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38話 守る

トルナドが討たれ、ジルドラス軍が去ったエレハイネ砦では生き残った魔術の使い手や治癒魔術を使える兵士達が怪我人などの治療を行っていた。

砦の外壁にもたれかかっていたビヨルンにも治療が行われ、どうやら峠は越した様だった。


「おい、マリカ!起きろ!」


トルナドとの戦いで彼女は残存魔力が少ない中で無理やり魔術を行使した。最悪、その反動で死に至る可能性もある。

アルシュは横たわるマリカの首元を抱え、体を何度も揺する。すると、マリカの瞑目していた目は薄らと開き、安堵の息をこぼす。


「アル...シュ?私たち、あいつを倒したの?」

「ああ、倒したさ。俺たち、勝ったんだ!」

「そう、でも....皆んなが...!」


マリカは眉を歪め、周囲を見渡すために体を起こそうとするが、残りの魔力が枯渇しかけているために体が言う事を聞かない。


「大丈夫だ。ビヨルンは今は寝ているけど、治癒魔術で怪我を治してもらったおかげで何とかなりそうだ」

「そう...それは良かった...」


マリカはビヨルンが大事に至らなかった事で安心した様だが、まだ心の陰りは消えたわけではなかった。


「アルシュ?一体どうして...」


どこか懐かしいような聞き慣れた声で、呼ばれたような気がした。透き通るような女性の声だった。

アルシュが振り向くと、そこにはクリーム色の髪を結び、レザーアーマーを着用し、オールドショーツにレザーブーツを履いた勇ましい姿の女性が立ち尽くしている。

彼女は本来いないはずのアルシュを翡翠の瞳で見つめ、その表情には僅かな不穏を浮かべている。



「エリン、無事で良かった」

「あなた、何でここにいるの?あなたは確か地下牢の中に...」


アルシュはエリンの元へ駆けつけて、再会できた事に頬を緩めたが、彼女はどこか悲しげな面持ちを見せた事から不吉な予感が過る。しかし、今はそれどころでは無い。


「それは後で話す。それよりもお願いだ、あそこにいるマリカが起きないんだ」

「マリカが!?」


エリンは岩の影に力なくもたれかかるマリカに気付き、慌てて駆けつける。そして窮地に駆けつけてあげられなかった事に負い目を感じながらマリカの肩に触れた。


「マリカ!しっかりして!」

「エリ...ン?」


マリカは取り乱したエリンの姿を薄目を開けて視認する。おぼつかない表情ではあったが、師匠の無事な姿を見て気が休まったようだった。


「魔力を使いすぎたのね。後一歩遅かったら危なかったけど、間に合って本当に良かったわ」


エリンはマリカの胸に手を当てて治癒魔術を施す。すると、血の気が引いていたマリカの肌にピンクの血色が戻っていき、彼女は再び眠りについた。

それを見たアルシュはホッと胸を撫で下ろしたが、すぐにエリンの質問攻めが待っていた。


「あなた、何で地下牢から抜け出してきたの?」

「そりゃ仲間を助けるために...」


答えられるはずもない。予知夢を見たから助けに来たなどと言ったところで信じるはずもない。


「バカ言わないで!君、本当に死ぬかも知れなかったのよ?」


エリンはアルシュの両肩を掴んで彼を必死に咎めようとした。しかし、アルシュは涼しげな表情で肩をすくめる。


「そりゃあんた達だって同じだろ?自分たちの領土を守るために必死になって戦っておいて、今更人のこと言える立場かよ」

「でも私達と君じゃ、やっぱり状況が違う。君はまだここに来たばかりだし、それに...」


エリンの口調が辿々しくなり、話の後半を話す事に躊躇していたが、アルシュには彼女が何を言おうとしているのか分かっていた。


「何が違うんだよ。エリンが前言ってたように、俺だって親亡くしてるし、本気で戦いたいと思ってここに来たんだぜ?それに何回も言っとくけど、俺は竜族だけど、ジルドラスに何の未練も残ってねえよ。むしろ一回滅べばいいと思ってるくらいだから気にすんな」

「気にするわよ!アルシュは大丈夫って言うけど、君みたいな年の子に、故郷を襲わせるだなんてそんなの...残酷すぎる...!」


エリンは拳を震わせながら自身の本音を打ち明けた。彼女はずっとアルシュをこの夜明けの団に引き入れたことに負い目を感じていた。

どれだけ善を装った所でここは戦場だ。生き残るには誰かを殺さなければならない過酷な世界。

しかし、それでもエリンやみんなは故郷で決して見ることのできない幸福の形を見せてくれた。


「エリン、俺は嬉しかったんだ。エリンが敵かも知れない俺を受け入れてくれた事を。酒場で俺が皆から蔑まれている時にマリカが必死に庇ってくれた事を。最初は俺だって皆と違うって思ってた。誰を信じたら良いかも分からなかった。でも酒場でみんなと飯食ってる時に思ったんだ。これが仲間なんだって、ここが俺の居場所なんだって。だから、守らせてくれ」


エリンはアルシュの思いを聞いて顔を上げる。あれほど誰かといることを拒んでいた彼が、今では仲間を求めている。


「でも、ここは君の思っているような場所じゃない。私は確かに仲間との打ち解け合いは大事だって言ったけど、時には仲間を見捨てないといけない時だって来る。私だって何度も自分が助けるために仲間の命を見捨てて来た」

「だったら、俺は絶対に仲間を見捨てねえ。目の前で困ってる人がいたら助けてやる、それが俺のモットーだから」


アルシュはかつての父の流儀をまるで自分のもののように言って見せる。


「私の話聞いてる?そんな事、できるわけないわ。そのうち分かる事よ」

「だったら、できるように強くなればいい。だからこれからも頼むよ。マリカどころか、あんただって超えられるようになって見せるからさ」


エリンは戦場に来てそのような強気な綺麗事を吐いた者を今まで知らなかったため、呆れたように含み笑いをする。


「何でここで笑うんだ?俺なんかおかしい事でも言ったか?」

「いや、別にただやっぱり君って変わったね。前はこんなこと話す子じゃ無かったのに」


アルシュはエリンに小馬鹿にされたような気がして、腕を組んで頬を少し膨らませる。


「バカにすんなよ。俺だって成長するんだ。いつまでも独りよがりじゃないっての!」


「ふふふっあなたの言いたいことは分かったわ。でもやっぱり私は君の事が心配。だって、今回みたいに自己犠牲で体を張ってたら、いつかは壊れてしまうものよ。だから、私にも君を守らせて」


エリンはその頭をそっと撫でながら優しく微笑んで見せた。彼女には分かっていた。アルシュの宣言がどれほど無謀であるかを。

しかし、勝利のためには自分の命すら投げ出さなくてはいけないこの戦場で、仲間を決して見捨てないと言って見せたアルシュの言葉はどこか現実味があったし、信じてみたいと言う気持ちもあった。

アルシュは少しだけ顔を赤くして、彼女の翡翠の瞳から目を背ける。


「よ、余計なお世話だよ。もう十分あんたに守られなくたって俺は強くなったんだから...」

「あれれ〜?そうかな〜?」

「ほ、本当だっての!」


アルシュは強がっては見せたものの、兵士としても駆け出しに過ぎないし、これから乗り越えなければいけない試練も人一倍用意されている。

しかし、強がっても良いし、胸を張ったって良い。

なぜならアルシュは成長した。人を思いやる事を知り、本当の強さを得た彼はもはや一人ではないのだから。

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