当たりの強いビヨルンが自分を守るためなのだと何の冗談かと思ったが、キルガの眼差しは真剣だった。


「あいつ、結構抱え込むんだよな。意地張ってたり、薮を突いたりしてる時は何かしら誰かの事を考えてるんだよ。それを言わないから喧嘩が起こるっていうか...あんまり知られてない事だけど、それが俺には分かるんだよ」


キルガには分かっていた。ビヨルンが臆病だと言う事を、誰よりも仲間思いだと言う事を。それは親友である彼のみが知る事で、アルシュどころかエリンにすら分からなかった事実だった。それを伝えた上でアルシュの誤解解き、そして頼み込む


「頼む、あいつを許してやってくれ」」


キルガは負傷していたため、仰向けになり、空を眺めながらアルシュに懇願したが、それが本気の願いである事は本人にも十分伝わっていた。


「分かったよ。全く、めんどくさい奴だぜ」

「そうね。でも、本当に君に似てるところもあるわね」

「だから一緒にすんなって」


キルガは奇跡的にも一命を取り留めた。しかし周囲を見渡せば彼らの失ったものが決して小さくはないのだと思い知らされる。

同胞の死を嘆く者や、自身の体の欠損に絶望する者。

国の都合で作られたこの状況が作り出した理不尽で無慈悲な世界は人々の思いや絆を最も簡単に踏み躙る。


アルシュはそれが許せなかった。そして自分自身の弱さも許せない。

彼の中に燻る復讐心が炎となって力となる。そして再度誓う。ヨルム王を殺してやると。



その後、ザッケス団長はエリンを門の前に呼び出した。彼女はザッケスの左腕が欠損している事に驚きを隠せない。

団長は敵に見逃してもらい、命を拾った。とは言えず、激情を押し殺すように名誉の負傷とだけ告げた。


そして険な表情で本題に入る。


「大門を見てみろ。エレハイネ砦の門が戦いが終わった今でも開かない。おかしいと思わないか?砦の内側の連中が臆病にしてもだ。呼びかけても返事がない。あの窓からこちらに顔を見せるものすらいない」

「私も戦ってる時はおかしいと思ったの。でも、まさか未だに開かないなんて...一体中の様子はどうなってるのかしら」


普通であれば、戦いの最中にでも何かしらの反応を見せるはずだが、未だに静寂が砦の内部から漂っている。エリンは思考を過らせる。返答がないと言うよりは、出来ないと言う事なのだろうか。


「嫌な予感がするわ」

「そうだな、とりあえず門の内側からの意思がない以上、こちらから出向く必要がある。門を破壊するぞ」

「ちょっと待って、今こちら側はさっきの戦いでかなり消耗してる。行動を起こすのは早いんじゃないかしら」


しかしザッケスは鼻をなら、エリンの定案を飲もうとはしない。


「つまり門の中には危険が潜んでいると?もしそうであるなら俺たちは今頃門が開いて全滅しているはずじゃないのか?」


エリンは言葉を詰まらせていたが、納得はしていない。

ザッケスに迷いはなかった。左腕を失ってでも、彼は汚名を返上するための戦果が欲しかった。そうでなければ団長として、部下に示しがつかない。彼は疲弊した兵士たちに声を高らかにして告げる。


「これよりエレハイネ砦の中に入る。同行する意思のある者は続け!」


そうして門に集まった者達は百人。中には負傷している者もいたが、特に止める事はなかった。

しかし、見逃せない少年が一人、砦内部の潜入に志願していた。


「貴様、一体なぜここにいるんだ!?一体どうやって地下牢から出た!?まさか、俺達を陥れるためにジルドラスの兵士と何かを企んでいたんじゃないだろうな!?」


ザッケスはアルシュに怪訝な眼差しを向け、彼に嫌悪を向ける。疑心はますます大きくなり敵意が槍の握る拳に力を入れさせる。


「自力で出てきた。俺はあんたの指図は受けない」

「なんだと?」

「団長、ここは抑えて!アルシュは私たちのためにここまで駆けつけてくれたんだよ!」


エリンは必死に団長の怒りを鎮めようとするが、その炎は止まる事を知らない。

しかし、アルシュはザッケスの圧力に臆する事なく、涼しげな表情で、悠然と彼の燃え盛る眼差しを見上げている。


「舐めるなよ竜族め。俺がその気になればお前一人を始末するくらい容易いんだからな!」

「その腕でか...?」


突如ザッケスは百人の同志の中から聞こえた反発心に意識を傾ける。すると、その中からブロンドの髪を後ろに下ろし、口元に無精髭を生やした男が前に出る。


「フェリクス。お前が勝利を得られたのは誰のおかげだと思っている!?この俺の指揮があったからじゃないのか!?」


ザッケスが今回の勝利を自分の手柄と豪語する太々しさに、フェリクスは呆れ、「やれやれ」と肩をすくめる。


「違うね。あんたはもう少し、こいつを敬うべきなんじゃないか?」

「なんだと!?突然現れたこのガキがなんの役に立ったというんだ?」

「今から言う事は嘘じゃねえ。俺はこの目で見ていたから分かる。トルナドを倒したのはアルシュだ。俺たちはあんたじゃなく、こいつに救われたんだよ」


ザッケスの思考が停止し、現実を飲み込む事を躊躇った。信じられなかった。信じたくもなかった。

団長と言う立場であるにも関わらず、戦果を上げるどころか団員全員を追い詰めてしまった。

挙げ句の果てに、村に来てまだ間もない、力の使い方すら知らない少年に手柄を奪われたこの形容し難い屈辱。今では威厳が薄れかかっている始末。


門の前に集う百人がざわめき出す。彼らもアルシュの活躍に耳を疑う。その中には勇敢な小さな戦士への労いの言葉なども聞こえ、エリンは頬を緩ませた。

もはやザッケスを除いて、アルシュを敵だと認識する者はここにはいない。


「....っ!!分かった、いいだろう!その代わり、危険な目に遭っても自分で対処するんだな」


彼らの反対を押し切れば、やがて不満の矛先は確実に自身に向けられるだろうと感じたザッケスは歯を軋ませ、砦の壁を叩きながら渋々アルシュの動向を認めた。

しかし、彼を認めた訳ではない。この男はまだ意思を失ったわけではなかった。己をコケにした竜族の少年に対する裁を下さんとする意思が。



ザッケスの言うように、扉は魔術師達の魔力弾によって破壊された。本来であれば、砦の門には結界を張る事で守りを強化する事とされているが、その門には魔術などで強化された形跡はなく、簡単に破る事ができた。


「さあ、行くぞ!俺に続け!」


ザッケスは破壊した門を抜け、砦の内部へ足を運ぶ。続く者達も恐る恐る砦の中へ入っていく。

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