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27話 憧れと好奇心

その後、居酒屋での雑談が進む中、アルシュはビヨルンの言葉の中に引っ掛かりがあったため、エリンに問いただす。


「なぁ、さっきビヨルンが言ってたけど、元々弟子は取らないって本当?」


思えば違和感はあった。エリンは剣を始めとした戦いに関する知識や知恵を多く持っているにも関わらず、アルシュとマリカに対する指導しか行っていない。


「ええ、それは本当よ。元々私ってそんなに教えるのも上手じゃ無いし、みんなの指導なんてできないもん」


「そんな事ないだろ。エリンのおかげで俺は日々強くなってるし、馬術だってお手のもんだよ!」

「でも相変わらず私には頭が上がらないわよね。一体いつになったら私を超えられるのかしら」

「今頑張ってる途中だよ!」


マリカは隙があれば面白半分で冷やかしに来るだけでなく、怒らせれば手が出る。全く手に余る。



アルシュは今日の稽古を思い出し、悔しそうな表情を浮かべながら皿の上に残った野菜の屑を弄びながら、小さく呟いた。


「あーあ、やっと強くなれたと思ったのに」

「アンタなんてまだまだよ」

「なんだと!?」


マリカは「えっへん!」と座った姿勢で腰に手を当て、鼻を鳴らしながら強気の表情をアルシュに向ける。

アルシュは頭に血が上り、いつものように歪み合いが始まろうとしていたが、酒に酔ったエリンはそれを止めようともせず、クスクスと口に手を当てながら笑った。


「なんでエリンまで笑うんだよ!」

「いやいやごめん!まさかマリカが私の言おうとしてた事を先に言うだなんて思わなくてつい」

「同じ事?」

「ええ、確かにここ最近の君の成長には目を見張るものがある。正直毎日が驚きの連続だわ。でも、それでもまだまだ先は長いって事よ」

「そ、そんな事分かってるよ。第一俺、まだマリカにだって勝ててないんだから」


現に今日は彼女の本気の力を思い知らされたばかりだ。アルシュはまだまだ力不足。思い上がるつもりはないが、脳裏の片隅には確かに悔恨という文字が佇んでいた。


「アルシュだって、この世界に『魔剣士』っていう人たちがいるの知ってるでしょ?」

「魔剣士?」

「アンタ、剣の道に進もうって言うのに、まさか魔剣士も知らないの?」

「全くだぜ、そんなの俺でも知ってるっての」



マリカとキルガが話の間に入り、あまりに無知な少年に驚きを露わにする。

魔剣士、その言葉はどこかで聞いたことのある響きだったが、アルシュは思い出せない。


「要は強い剣士の事よ。彼らがそう呼ばれる所以はいくつかの条件に分かれてて、一つ目が魔力を使って強力な自分だけの剣を作り出せる事。もう一つは自分の技術を独自に極める事。或いはこの両方。いずれかの条件を満たせば十分に名のある魔剣士って事で世界から注目されるんだけど、両方を満した魔剣士は伝説級って呼ばれてるくらいなのよ」


