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20話 異郷の種族たち

それから一週間が経ち、アルシュはついに地下牢から出る事を許された。

久しぶりに見た陽の光が目を灼いたが、目を見開かずにはいられなかった。


夜明けの団の拠点は農作業に勤しみ、武器を作る鍛治屋、建設作業に取り組む大工など、それらの光景は自分がこれまで暮らしていた村とはなんら変わりはないように見えた。

しかし、アルシュが驚きを隠せなかった事は他にある。


「なあエリン、あの人たち、竜族じゃないんだよな?」

「当たり前だろ?第一、ジルドラスとは敵同士で竜族は基本ジルドラスにしか住まない」


辺りを見渡せば、ここには竜族が誰一人としていない。

赤い肌にツノを生やす者。

土色の肌を持つが、体が小さくおかしな笑い方をする者。

アルシュと同じく黄色の肌を持つが、獣のような耳が頭頂部付近についている者など、アルシュがこれまでに見たことのない特徴を持つ人々が、そこには存在した。


「私たち、夜明けの団は多種族で結成された傭兵団で、もちろん皆カヤールの出身だ」


そして、エリンは周囲にいる人々に視線を促し、彼らの種族を説明していく。


「そこに鍛冶屋で刀を叩いている、土色の肌をした小人族はランドル。あそこで農業に勤しみ、私たちに尻尾を振りながらお尻を向けているのは獣族のリーシャ」


アルシュは色々な種族が生活を共有しているのだと納得したが、エリンの特徴が周りの誰にも当てはまらなかった。

色白の肌ではあるが、瞳の色は翡翠でウェーブの入ったクリーム色の髪。それ以外に目立った特徴が見当たらない。


「じゃあ、エリンの種族は?」

「私は、アスラ族よ」

「アスラ族?」


先程説明してくれた、小人族や獣族は一度は童話で読んだ事があるような気がしたが、アルシュはアスラ族と聞いてもあまりピンと来なかったため、首を傾げる。


「まぁ....あまりアスラ族を知らないのも無理はないわ。種族とは大層に言ってもエルフ族や獣族と違って少数派の部族が最近になって増えたってだけだからね」

「なるほど、最近増えたから種族として成立するようになったのか...」


アルシュは初めて聞くアスラ族について少しだけ興味を持ったが、これ以上聞き出そうとはしなかった。

エリンは笑顔こそ作って入るものの、その口調は躊躇いを見せるかのように少しだけ辿々しい。

何事情があるのだろうか。彼女はあまり自分の種族を語る事が面白そうではなかった。


「とにかく、ここには多種族が暮らしる。誰も君の国とは違って階級の事なんて考えないわ。強いて言えばザッケス団長だけど、要はあの人が何か喋ったら素直に聞いておけばいいわ。それでどうするかも君の自由よ」


自由、その言葉は下級民としての労働を強いられる家に育った少年にとっては聞き慣れずとも、心を癒してくれるかのような小気味の良い言葉だった。


しかし、だからこそ疑念を抱かざる負えない。ここは戦場にある拠点のはずなのに、エリンの話を聞くと。ジルドラスよりも居心地がいい場所とも解釈できる。

アルシュは目を白黒させ、誇らしげに語りながら腰に手を当てるエリンに問いかける。


「ここって戦場だろ?どうしてこんなに平和なんだ?なんか俺の思ってるイメージとかなり違うんだけど...」

「ああ、ごめんね。まずはそこから説明するべきだったわね。確かにここは戦場とされている地域ではあるけど、実質的にいえばここは激戦地ではない安全地区なの」

「戦場なのに、安全?」


意味が分からない。アルシュは再度首を傾げるのを見て、エリンは説明を続ける。


「難しい話にはなると思うけど、ざっくりいえば、この地域はカヤール軍の拠点群が広がってる。ジルドラス軍とはいえ、無闇にここを攻めてくれば痛い目を見るって事よ」

「つまり、こっちが劣勢に立たされでもしないとアイツらはここに来られないって事?」

「そういう事。そして今はこっちが優勢。つまりはここが襲われる事はないって事よ」


エリンの話によればつまり、カヤール軍この地域一帯を陣取っているらしい。アルシュは彼女がここを安全だと言うのも納得ができる。


エリンは頬を緩め、に顔を向き直して嬉しげに話を続ける。


「拠点にはあなた位の歳の子もいっぱいいるわ。後で紹介してあげる」

「別にいいよそう言うの。俺は友達を作るためにここに来た訳じゃないし」


全く冗談じゃない。仲良しごっこなんて懲り懲りだった。故郷ではそれで裏切られ、父親を失う羽目になったのだ。エリンはともかく、今更誰かが笑顔を振り撒いて歩み寄ってきた所でアルシュはそれを受け入れようとはしないだろう。


