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36話 間に合った!


アルシュは夢で見た記憶の通りに馬で長い森を抜けると、夢で見た通りに草原の丘が広がり、遠方には砦が見える。

砦の方からはまだ大分離れていると言うのに、戦士達の絶叫が、剣を交える金属音や魔術による衝撃音が耳元に不快な印象を与える。


「やっぱり...夢で見た場所と同じだ!」


そして砦に向かって行くと、夥しい数の死体からの流血により、緑であるはずの草原が赤黒く染まり、血溜まりが所々に広がっている。

あまりの悪臭に思わず嗚咽しそうだったが、アルシュは堪えて草原を進む。幸い、エリンやマリカの死体はどこにもない。

しかし、彼女らが危険に晒されているのも事実。時間に余裕はない。まだ間に合うはずだ。そこは夢とは違う。それがアルシュに残された希望だった。


「急げ!」


アルシュは馬を加速させ、砦に向かう。ようやく出会えた仲間を助けるため、そして戦士として前に進むためにも。


「なんだあのガキは?」

「竜族か!?」

「だが俺たちを襲っている、敵には違いない!」


アルシュのいく先をジルドラスの兵士たちが阻む。魔力弾が馬に直撃して生き絶えるが、その屍踏みつけて敵に向けて一直線に突進する。

ジルドラス、自分を捨てた故郷を守る戦士、そう思うだけでアルシュ憎しみは心の奥底から溢れ出していき、それが力となって武器となる。


「邪魔だああああ!!」


アルシュは齢十三とは思えない力で剣を振い、一瞬で三人の兵士を切り伏せて見せた。


「なんだあいつは!?本当に子供なのか!?」

「あいつを止めろ!砦に向かって行くぞ!」


しかしアルシュの進撃は止まらない。仲間を救いたいその一心で、大地を踏み締める。



そして、岩肌で深傷を負い、座り込んだまま動けなくなっているマリカ、そして彼女に戦鎚を振り上げて今にも叩き潰そうとする竜族の武人の姿を見つけ、突風の如く走りでマリカの助けへ急ぐ。


「させるか!」


そして戦鎚は振り下ろされる。マリカの目は虚でまるで自分の命を諦めているかのようだ。ふざけるな。まだ一回も彼女に勝てていないと言うのに死なれてたまるか。


「少しくらい、恩返しさせやがれ!」


そしてトルナドの戦鎚がマリカの眼前に迫った時、アルシュはトルナドの前に立ち塞がり、剣でその一撃を防いだ。


「間に合った!!」

「!?」


アルシュの安堵による叫びと共に、トルナドは大きく目を見開く。一体何が起こったと言うのか。少年が突然現れ、渾身の一撃を防ぐとは。それに肌の色、瞳の色からしてこの少年は我々と同じ竜族だ。



マリカも何が起こったのか理解するのに数秒かかったが、やがて戦鎚を必死に受け続ける少年の背中に目を見張り、小さく呟く。


「アルシュ...?」


その体は戦鎚の重みと恐怖により震えていた。骨は軋み、肉が隅々から悲鳴をあげている。そんな中、アルシュは背後で無様に座り込むマリカに震えた声で皮肉を垂れる。


「どうした...?散々言いたい放題言っといて、結局怖くなったのか...?」


この男はここへ何しに来たのだろう。何を言っているのだろう。私の放った皮肉が悔しくて出た言葉なのか。今はそんな事を言っている場合ではないだろうに。

今にも自分の体が粉々に砕け散りそうだと言うのに、アルシュは笑っていた。


「なんでよ...なんで来たのよ!あなた、バカじゃないの!?死んじゃうのよ!?」


「バカだって...?笑わせんじゃねえ、自分が死にそうだって言うのに、なんで悲鳴の一つもあげられねえんだ!偉そうに威張ってたやつが簡単に命捨てようとすんじゃねえ!生きるんだよ!お前は一人じゃねえだろうが!!」


命?一人じゃない?ハッ、やっぱりこの男はバカだ。地下牢に入っている方がよっぽどマシだったのに、わざわざ危険を犯してまで死地に飛び込んで来た癖によくそこまで口が回る。


いくら仲間だからってお人好しが過ぎる。そんなんじゃ、ここで生き残ったとしても長くは保たない。

でも、なんだろうこの気持ち。温かい。

そして嬉しかった。死に物狂いで救い出してくれる事が。生きたいと思わせてくれる事が。


マリカの泥で汚れた頬を温かい涙が伝い、濡らして行く。そして心の底から願う。

死なないで欲しい、生きて欲しい、勝って欲しい。だってアルシュは、私たちの大切な仲間なのだから。




トルナドは一旦下がり、自分たちと同族とも思えるその少年に探りを入れる。


「何者だ?この一撃を防ぐとは大した力だ。どうやらそこらで死にかけているガキとは違うようだな」

「別に、ただの竜族だ」

「竜族か。その黄色い眼光、黄色い肌やはりこの目に間違いはなかった」


アルシュの返答によってトルナドの脳裏衝撃が走り、目を大きく見開いた。


「だからなんだって言うんだ?」

「そういえば聞いた事がある。一人の農民のガキが大罪人として戦線へ送られて来たってな。それがなぜカヤール軍の味方をしているんだ?」


トルナドは動揺を隠せなかった。風の噂でアルシュの事は耳にしていた。いつかは出会うことがあるだろうとは思っていたが、まさか敵として現れるとは思ってもいなかった。


「ふざけんな。俺を殺そうとした王のためになんて戦えるか。あいつは俺から全てを奪った。絶対に許さない」


アルシュは自身の反芻、ジャミルの無念を思い起こし、ヨルム王への怨嗟を吐き出す。

そしてトルナドは不敵な笑みを浮かべ、魔力を体から湧き上がらせて戦鎚を構える。


「つまり、お前は俺たちの裏切り者って事でいいんだよな。あぁ気にするな、別にいいんだ。俺はただ口実が欲しかっただけだ。お前を潰す口実がな」


肌に刺すような殺気が伝わり、痛み出す。

アルシュはいつもの稽古のように、エリンに教わったように剣の刃を自分の体より後ろに向け、柄の先端を敵に向けるようにして構える。

稽古に取り組みだしてから、初めてにして最期になるかもしれない戦いが始まる。

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