エリンが遥か高みの存在について語ると、アルシュは目を輝かせながら、憧れを抱いた。


「それはすごいな!俺もいつかはなれるかなぁ」

「アンタみたいなヘタレが魔剣士になるなんて無理に決まってるわ。ま、私なら違うかもだけど」

「いちいち才能があるからって...お前は誰かの嫌味を言わないと気が済まないのかよ!」


悔しさを紛らわせるように、アルシュはいちいち話の腰を折ってくるマリカに苛立ちを露わにして吠える。

それを見て顔を赤くしたエリンはクスッと微笑み、テーブルに肘をつき、掌に顔を預けながら、自分の反芻を思い出し、語り出した。


「私もかつては魔剣士を目指したんだけどね。いざ立ち合ってみると自分じゃ無理なんだって思い知らされたよ。あの時は本当に死ぬかと思ったわ」

「え?エリンにも危ない時があったの!?」


マリカは目を煌めかせ、興味深々でエリンの話に耳を傾ける。


「俺も覚えてるよ、あいつは手強かった。マジでみんなダメかと思ってたけど、俺が助けに来たんだよな。あの時の俺、マジでカッコよかったぜ!」


先程まで口数の少なかったビヨルンは急に語り出した。マリカがいて気まずかったようだが、自分の武勇伝を語るタイミングが来て口を開かずにはいられなかったらしい。


「アンタの話なんて聞いてないわよ!」

「お前はあの時ただ見てただけだろうが!」

「うげっ!」


しかし、ビヨルンはキルガとマリカから本日二度目の拳骨を受け、あまりの痛みにテーブルに伏せながら頭を必死に抑え、エリンは再度笑い転げた。


しかしそんな中、アルシュはエリンの言葉を聞いて、避けられない現実を思い出した。


「ここって、戦場なんだよな」


アルシュの想像する戦場とは、笑顔がなく、自国の勝利のために常に誰かが血を流し倒れていくものだと思っていた。


しかし、辺りを見渡せば仲間たちが明るく幸せそうに食卓を囲み、笑い合っている。

ジルドラスでは決して体験できなかったこの温もりを、アルシュはこの戦場に訪れるまで知る由もなかった。


その後、食事を終えた五人は酒場を出てキルガとビヨルンは自分たちへの寮へと帰ろうとする。


「じゃあ、またな!」


アルシュは二人に別れの挨拶を告げ、キルガも「ああ、またな」と快く返事をした。

しかし、ビヨルンはなぜか彼の声かけに対し、聞こえなかったフリをした上に、冷ややかな表情で睨めつけ、歯軋りして見せた。

それに対して逡巡したアルシュを見て、キルガがアルシュの耳元で囁いた。


「すまない、ビヨルンの事は気にしないでくれ。俺がキツく言っておいてやるから」


そして二人は背中を向け、歩き出した際にキルガがビヨルンの態度を咎める。


「おいビヨルン、なんだよ今の態度...!」

「だっておかしいだろ...なんであいつばっかり....!」


彼らはヒソヒソと話していたが、会話の内容はアルシュの耳の中で木霊した。アルシュにはビヨルンを怒らせるような言動をした覚えがなかったが、どうやら何かが彼の心に再び火を灯したらしい。


「何やってんの?帰るわよ!」


マリカの声で振り向くと、エリンとマリカはすでに酒場の前から離れていた。


「ごめん!」

「全く、グズなのも困りものよね。あなたって人をイライラさせる名人なんだから」

「いちいち一言も二言も多いお前にだけは言われたくないよ」


いつものマリカにため息を吐きながらアルシュは2人の元へ駆けて行き、そのまま3人は寮へ戻って就寝する。


その夜、パジャマ姿に着替え、ベッドに入ったアルシュは何度も寝返りを打っては中々寝付けずにいた。

彼はビヨルンについて気になっていた。彼の言動には疑問するべき点がある。


「あいつ、マリカの胸を触りたかったんだよな。でも自分をボコボコにしたやつの胸を触りたいって思うのか?」


アルシュは彼女に対して、そのような目で見る事はできなかった。マリカを見るたびに悪態の数々や、稽古での荒技がチラつく。


「あの女がどんなに機嫌がよくたって、触りたいなんて絶対に......機嫌?...状態...?」


アルシュはふと天井に張り巡らされた板を眺めて、ある事が気になり始める。


「マリカって今寝てるんだよな」


マリカといえど、パッと見では可愛い女の子だ。きっと愛嬌のある寝顔に違いない。

しかしリスクがあまりにも大きい。バレれば雷で黒焦げにされる危険だってある。


「でも、見てみたい!」


齢十二歳の少年の好奇心があふ、欲求を満たす決意を果たし、厠へ行くと言う大義名分の元、少女の眠る寝室へと冒険の旅へ出る。


「大丈夫、部屋の隙間から覗くだけ。もしバレたって厠に行こうとしてたって言えば許してもらえるさ」


アルシュはそう自分に言いきかせて、三つの寝室の扉が並ぶ暗い廊下をヒッソリと進む。一番向こうの扉からは、エリンの轟音にも似たイビキが聞こえて来るが、今はやめておこう。酒を飲んだ彼女は寝相が悪い。