「君の目的は前にも聞いたわ。確か、生きるためにまずは強くなりたいんでしょ?だったら仲間と打ち解けるのは大事だと思うよ?その方が心の支えにもなるだろうし」

「いらねえよ」

「ふふふ、どうかな?実は、あなたと同じくらいの女の子もいるのよねぇ。もしかしたら案外気に入ったりしちゃって」

「からかってんじゃねえ!」


年端もいかない少年の心を擽るかのように、意味深な笑いを見せるエリンにアルシュは頬を染めながら激しく否定する。


そんな中、アルシュとエリンが向かう方向の先から、何やら慌ただしい呼び声が響く。


「おい、エリン!今日は皆んなで資源について話し合いをするって約束だっただろ!?」


頭頂にツノを生やし、白い巻毛で覆われた中年の男が遠方からエリンを呼んでいる。


「ああっとそうだった!忘れてた!」


獣族の男の声を聞いたエリンは途端に血相を変えてアルシュに断りを入れる。


「ごめん!本当はこれからこの拠点を案内してあげようと思ったんだけど、私はこれから大事な話し合いがあるの....」


アルシュはなぜエリンがここまで取り乱しているのか分からなかったが、ひとまず彼女がうっかり家だと言う印象を持った。


「でも、それじゃあ君は困るわよね。ちょっと待ってて!」


そしてエリンは俯いて数秒程思案した後、顔を上げ、何か良いアイデアが閃いたかのような表情をみせた後、鍛冶屋の向かいにある木造の酒場へ向かう。アルシュも続いて酒場に向かうと、彼女は両開きのスイングドアを勢い良く開けた。


酒場の中はガランとして閑古鳥が今にも鳴き出しそうだったが、聞こえるのは黒いドレスに身を包む群青色の髪の少女から聞こえる、ぼりぼりと言う咀嚼音だった。


「マリカ、ちょっとお願いがあるんだ」


エリンがそう言うと、少女は齧っていたパンを皿の上に置き、ハンカチで口の周りを拭いた後に大きなアクアブルーの双眸を2人に向けたが、彼女の口元にはまだパン屑が残っている。


「あらエリン?一体どうしたの?こんなに朝早くから私になんのようかしら?」


「今から稽古をしようとしてたところごめんなんだけど、この子に拠点内を案内してあげてくれない?アルシュ、彼女はマリカ。妖精族よ」


言われてみれば彼女の耳が少し尖っているようにも見えるが、特に目立つ程でもない。アルシュはエリンが彼を紹介する前に自分から名乗る。


「俺はアルシュ、パン屑が口元についてるぞ?」

「あ...」


アルシュが彼女の口元を指摘すると一瞬、場の空気が静まり返る。

そして平静を保っていた彼女は驚き、小さな顔が赤くなって行く。

彼は場の空気が一気に変わった事に気付くが、自分の軽はずみな口調が要因となっている事を理解していない。

エリンは慌ててアルシュの耳元に顔を寄せ、マリカの悪癖について小声で注意を促す。


「ちょっと、アルシュ!言ってなかったけど、あの子がたまにパン屑を口元につけるのは悪い癖で、私以外の誰かがそれを指摘すると機嫌が悪くなるのよ...!」

「そ、そんな事先に言ってくれよ!」


しかし、もう遅い。無粋なアルシュの言動によってマリカは口元を再度ハンカチで拭いてから、眉を顰めて、アルシュを睨みつける。そしてエリンへの返答に質問を乗せて返す。


「別に構わないけど、なんで私がこんな子どもに拠点を案内してあげないといけないの?」

「私はこれからこの拠点の役人たちと重要な話し合いがあって...。お願い、あなたにしか頼めないの」


エリンは冷や汗をかきながら苦い笑顔で彼女に手を合わせて頼み入れる。それに対し、マリカは深くため息をついて了承した。


「いいわ、あなたの頼みだもの。本当はとっても嫌だけどね?」


マリカは可愛げのあるはずの整った顔をへの字に歪め、本当に嫌そうな表情をアルシュに分かるように向けた。

アルシュはそんな彼女の冷ややかな態度に苛立ちを見せた。本当であれば殴りつけてやりたい所だが、エリンも見てるし、相手は女の子だ。

アルシュは怒りを力ずくで押し殺し、腕を組みながら挑発して見せる。


「で、できないんなら無理しなくてもいいぜ?今度エリンに頼めばいいだけだからな?」

「何よ!あなたよりはここに詳しいわよ!全く...これだからガキは...」

「見るからにお前だってガキだろうが」


2人は視線をぶつけて火花を散らす。そして口喧嘩は激しさを増して行く。それを見かねた、エリンは慌てて2人の間に入る。


「はいはいそこまで!二人とも喧嘩はやめて!仲良くしてね!」


エリンは疲れたように深く息を吐く。そしてマリカに案内を任せて大丈夫だろうかと頭を抱えた。


こうして、エリンが言い合いを止めようよしない二人の仲裁に入る事で場は治り、結局彼女の言う通り、マリカがアルシュに拠点の案内をする事になった。


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