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32話 またいつか

夜明けの団が拠点から出発して、半日が経過しようとしていた頃。ザッケス率いる五百人の戦士達は森の茂みに身を隠して待機していた。

エリンは伏せる兵士らの前に立ち、木々の物陰に隠れながらエレハイネ砦の門を望遠鏡で眺める。


「やっぱり、そう簡単に攻めさせてくれないわよね。それに伝令兵からの情報通り、敵の数も尋常じゃない」


エレハイネ砦の前には、伝令兵の言う通り、千人程のジルドラス軍の兵士たちが門の入り口を塞ぐように、立ち尽くしている。

さらに、用心深い事に彼らは背後に見張りをつけることで、周囲からの奇襲に備えていた。


状況が伝令兵の遺言通りになった事で、ザッケスからはため息が漏れたが、動揺する素振りを見せずに木陰の中で腕を組み直す。


「やっぱり我々が得意とする白兵戦だけでは奴には届きそうにないか。このまま闇雲に突進すれば最悪、すぐに気付かれてこちらに不利だ。だから今のうちになるべく削いでおく必要があるな」


ザッケスは得意げな笑みを浮かべて、光明に背中を向けて、後ろで伏せる兵士五百人に告げる。


「魔力砲撃隊、前に出ろ!」


ザッケスの言葉を聞いて、五百人の中からローブの上に鎖帷子や鎧を身に纏った、杖や水晶などを持つ魔術の使い手と思われる兵士たち百人が茂みの中から顔を出す。その中には、マリカの姿もあった。


