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25話 酒場での騒動

アルシュはその後、エリンに治癒魔術で胴体に刻まれた名誉の負傷を癒してもらっていた。


「痛〜っ....!!ったく、マリカのやつめ、思いっきりぶっ叩きやがって...!」


しかし、アルシュの傷の治りは遅い。それどころか痺れるような痛みが延々と続き、痛みを軽減するはずの治癒魔術による光は、その苦しみに拍車をかけているようだった。


「傷の治りが遅いのも無理ないよ。マリカは木刀に魔力を込めたんだから。それも雷属性の魔力っていうと、全属性の中でも一番痛みを蓄積させる事に特化しているし」

「属性?」

「そうだよ?アルシュはあんまり知らないと思うけど、一応魔術には火、水、風、雷、岩と言った五つの属性ってものがあってね。大体みんなこの属性の魔術のどれかのコントロールに長けてるんだよ」


全くピンと来ないわけではない。アルシュは自分の父が岩を操って戦っていたのを見た事がある。


「じゃあ、エリンもどれかの属性の魔力を使えるって事?」

「ええ、私は風属性が得意!」

「へぇ、じゃあ魔術みたいに使う事ができるのか?」


「うーん、魔術とはちょっと違うかな」


エリンは夕空に目線を向け、思考を整理した後、アルシュに分かりやすいように説明する。


「私たち剣士がやるのは基本は武器に対する魔力付与だけだから。それでもって魔力の特性を活かして防御や攻撃として直接使うのが魔術ね。分かる?」

「うーん...」


アルシュはエリンの説明について行けず、頭が雁字搦めに絡まって行く。

そもそも、魔力をコントロールできないアルシュは魔術についての仕組みなど考えた事がなかった。


「でもマリカは一つだけはなかったよな。エリンはあいつが雷属性の魔力を使うって言っていたけど、別の属性も使っていた様な...」


「マリカは少し特別でね。普通ならそうなんだけど、あの子は雷の他にも風を使うことはできるの。それに精度も私よりずっと上と来た。剣はもちろん私の方が上なんけど...」


アルシュは同年代の嫌味な少女との隔壁に息を呑んだ。どうやら立つ土俵からして違っていたらしい。あの一撃がもし木刀ではなかったらと思うとゾッとする。


「あいつ、そんなにすごいやつだったのか!?」

「ええ...天才って言ってもいい程にね。全く、あの子には力の使い所を学んでほしいよ...」


そう言ってエリンはため息を吐く。機嫌を損ねたマリカは群青色のサラッとした髪と黒いドレスを風に揶揄われながら、二人から距離を置いて背中を向けながら頬を膨らませている。


