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26話 賑やかな団欒

酒場での一件もあって、いたたまれない空気に耐えられず、店から出た三人は別の飯屋に行く事になった。


そこには数名ほどの客はいたものの、先程の酒場よりよりも活気が少なく、誰もエリンたちに関心を示さず、黙々酒や料理を体に流し入れる。あるいは仲間たちと小さく談笑していた。


「おい!エリンとマリカじゃねえか!」


しかし、そんな客の中から、アルシュと行動を共にする二人を呼ぶ声が聞こえ、注視すると燃えるような逆立った赤い髪の青年と、獣の耳を生やした黒髪の青年が手を振っていた。


「あ、ビヨルンとキルガじゃない!久しぶり!」


そう言ってエリンは椅子に座る二人の元へ手を振りながら駆けつけ、彼らの肩に手をやると、獣の少年が不思議そうにアルシュを見て首を傾げる。


「あれ?あいつは誰だ...?俺と同じ黄色っぽい肌だけど、見ない顔だな」

「あの子はアルシュ、竜族よ!」

「エリン!」


アルシュは慌ててエリンに詰め寄り、彼女の肩を触れると、彼女は振り返って余裕の笑みを向ける。


「大丈夫、二人はさっきの連中みたいに君を敵だなんて思わないって」

「本当かよ」


キルガは興味深そうに竜族の少年を見つめ、顔を近づけたかと思えば衣服のくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。

アルシュはそんなキルガの奇行に戸惑い、背筋を騒がせながらたじろぐ。


「な...なんだよ」


「すまねえ、あんまりにも珍しいもんでな。だって竜族って言えばジルドラスに住むもんだろ?まぁ色々あったんだとは思うが」


竜族の少年をあっさりと受け入れたキルガはアルシュに対して「よろしくな」と手を差し伸ばし、アルシュは恐る恐るその手を取った。それを見たエリンは微笑を浮かべた。




「ビヨルンもアルシュに挨拶くらいしろよ...ってビヨルン?」


それから、キルガはさっきから話そうとはしない親友にあいさつを促そうとしたが、彼はマリカを腫れ物のような目で見つめて銅像のように固まっていた。


「.......」

「何よ、こっちばかり見て!私の顔に何か泥でも着いてるの?」


マリカが自分を注視したまま動かないビヨルンに話しかけると、彼は突然慌ただしく口を動かし始めた。


「い、いやいや.....!?そ、そそんな事はないって...!ちょっと考え事してただけだ!」


キルガは「しょうがないな」と肩をすくめて、表情をしぶくしながら膝をうかして、キョトンとするアルシュの耳に顔を寄せてヒソヒソと話す。


「許してやってくれ、ビヨルンはな。ずっと前にマリカに決闘を挑んでそれはもう酷いやられようだったんだ」

「そ...それはご愁傷様...」


今日、マリカにひどく打ちのめされたアルシュはビヨルンの不幸を脳裏に思い描き、彼に対して同情にも似た哀れみの視線を向けた。



その夜、ビヨルンとキルガを含めた五人で夕食を楽しんだ。思えば、アルシュの夕食がこんなに騒がしかった事などこれまでにあっただろうか。


特にエリンが一番はしゃいでいる。彼女は木樽のコップに入った酒を飲みほし、机の上にドンッと音を立て、酔った勢いで今日の話をぶちまけていた。


「それで、その時のアルシュの顔ったら...今思い出すと笑いが...クッ...アッハッハッハッハ!!」

「ブッハッハッハッハッハ!!」

「思い出させんなよ、考えただけで背中がっ、うぅっ...!!」


アルシュの災難を聞いてエリンと一緒に目を泳がせたキルガの哄笑が止まらない。アルシュはそれを思い出して昼間に痛めた背筋をゾッとさせる。


「もう!笑い事じゃないわよ!」


言いながらマリカは顔を少し赤くしながら誤魔化すようにフォークを口に運ぶ。


しかし、ビヨルンはエリンの話を聞いても二人のようにはバカ笑いせず、顔を赤くしながら小さくそっと呟いた。


「いい思いしやがって...」

「ん?ビヨルン?なんか言ったか?」

「え?言ってねえよ!空耳だって!」


キルガの質問にビヨルンは戸惑いながらもなんとか誤魔化してやり過ごす。


他の四人には聞こえていなかったが、キルガにはビヨルンの言葉がはっきりと聞こえていた。

いくらマリカが苦手といえど、流石にアルシュが犯した所業には、一人の男として嫉妬の念を抱かざる終えなかったようだ。


「本当か?今確かビヨルンが、」

「おい、それ以上言うんじゃねえ!」


ビヨルンは自分をからかうキルガの口が開くのを必死に阻止する。それからアルシュに顔を向け、失言を誤魔化すように質問をする。


「アルシュって言ったか?正直に言わせてもらうぜ。俺はお前が嫌いだ!」

「は?なんだよいきなり」

「お前なんでエリンに指導つけてもらってんだ?」

「は?そりゃ元々俺を助けてくれたのはエリンだし、マリカはついでというか...」

「都合が良すぎんだろ!普通、エリンは大抵の兵士には指導しないんだよ!俺だって願った事もあったが、断られた...お前、一体どんな手を使ったんだ?」

「ただお願いしたただけだ」

「んな訳ねえだろ!」


アルシュはいきなり感情的になるビヨルンの意図が分からなかったが、喧嘩をふっかけて来るこの男が気に入らない。


「お前なんなんだよ、もしかしてエリンに頼らないと強くなれないって言いたいのか?」

「それはお前だろ?俺は毎日他の仲間たちと稽古に励んでるし、胸を触らなくても強くなれるんだよ!」


ビヨルンが勢いに任せて自分の本音を吐き出した事で顔を赤くし、体を強張らせて石のように固まる。

キルガは肩をすくめ、思わず地雷を踏んでしまった親友に苦笑い。


「あーあ、言っちゃった」


アルシュはそんな無防備となったビヨルンに追撃を加える。


「なんだよおい、もしかして俺がマリカの胸を触った事が羨ましかったのか?言っとくけどあいつの胸なんてまだまだぺったんこだぞ?」


無いとはいえないが、エリンのに比べればマリカの胸など皆無に等しいと、アルシュは本音を放った。後ろで雷を(たぎ)らせる少女が目を光らせているとも知らずに。


そしてエリンからは本日二度目の「あちゃー」が呟かれる。


マリカは怒声を上げることはなかった。

ただアルシュとビヨルンは叩き伏せられ、頭に巨大なタンコブを作りながらテーブルに顔を埋める。


そしてビヨルンはこの状況に負い目を感じ、アルシュとマリカにぼやく。


「ごめん」


アルシュとビヨルンは改めて、マリカの逆鱗に触れ、彼女の恐ろしさを鉄拳制裁によって思い知らされた。


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