「やっと出番ね。まぁ、本領発揮というには少し物足りない気もするけれど」


魔術師達は一直線に並び森の茂みから構えて、魔術の発動準備を行う。

作戦では、彼らは魔力弾を一斉に放ち、敵に攻撃を行う。それはすなわち、戦いの始まりを意味する。


魔術の兵士達だけではない。誰もが戦いの始まりが訪れる事で体を強張らせる。

そして誰かにとっての最期になるであろう戦いに思わず息を呑む。または涙ぐむ者もいる。


「ニムル様、どうか、我々を勝利へとお導きください」


キルガは両手を合わせ、信仰するカヤールの神に祈りを捧げる。


マリカの横で同じ背丈の尖った耳の華奢な体に鎖帷子を身に纏うブロンドの髪の少年兵が杖を震わせる。顔からは血の気が引いており、今にも泡を引き出して卒倒しそうだ。


「ハンス?気を確かに持ちなさい!ビクついてんじゃないわよ。戦場に行ったら誰よりも戦果を上げてやるって言ってたのは嘘だったの?」

「しょ、しょうがないだろ?こ、これで最後になるかもしれない戦いなんだ...!」


本当なら魔力弾なんて打ちたくもないし、逃げてしまいたかったが、それでは仲間に合わせる顔がない。

帰ったところで戦いもせずに逃げ帰った少年の居場所は残されていないだろう。

それに戦場で野垂れ死にそうだった所を救ってくれた仲間たちの前でカッコ悪い所は見せたくない。


「僕は...やるんだ...!」


そしてザッケスは躊躇いもなく、腹部から声帯にかけて、全ての力を使うほどの声で魔術砲撃隊への指示を出す。


「撃て!!!」


そして彼らはザッケスの声に背中を押されるように空高く魔力弾を放った。


「な、あの光は!?」

「グアアアッ!!」


淡くも美しく光る紫の閃光は空を弾き、軌跡を描きながら凄まじい轟音を上げて、門前で構えるジルドラス軍の元へ降り注ぎ、彼らの命を終わらせて行く。

その衝撃で、ジルドラスの兵達は体の一部を失いながら空を舞い、そして土に帰って行った。


「敵襲だ!!臨戦体勢だ!!」


辛うじて攻撃から免れたジルドラス軍の兵士達は魔力弾による衝撃で立ち上った土煙の中で、慌てふためきながら、背後から忍び寄る脅威に対応するために、隊列を組み始める。


「ちっ!いずれは来ると分かっていたが、なぜこうも早くエレハイネ砦に救援が来んだ!?」

「まさかあの伝令、生きていたのか!?」

「そんなまさか!?あの負傷で逃げ切れるわけがないだろ!」


敵の兵士たちが数日前に殺害したはずの伝令兵の動向を疑っている間にザッケスは声を大にして開戦の狼煙を上げる。


「進めえええええええ!!」


そして、夜明けの団五百人が一斉に茂みから飛び出し、目前に迫るエレハイネ砦の門前にいる敵兵に襲いかかる。


「かかれええええええ!!」


ジルドラス軍の兵士たちも槍を構え、隊長格と思われる竜の装飾が彩られた白銀の胸当てを纏う、長身のその男も、夜明けの団に遅れをとるまいと、同じく狼煙をあげた。


夜明けの団五百人に対し、ジルドラス軍の数は千人、ジルドラスの兵士たちは動揺を見せるも、自分たちの圧倒的な勢力による勝利を信じて疑わなかった。


「なぜだ!?武力はこちらが優っている事など火を見るより明らかなはず!」


しかしジルドラス軍は押されていた。夜明けの団一人一人が凄まじい力で敵を圧倒している。

穏やかだった芝生の広がる丘は、両軍のぶつかり合いにより、瞬く間に粉塵がたちのぼり、無数の魔力光が激しく弾ける。

血風が吹き荒れ、敵味方問わず、鬩ぎ合う強者達が屍となって行く。


「拍子抜けもいい所だわ。強そうなのは見た目だけだなんて」


マリカは次々と敵を葬って行く。遠方にいる敵に稲妻を放ち、接近してきた敵を片手で持った剣で躊躇なく切り裂いて行く。

あどけない少女が武装し、返り血を浴びながらも躊躇いもなく敵を葬って行くその姿をジルドラスの兵は不気味に感じずにはいられない。


「あの小娘に舐めてかかるな!もうすでに三十人が奴に討たれている。一斉にかかるぞ!」

「あら、数で来るわけ?いいわよ。それくらいハンデがなきゃね」


そしてジルドラスの兵士達六人は余裕の笑みで立ち尽くすマリカに襲いかかる。


「舐めやがって」

「悪魔め、思い知れ!」


少女は瞬時に掌から魔力を収縮し、青い稲妻を纏った光を作り出し、放とうとしたが邪魔が入る。


「オラァ!!」


ビヨルンが両手斧に魔力を揺らめかせ、兵士達を真横から衝撃と共に切り飛ばし、得意げな笑みを浮かべて見せた。


「へへっ!」

「ちょっとあなた、何でこんな所にいるのよ!それに今のは私の獲物よ!?」

「ぐっ...!こんな時に蹴るなよ....!」


マリカは怒りが心頭に達し、得意げに歯を見せて笑うビヨルンの背中を蹴飛ばした。そして襲い来る敵を切り捨てながらいつもの調子でビヨルンに皮肉を垂れる。


「全く、元気でいいわね。普段からその調子なら集会の時に面倒事に巻き込まれずに済んだかもね」


うつ伏せだったビヨルンは立ち上がり、背後から襲い来る敵に斧を旋回して切り伏せながら答える。


「俺にはこれしか取り柄がないからな。むしろアルシュがいなくなって清正したよ。せっかくアピールできる場があるっていうのに、新しく入ってきた新兵に足を引っ張られるんじゃ元も子もないしな」



「あら、随分と野心深いのね。ま、私の方が高い戦果を上げるから、どのみち貴方の望みは叶わないと思うけど」

「ふん、言うだけ言っとけ!」


そして二人は背中を合わせて襲い来る敵兵を次々と薙ぎ倒して行った。


一方、獣族の黒髪の青年は獣族特有の素早い動きで相手の背後に回り込み、鉤爪で切り裂いて行くという戦法を取ることで、竜族の敵を翻弄していた。


「怯むな!数ではこちらの方が上...」

「クソ!敵はどこに行った!?まるで見えないっアガッ!」


切り裂く際に空気に舞う血の匂いに、優れた嗅覚が敏感に反応し、なんとも言えない不快感がキルガに襲いかかる。


「全く、この匂いはいつまで経っても慣れやしないな。飯屋で食った料理の香りが恋しいよ」


彼は敵を屠りながら以前、仲間と食べた食事を思い出す。美味しかった。楽しかった。

この戦いが終わったら、今度は自分からみんなを誘ってみよう。


その時にビヨルンとアルシュを和解させてやれればいい。ビヨルンは変なやつで、戦いの事になると、熱くなる性格だから、知った風に言うアルシュに嫌気が刺したんだろう。

少し不安な気もするが、大丈夫さ。あいつらなら仲良くやれる。


そして、立ち怯む兵士の後ろから、キルガの前に、肉付きがよく、身長はがキルガの倍ほどの男が、戦鎚を掲げて現れる。


「隊長...!?」

「俺が行く」


その瞬間、キルガに寒気が襲う。凄まじい殺気。嗅覚からでも分かる、染みついた血の匂い。これまで戦って来たどの兵士とも違う。


「あんた、何者だ?」


しかし、返答はない。彼はただキルガを殺気の混じる冷ややか眼差しで見下すだけだ。


その男から放たれる殺伐とした空気圧はキルガの体に重くのしかかる。呼吸がし辛くなったような錯覚に陥り、思わず息を荒げる。


勝てるだろうか。やり過ごせるだろうか。そんな疑問がふとキルガの脳裏によぎる。


「強いな。でも俺は帰ったらやる事があってな。だからここで負けるわけにはいかないんだよ!」


キルガは常人では捉えられないほどの動きでその男の周囲を飛び回る。


「気をつけてください!どこから攻撃が来るか分かりません!」

「ふん、それぐらい分かってるよ」


絶対に負けられない、ビヨルンやアルシュには自分はまだ必要なのだと言いきかかせ、キルガは跳び回りながら男の隙を窺う。


「みんなのためにも俺はまだ死ねない!!」


そして、軽快で素早い動きで黒いマントの男に奇襲を仕掛けようとするキルガに横腹に、戦鎚の端に備えつかられた鉄塊が豪速で直撃し、血飛沫を上げながら空を舞い、地面に激突した。


巨躯を持つその男は口から血を吐き出しながらうつ伏せになるキルガに背を向けてその場を後にする。

痛い。凄く痛い。肉が裂け、肋が折れて血が流れるように体から出て行く。体の感覚が無くなって行く。


(もしかして、このまま死ぬのだろうか。嫌だ、嫌だ、死にたく無い。死にたく無い。俺はまたみんなでまた飯屋で笑いながら飯を食べるんだ。アルシュとビヨルンを和解させるんだ。)


「く、そ......!」


そして姿が見えなくなった頃、キルガは瞼を閉じ、彼の意識は暗闇の中に消えた。

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