3話 届かぬ夢
ある時、日が最も高く登る時、アルシュは父の畑仕事を手伝いに行くついでに、1人で楽しげに自分の身長よりも少し短い木の棒をブンブンと言う音を立てながら振り回していた。
「コラ!危ないぞ!」
「少しくらいいじゃん!俺は将来、戦士になるんだ!これくらい平気だよ!」
「あのな、俺はお前に思いやりの持てる立派な竜族になれとは言ったが、戦士になれとは一言も言ってないぜ?それに…」
父は息子の遊びを快く思っていない。畑仕事を手伝ってほしい、危ないという事もあるが、父はアルシュが戦士に憧れている事を恐れていた。戦士には常に危険が付き纏う。しかし、息子にはそれが理解できていない。
父は何か言いかけたが、まずい事情でもあったのか、口を塞ぐ。
「でも、強くなきゃ立派な竜族だなんて言えないよ」
夢見る少年は、反対する父の言動を特に気にする事もなく棒を振り続けた。体力には自信があったが、ジャミルはそんな自分を戦士には向いていないと断言することに納得が行かない。
「このごろはどうしたんだ?戦士を目指すよりも、もっと大事な事があるんじゃないか?友達探しはどうした?」
「俺、いろいろ考えてさ。友達探しよりも強くなりたいんだ」
父親はため息を吐くと、目線の高さを合わせて優しげに声をかける。
「あのなアルシュ、いいか?誰にでも向き不向きがある。克服しようとしなくたっていいんだ。何も喧嘩や戦いで強くなる事だけが良い竜族ってわけじゃない。道はいっぱいあるんだ、これから成長しながら考えて行けばいい」
「なんで?なんでそんな事が言うんだよ!俺、戦士に向いてないってこと?そんなのおかしいよ、まだ何もやってないじゃないか!」
息子は取り乱し、夢を反対する父に戸惑うように声を荒げた。
「お前は分かっていないんだ…!戦士になる事がどれだけ大変な事か、戦場に行ったらいつ死ぬかだって分からないんだぞ!?」
怒りを露わにする様子に心を揺さぶられる。戦士になりたいと言って聞かないアルシュに焦りを見せ、父もまた声を大にする。
「大体、魔力を使えないお前に何ができるって言うんだ!? …!」
「魔力を、使えない...?それってどういう事?」
しまった。と、ジャミルは口元を手で押さえた。ついカッとなってしまった事でアルシュに事を打ち明けてしまった。逡巡する息子は質問を迫る。もう後には引けない。
「前にオースから言われたよ。お前は...魔力を使う事ができないんだ...」
「え?...じゃあ、部屋の魔力石の灯りがつかないのは...壊れていたからじゃなかったの!?俺は父さんみたいに強くなれないの!?」
「くっ....!」
今まで何を夢見ていたのだろうか。父の背中にどれだけ手を伸ばしても届くはずがないとも知らず、現実に抗おうとしたアルシュは自分の道化ぶりに嫌気がさした。
「そんな…」
アルシュの夢が、大切な何かがひび割れたかのような感覚が、父にも感じ取れた。息子の歪み切った表情が心を引き裂くようで、胸をグッと抑える。
魔力を使えない。その事実がどれだけ彼を傷つける事だろう。考えただけでも下唇を噛む力が強まる。
「なんで俺に嘘をついたんだよ!?なんで叶わない夢を願わせたんだ!?俺って一体なんなんだよ!教えてくれよ!父さん!」
「お前は俺の…息子だ…!」
魔力を使えないと言う事実を目の前に、「向き不向き」という父からの言葉が胸に深々と刺さる。
現実を受け入れたくなかった。憧れた存在にいつか自分もなるのだと、確固たる目標を持っていた。
その目には涙が浮かび、走り去って行くのと同時に呼び止めようとする父の頬を冷たく濡らす。
「待て!アルシュ…」
父は息子の気持ちに触れ、配慮が足りなかった事に後悔する。
しかし、息子は悲しみに暮れ、家を飛び出して行った。開いたままの扉の向こうから入ってくる温かい風が家の家具を揺らし、ジャミルは後悔の念と共に、息子の過ぎ去った軌跡を、ただ眺めていた。
「ハァッ、ハァッ!」
感情を昂らせた少年は、物静かなナフィランドの村を走り抜けようとしたが、疲れ果てて村の中心地を過ぎたあたりで息を切らし、膝をつく。
持ち前の体力には自信があったが、それでも幼い少年にとっては小さな村は広大に感じた。
それでも諦めずに足を進め、村の通りを外れた丘陵地帯にある小さな森の中へ入って行く。そして木陰に入り、蹲りながら父からの言葉をどう受け止めようか頭を悩ませる。
「俺は戦士に向いていないなんてなんで決めつけられないといけないんだ。やってみないと分からないじゃないか…!」
自身が思い描く立派な竜族とは戦士のことだ。以前、父が見せた姿はまさに理想だ、諦めたくはない。
今は少し走っただけでこの有様だ。それでも、いつかは竜族の戦士となって活躍するのだ。それこそが目標だから、何がなんでも強くなって見せると決意した時、
「?」
彼がそう心に決めると、ガサガサと茂みを漁る音が聞こえる。
動物か何かだろうかと、不思議に思い、顔を上げた瞬間、驚きと共に血の気が引いた。
「おいおい、どうしたんだ坊主。こんな所に1人でいるなんて、迷子かい?ケヒヒヒ、今日はついてるよぉ、久しぶりの飯にありつけるぅ」
「…っ!」
身なりの整っていない口髭が特徴の壮年の男が1人、出刃包丁を鈍くギラつかせ、アルシュの眼前で不気味に嗤っていた。