そんな幼なげな一面すら窺える彼女を見ていて、アルシュはふと疑問が浮かんだ。


「でもよ、それでもエリンの方が強いんだろ?」


「まあね、剣でならまだまだあの子に遅れは取らないかな」

「だったらさ、なんであの時マリカを止めてくれなかったんだよ?エリンなら止められたんじゃないの?」


あのじゃじゃ馬がエリンにだけは気を遣うのを考えると当然の疑問だったが、ここでエリンから思いもよらない意外な答えが返ってくる。


「だって...マリカ、怖いんだもん...」


不意に痛いところをつかれたエリンは逡巡し、アルシュに目を背け、両手の人差し指をつんつんしながら小さく言い訳を呟いた。


「は?あんた、あいつの弟子なんだろ?」

「そりゃそうだけど、あんなに怒ったマリカを見るのが久しぶりなもんだから心に耐性がなかったと言うか....」

「何だよそれ....弟子を怖がる師匠って、逆だろ」


こうして、村人や兵士から慕われるはずのエリンが弟子には滅法弱い事が発覚した頃、ようやくアルシュの傷の痛みが消えていることに気付いた。


「さあ、終わった」

「ふぅ、助かったよエリン。傷跡残るかと思ったけど、案外綺麗に治ってよかった。どこかの一番弟子様のせいで散々な目に遭ったぜ」


それを聞いたマリカの沸点が上昇し、アルシュの元へ駆けつけて、怒声を吐き散らす。


「あんたが、胸を触るからでしょ!?」

「だからってあそこまで強く殴る事なかっただろうが!殺気ビンビンで死ぬかと思わったわ!」


隙あらばすぐに歪み合う二人の間に入り「まぁまぁ」と場を治める。アルシュがマリカに会ってから何度二人の間に入った事だろうか。彼女の気苦労は増える一方だった。


稽古の後、アルシュは憤りながら歩くマリカの後ろをエリンと歩き、拠点内の酒場へ向かう。


「ったく、いくら強くたって中身はガキとなんら変わらねえ、むしろ俺の方があいつよりも大人な気がしてきた...!」

「まぁ、今はそっとしといてあげよ?マリカの事よ。酒場でおいしいものでも食べれば少しは機嫌も良くなるよ」


エリンはすっかりマリカのご機嫌取りと化しているようだ。全く持って、あの少女には癪に触る事が多い。

が、強気な口調を放ちつつも、胸を触った事はいけない事だと感じるアルシュは後で謝るべきかと、頭を悩ませていた。


「さあ着いたぞ!はぁ〜!もう腹ペコだ!」


そして、以前マリカと出会った酒場に到着する。

エリンはマリカを元気にするために、無理やり大袈裟で明るく振舞って見せた。


「冗談じゃないわ、こんなスケベと一緒にご飯なんて食べれるわけない...」


エリンは見栄を張るが、稽古で体力を消耗した彼女の胃袋は途端に悲鳴を上げ、エネルギーの補給を求めている。


「なんだ、お前の腹は正直じゃねえか」


アルシュは微笑しながら、その腹の音について指摘してやると、マリカは顔を少しだけ赤らめ、「うるさいわね」と、エリンとアルシュから気まずそうに顔を逸らした。


エリンがスイングドアを開けると、以前ガラガラだった店内には大勢の兵士や村人で賑わっていた。


「マリカさんじゃねえか!」

「よっ!夜明けの花!」


「どうも、花なんてやめてよ照れ臭い」


エリンはそう言って後頭部のクリーム色の髪を掻き乱した。

酒を飲み交わし、食い物に食らいついてゲラゲラ笑っていた彼らはエリンの姿が見えたと同時に、労いの言葉をかける。しかし、有名なのは彼女だけではない。

続けて入ってきたアルシュを蔑視し、人々は彼に対する偏見と冷淡の言葉を騒めきの中に浮かべる。


「おい、あの噂の竜族のガキだぜ?」

「マジかよ?せっかくの飯が不味くなっちまう」

「仲間の仇がこの酒場に何のようだってんだ?」


エリンとは対照的にアルシュは彼らに歓迎などされていなかった。顔を嫌悪で歪め、歯軋りをしながらアルシュを凝視し、侮蔑を浴びせる。中には懐に隠し持った短剣の柄に手をやる者もいた。


「皆落ち着いて。確かにこの子は竜族だけど、この子にも辛い事情があるのよ」


エリンはアルシュを庇おうと必死に酒場の客たちを説得させようとする。しかし、自分たちの仲間の命を奪った敵への恨みは止まる事を知らず、その怒りの矛先はたとえ少年であろうと、当然目の前に立たずむ一人の竜族へ向けられる。