それよりも興味があるのはマリカの寝顔だ。


そして、アルシュは目的地である禁断の扉の前に立った。このドアの向こうではマリカが眠っている。そう考えるだけでも心臓の高鳴りが激しくなる。

扉から放たれる謎の威圧感によって体がこわばり、思わず息を呑んだ。


「やっぱりやめておくか?いやいや、バカか?なんのために俺はここに来たんだ...!」


無論、マリカの寝顔を見るためだ。アルシュは勇気を振り絞ってドアノブに手をやり、音が鳴らないようにゆっくりと開く。すると、扉の隙間から何やら少女の泣き声が聞こえてくる。


「う〜ん、ヒック....グスン...!」

「マリカ...?」


これはマリカの泣き声?あの彼女が泣く姿など想像ができないが、この聞き覚えのある高い声はまさしく彼女のものだ。


「でも...なんで?まさか、昼間に胸を触られた事がそんなに嫌だったのか...?」


負い目を感じたアルシュから性欲の火は徐々に消えていく。そして、明日ちゃんと謝ろうと思い、

自分の寝室へと戻ろうとした時


「そっとしといてあげて」


急に後ろから声がしたため、驚嘆し、背中に氷でも入れられたように、体を震わせながら後ろを振り返りると、白いリネンのパジャマ姿のボサボサの髪を下ろしたエリンが虚な翡翠の眼差しをアルシュに向けていた。


「エ、エリン...?あの....ち、違うんだ...!俺は、その、か、厠に行って...ハハハ...」


アルシュはあまりの必死さに頭が回らず、言葉がはっきりと出ない。額からは不思議な汗が滲み出すが、ニッチもサッチも行かない状況に表情からは困惑の色を隠せない。


「言わなくても分かるわ。まさかあのマリカが泣くなんて普通思わないものね」

「え?」


アルシュは計画がバレずに済んだと安堵したが、マリカの泣く声を聞いて眉一つ動かさないエリンの冷静さが引っ掛かる。


「こんな事、君に教えるのもなんだけど、あの子はここに来る前、戦争で両親を目の前で殺されてて、それが夢に出て来て、たまに泣く事があるの」


アルシュは再び息を呑んだ。あのマリカにそんな事情があったとは。だとしたら、いつもの強がりや悪態は自分の悲しみを誤魔化すためなのだろうか。


「マリカだけじゃない。この夜明けの団に来る人たちは半分くらいが戦災孤児や未亡人の集まり。さっきのキルガやビヨルンだって同じ。それでも戦いたいと願ってここに来たのよ」


マリカ、ビヨルン、キルガ。皆、大切な何かを失って、本来であれば他の道があっただろうに、敢えてこの戦場を自分の居場所として選んだ。


「でも、俺は違う。ここに来るしかなかった。ここで戦うしかなかった。生きるため、そしていつかヨルム王を倒すためにも」


アルシュが他の仲間との違いに気付き、歯を軋ませて、拳を握りしめる。


「分かってる。大丈夫よ。あなたは強くなったし、そのうち皆んなあなたを仲間だって認めてくれるわ。マリカだって、普通は誰かを庇ったりするような子じゃない。あなたを認め始めた証拠よ」


エリンはアルシュの孤立した思いを温かく包み込むように、抱擁した。少し酒臭かったが、彼女の優しさに心を惹かれ、1人ではない事を改めて知った。


「じゃあ、お休み」


こうしてアルシュとエリンは部屋へ戻ろうとしたが、エリンが「あーそれと」と何かを伝えようと立ち止まり、微笑しながら口を開いた。


「今回の事は黙っててあげる。でも、覗きなんてやめといた方がいいよ?あの子の寝相ったら私よりも悪いんだから」


アルシュの顔が熱くなり、再び鼓動が激しくなる。そして、次やる時はエリンの目を如何に掻い潜るかが重要になってくると、自分の中の課題を明確にするのだった。

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