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28話 戦いへの意欲

朝の日が登り始めて間もない頃、クモレイア村の門の見張りを任されていた衛兵が周囲に敵兵がいないかを監視するために望遠鏡を覗き込み、その目を大きくさせる。


丘の向こうから泥だらけの馬に跨った男がこちらへ向かってくる。

その男は雲の上に置かれた宮殿の絵が描かれた旗を掲げた事で、門兵は辛うじてカヤールの兵士だと分かったが、鎧の一部が砕け、左腕を欠損している。体に力がなく、腕がだらしなくぶら下がっているが、落馬しないように馬に自分の体をロープで巻きつけてある。

そして顔は血と泥で塗りたくられ、元の姿が分からずに判別を躊躇うほどだった。

衛兵はすぐさまザッケス団長を門に呼び、望遠鏡を渡した。


「なんだあいつは...!」

「分かりませんが...雲の上の宮殿...!あれはカヤールの国旗です!罠ではないとも言い切れませんが...」

「いや、あいつは負傷しているし、魔力も底をつきかけている。恐らく必死に逃げて来たんだろう。いくら敵でも腕をもいで来るバカなんていない。死ぬ前に早く開けてやるんだ。そして治療班も呼べ!」

「はい!」


衛兵の1人が治療班を呼ぶために村の奥へかけて行く。

そして門を開けると、兵士と思われる負傷した男を乗せる馬が門を通過する。そして勢いを殺し、馬は動きを止めた。その場にいた達は彼を馬から下ろし、床に仰向けに寝かせる。

そしてザッケスが負傷した味方と思われるその男の元に駆けつける。


「こいつは酷いな、おい!大丈夫か!?」

「エ、エレハイネ砦が...窮地に立たされています...」


辛うじて意識のある負傷した兵士は限られた力を振り絞って口を開いた。


「話は後で聞く!まずは治療が優先だ!」


「それでは、間に合いません...!味方が砦内に閉じ込められ....資源が枯渇するのも、時間の問題です....。ですからお願いです.....早く彼らを....助け....て....」


そして、その男は息を吐き出すようにして事切れた。その後、治療班の数名が駆けつけたが。変わり果てた遺体を見て俯いた。


こうして1人の勇敢なる伝令兵の犠牲によって、ザッケス率いる夜明けの団の元にエレハイネ砦への救援要請が送られたのだった。





それから数日後、アルシュはいつものようにマリカと稽古に励んでいた。

彼女と稽古をするようになってから半年が経過したが、マリカにはまだ一度も立ち合いで勝ったことが無い。

しかし、全く収穫が無いわけではない。最初の頃と比べると、マリカに一瞬で決着をつけられる事は無くなり、立ち合の中でも惜しいと感じる場面が増えている事から、アルシュは自分の実力の変化を実感していた。


「ちょっ、いい加減に降参しなさい!」

「嫌だね!今日こそお前をギャフンと言わせてやる!」


二人の工房が続く。マリカはアルシュに何度も攻撃を仕掛けようとするが、うまく防ぎ、受け流される事で苛立ち始めていた。

マリカは左凪でアルシュの胸元を狙うが、それを弾きかえし、下から振り上げ、刀身の先でマリカの顎を狙う

しかし、彼女はそれを受けながら跳躍。そして木刀に魔力を纏い、その青白い光が太陽の光を遮る。


「おい、だからそれずるいって!」

「本番でずるいなんて言葉は通用しないわよ!」


彼女はそう言って重力に身を任せて、慌てふためくアルシュ目掛けて突進し、物騒な凶器と化した木刀を振り下ろす。


受けきれないと思ったアルシュは地面を蹴り、後ろに跳躍する事で回避。そしてマリカの放つ木刀は自分の体程の面積の地面を抉り、土煙が舞う。


アルシュは息を呑んだ。今までいい勝負をしていたと思っていたのに、マリカは全く本気を出していなかった事に気付く。


そして、よろめくアルシュとの間合いをつめ、右凪を放つ。アルシュも負けてたまるかと、彼女との間合いをつめて木刀を振り下そうとしたが、間に合わず、肩に食い、膝をついた。


「痛〜!あと一歩だと思ったのに...!」

「中々強くなったんじゃない。相変わらず私には勝てないけど」

「そしてお前は一言多いんだよ!」


アルシュに悔しさはあったが、強くなれている事に実感はあったし、エリンがいない今日もマリカは真剣に稽古に付き合ってくれている。


「でもありがとな、いつも稽古に付き合ってくれて。お前の子どもじみた悪口には飽きたし、うんざりすることもあるけど、いつも助かってるよ」


アルシュは少し照れくさそうな表情をしながらも、素直にマリカに感謝の言葉を告げた。


「は?そんなの当たり前じゃない?だってここは戦場だし、傭兵達が集う拠点ですもの。あなたもいずれは戦うことになるんだから逆に強くなってもらわないと、私も困る...って言うか、感謝以外の半分が私への悪口だった気がするんですけど?」


マリカは感謝の言葉に戸惑いながらも、余計な言葉を聞き逃してはいなかった。


アルシュは大の字の仰向けになって空を眺めながら、ぼやいた。


「あーあ、でもやっぱ、今日の立ち合いはエリンにも見てほしかったよ」


マリカはアルシュの隣に腰を下ろし、三角座りで空を眺めながら言った。


「仕方ないわよ、突然エレハイネ砦の救援要請が来たんだから上役は今頃バタバタよ。多分明日にでもザッケス団長が兵士達を招集するんじゃないかしら?」


エレハイネ砦。マリカから簡単に教えてもらった話では、敵の存在を把握するために、丘の上に作られた堅牢な砦であり、カヤール軍にとっての要の一つらしい。

そこを落とされれば、国境で帯状に点在している拠点群の全体状況の把握が可能となり、ジルドラス軍の突破を許してしまう危険性が高いとの事だった。


「召集を受けたらマリカも行くのか?」

「当たり前じゃない。行かなきゃなんの為に鍛えて来たのか分からないでしょ?まぁ、アルシュは行かない方がいいかもね。だってまだ弱いんだもん」

「おいおい、マリカ。俺がそんな挑発を受けてここに残るわけがないだろ?」

「でもここにエリンならここに残れって言うかもよ?」

「うっ...!」


アルシュの口元が硬く閉ざされる。マリカの言葉が突き刺さるも否定はできない。まだここに来て間もないし、強くなったとはいえ、結果が出せていない。そもそも戦場に行って何か役に立てるのだろうか。それに、生き抜く事ができるのだろうか。


「ま、エリンはどう言うのか知らないけれど、行くのも行かないのもあなたの自由よ。好きにしなさい」


マリカはアルシュに背中を向け、手を挙げて別れを告げながら稽古場を後にした。

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