「いくら副団長さんの言葉でも納得できねえな」

「どれだけ俺たちの仲間が竜族の手によって犠牲になったか、あんたの方が分かってるはずだぜ?」


エリンは冷や汗を流しながら息を飲み、表情に困惑を浮かべた。

今日、アルシュはこの拠点に来て初めて大勢が集まる場所に姿を現しては見たが、考えてみれば当然だ。

散々殺し合いをしてきた敵の種族を見て、彼らが面白がるわけがない。アルシュはジルドラスでの迫害を思い出し、顔を曇らせて俯く。


「やっぱり、ここでも同じか...エリン、マリカ。俺、先に帰ってるよ...」

「あ、アルシュ!」


エリンはアルシュを呼び止めようとしたが、失意の縁に立たされたアルシュは酒場を後にしようとする。

しかし、彼がドアを抜けた時、下を眺めながら歩く彼の裾を、誰かが強く引っ張った。


そして群青色の髪をした小柄な少女は、その細い腕からは信じられない程の力で動揺を見せるアルシュの体を店内へ投げ飛ばした。


「う、うおわぁ〜!」


その体は重みと勢いで大きな音を立てながら両開きのドアを弾き開く。

そしてアルシュはうつ伏せになって派手に勢いよく倒れ、地響きが客やテーブルの食器に伝わり、不穏な音を立てた。

仰向けになってから半身を起こし、焦燥しながらマリカに不満を投げかける。


「な、何すんだよ!さっき怪我を治してもらったばかりなんだぞ!?」


人々がドアの向こうにいる黒いドレス姿の少女を見て再びざわめき出す。


「おい、あいつマリカだぞ」

「ああ、エリンさんの弟子だ!」

「怒らせると怖いって噂だ...!確か、稽古場に無理矢理連れて行かれてタコ殴りにされるって...!


住民たちはこの状況で現れたマリカに対し、恐怖を募らせている。どうやら彼女を怒らせて痛い目を見たのはアルシュだけではないらしい。


「あなた、悔しいって思わないの?少しは意地を張ったらどうなのよ。そんなんだから、いつまで経っても私に勝てないのよ!」

「....!?」


マリカはそう言って騒めく居酒屋の客達にアクアブルーの鋭い眼差しを向けて、激しく因縁を振り撒く。


「あんた達もいつまでこっち向いてんのよ!?まさか、私と決闘でもする気?言っておくけど、アンタたちじゃ、そこで寝そべってるガキにだって勝てないわよ」


すると、客たちはマリカとアルシュに畏怖の表情を逸らし、食事に戻った。


「マリカ、ありがとね」


エリンは膝をついてマリカの視線に合わせて彼女の頭を撫でる。

アルシュはマリカの言動に目を見張った。彼女であれば、彼らの叱責に加わり、いつもの悪態を吐いていてもおかしくは無いはずなのだが、逆に彼女は怒ったのだ。

エリンもそんなマリカに驚き、弟子の勇姿を見て喜んでいた。


マリカは師匠に頭を撫でられて、少し照れた表情で顔を横に向ける。


「だって、ムカつくもん。大の大人が寄ってたかってこんな子供を虐めるなんて、私としたことが、ついイライラしてしまったわ」


アルシュはマリカが自分のために怒ってくれた事が嬉しく、立ち上がってから彼女に感謝の念を込めてボソッと呟いた。


「あ、ありがとう...」

「あ、ありがとぅ...じゃないわよ!大体あなたが弱いから私が怒る羽目になったのよ?男なら少しはそれらしいところを見せなさいよ!」


酒場の入り口でアルシュへの叱責が響き渡る。アルシュは助けられた事もあって反論ができなかったが、「まぁまぁ」と言ってエリンはマリカの怒りを鎮めた。


「じゃあ、席に座りましょう」


そして酒場の席を探そうと辺りを見渡し、エリンは沈み切った場の重たい空気に苦笑する。


「は...はは...やっぱり一旦出ましょう?」

「仕方ないわね、こんな所でじゃ、ご飯が喉を通らないもの。あーあ、アルシュがこんなヘタレスケベじゃなかったら今頃お腹いっぱい食べられていたのに」

「珍しく優しいと思ったのに最後の言葉がトドメになってるって!」


アルシュは悪態を止める気のないマリカに対し、流石にツッコミを入れてしまったが、それが彼女ならではの敬意を表すための表現なのだと感じ始めていた。

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